今日だけはスライムで
――それから、しばらくの間、ティナはイネオスやスーと共に過ごした。打ち解ける内に、彼らの人間性も見えて来た。イネオスは、思っていたよりもずっと良い人だ。ティナはそう判断した。
「スー。奴等はどうだ。使えそうか?」
「スライムは友好的だよ。何でもお手伝いしたいってさ。大コウモリは手伝いたいけど戦うの怖いって。大蜥蜴は強くしてくれるのなら言うこと聞く、後は――」
一匹では生きていけないような魔物でも、戦力として見てくれて、戦える武器があるが、武器を活かす知性が無い魔物には、訓練だってしてあげる。
「森林狼に大蜥蜴、磨けば光る奴らも居るには居るが、実戦投入には程遠いな……」
人間でありながら、魔物達のことを熱心に考えてくれるイネオスのことを、ティナは、ぶっきらぼうだけど優しくて――とても危うい存在だと、考えていた。
彼は、人間への憎悪が強すぎる。ダンジョンにつられるような人間を、全て殺してやるとまで言っていた。歌えないセイレーンを名乗った方が良いと、教えてくれた時だって、『俺が必ず、お前達を滅ぼそうとしている人間共を根絶してやる』と息巻いていた。自分は別に、呼び方なんて気にしていないと伝えても、人への憎悪は変わらない。
「まーまー! 資金もたくさんあるんだし! 気長にいこうよあと気楽に!」
その危うさを支えているのは、間違いなくスーだ。彼女は山の天気のように気分が変わるし、何も考えていなさそうに見えて、周囲の事をよく見ている。
イネオスが根を詰めて、憎悪が強まった顔をすると、決まってスーが割り込んできて、空気の読めない発言をするのだ。わざとなのかはわからないが、場の空気は彼女の介入により、決まって和やかなものになる。自分が馴染めたのだってスーのおかげだ。
「じゃーん!」
考え事をしていたティナに、突然スーが後ろから声を掛けた。驚いて跳ね上がり、振り向くティナに、スーは黄金色に輝く個体を置いて見せた。
「すごいでしょ! 金だよ金! 純金!」
一キロはありそうな黄金の塊を前に、頭ではまたいつものイタズラかと思いながらも、黄金色に輝く塊はあまりに精度が高すぎて、他の物には例えることが出来ない。
悩んでいると、「それは本物だ」と、上から声が掛けられる。
「スーは一度見た物なら、何にでも化けられる。これは、身体の一部を純金に化けさせて、切断した物。どんな目利きにだって見分けられない完璧なコピーだ」
体の一部を切断すると聞いて、ぞっとしてスーを見る。スーは困った顔をしていた。
「もー、そんな言い方、ティナが心配するじゃんか! 痛くないし、ごはん食べたらすぐ再生するから大丈夫大丈夫! これも皆のためだもん!」
とは言っているものの、イネオスも良い顔はしていない。向こうから協力してくれているとはいえ、パートナーの体を文字通り切り売りして生計を立てているのだ。
「焦ったって何にもならないよ! 人生は一度きり、楽しんだ者勝ちなんだから!」
スーは時々、良いことを言う。彼女の笑顔に、場の緊張感が解された。イネオスも、ティナも、口元に笑みを取り戻し、三人で緩く雑談をする(と言っても、殆どスーが喋りっぱなしなのだが)平和な時間が、今日も、そして、明日も、明後日も、続くのだ。
――ある事件が、唐突に運命をを引き裂くまでは。
「ひゃああああああ!」
その日、洞窟内に甲高い悲鳴と激しい水音が響いたことでイネオスは目を覚ました。
「どうした……、朝っぱらから騒々しいぞ、ティナ」
水辺のある広間に顔を出したイネオスの前で、ティナは尾を引き寄せて体を縮こませ、プルプルと震える指先で、奥を指した。
「お、起きたら、起きたらいきなり、あ、あ、あ、アレが……!」
落ち着け、と一声掛けて、イネオスは指差された方向を見て、ほう、と感心した。全身を鱗で覆われ、大きな尾を持った、巨大な爬虫類に近い、伝承にではおなじみの幻獣……所謂ドラゴンが、広間の入り口の方に背を向けて座っていたのだ――実に見事。
「感心してる場合じゃないです! ど、どうして、こんな所に、ドラゴンが――」
「本当に見事な変身だな、スー」
へ、と情けない声を上げるティナの前で、ドラゴンはゆっくりと振り向くと、小さな炎の溜息を吐いて「バレちゃった」とつまらなそうに口にした。
