スーはスライム?
「……貴様だけは理解していると思ったが、残念だ」
たった一言の冷たい言葉が、ブリザードのように空間の温度を下げた。
イネオスは周囲を軽く見回して、鼻を鳴らした。
「時に、ここがどこの部屋か覚えて居るか?」
ミヒトは、辺りを一瞥し、あることに気が付いた。
「……ここは……!」
端の方に、蹴散らされた大量の魔物が折り重なって倒れている。
ここは、前にも来たことのある場所――洞窟に入って、少し進んだ所だ。
「貴様らが来る前に奥へ続く通路を塞ぎ、ダンジョンを一周するように改造した。行き止まりは、レティアやビィビィ、その他の兵が時間を稼いでいる間に作らせて貰った」
そうまでしても決着を付けたかったのだと、イネオスは目を細めた。
「間違った思考は、近づいた者を染めてゆく……スーや他の魔族達まで染められる前に、悪いが、全員消させて頂こう……!」
コートが翻され、一瞬視界が遮られると同時に、宙に魔方陣が浮かび上がった。それは一般的な物とは違い、黒く、禍々しく、錆びた血のようにドス黒い魔力が漏れている。
「なんだ、あれは……」
警戒し、仲間の前で剣を構えながら後ずさりをするミヒトの前で、イネオスは口角を上げ、左手を天を掴むように、高く掲げた。
「来い……!