「す、スーさん!? スーさんなんですか!?」
「そうだよ! ティナはほんとに良い反応するね! がんばった甲斐があるよ!」
見習ってよね、と不満そうに言われ、あのなあ、と頭を掻く。
「そんな犬みたいな座り方をするドラゴンが居るか。せめて爬虫類に寄せろ。通路に比べてでかすぎるし入り口も無傷。総合的に見て、お前のイタズラしか在り得ない」
すらすらと問題点を上げられて、うぐぐ、と言葉を詰まらせながらスーは人型に戻った。
「だってドラゴンの骨格なんてわかんないもん! いじわる! バカー!」
あまりにも子供っぽくストレートに怒るものだから、くく、と笑いが漏れた。怒るかと思えば、「今笑った?」だなんて無邪気に聞かれるものだから座りが悪くなる。
「……まあ、そんなに大きく、それも想像だけで変身出来るのは想定外だったな」
彼女はこれまでも時折大型犬や鳥、イネオスやティナに化けてからかって遊んでいたが、ここまで元とサイズ差があり、空想上の物に化ける姿を見たのは初めてだ。
「ふっふーん。スーはすごいでしょ? 小さくだってなれるんだから!」
腰に手を当て、得意気に胸を張るスーに、イネオスはそれなら、と提案する。
「最弱で小さなスライムになってみる……、なんていうのも出来るのか?」
その問いかけに、これといった意味などなかった。
ただの好奇心であり、最弱で愛らしい魔物の姿になった彼女を見てみたかった。
それだけだった。
「いーよ! それっ!」
スーは光に包まれると、あっというまにスライムの姿に変身した。
外見から触り心地までまさにそうで、イネオスはスーの体を持ち上げて感心する。軽く引き伸ばして見ると、ゼリーなのに丈夫なところまでしっかり再現されている。
「中々サマになっているな。スーを掌に乗せるのは不思議な気分だ」
「きゅぴー! スーはなんか嬉しい気分! ちっちゃいって楽しいかも!」
鳴き声までスライムを真似るスーはとても馴染んでいて、実はスライムではないだなんて正体を知っているイネオスとティナ以外は毛ほども思わないだろう。
「そういえば……、スーという名前、スライムでも通用するな」
なんとなく思い立って言った台詞だが、スーはそれが気に入ったようで、「今日のスーはスライムのスー!」と、嬉しそうに跳ね回る。
どうやらスライム特有の弾むような動きが気に入ったようで、スーはテンションを上げたままぴょこぴょこと洞窟の外にまで出て行ってしまった。
「えへへ! 今日はずっとスライムのスーで過ごそうかな!」
連れ戻そうと追ってきたイネオスだが、あまりにも楽しそうにするものだから、溜息を吐いて遊びに付き合ってやった。中でも彼女が大好きな遊びである鬼ごっこは、スライムらしからぬ速度とトリッキーな動きで、人が通れないような木々の隙間をスイスイ潜り抜けて逃げ回るものだから、かなりの苦戦を強いられた。
「いい加減にしろ、スー……」
村を追い出されてから冷ややかになったイネオスが昔のように鬼ごっこに付き合ってくれているのが嬉しくて、スーはへっへーん、と得意気に振り向きながら跳ねる。
「つかまえてごらーん!」
――そんなに慌てた顔、久々に見た。「スー、止まれ!」だなんて言われても、素直に止まるわけないじゃん? 今日はいっぱいいっぱい遊んでもらうんだから!
「危ない!」
その言葉が耳に入った時には既に遅く、スーの体は、崖崩れが起きたのであろう断崖絶壁から空中へ投げ出されていた。あの時の、イネオスのように。
「へ……」
呆然とするスーに、今度はイネオスが手を伸ばす。スライムの小さくゲル状の体は、目いっぱい伸ばされた指先を掠めて、滑り落ちていった。
「スー! 大丈夫か、スー!!」
返事がない。イネオスは最短ルートでスーが落ちた場所に回り込んだ。そこにスーは居た、が、鋭い岩に叩き付けられ、身体が飛び散っている。
イネオスは青ざめ、吐き気を堪えながら、スーの断片をかき集めた。大丈夫、大丈夫だ、と無意識に繰り返していた言葉は、スーへの励ましではなく自分自身の祈りだろう。
断片を全て掌で掬い上げると、僅かだが、震えたように見えた。イネオスは急いで洞窟に帰り、驚くティナに事情を説明して、スーの治療をして貰う――




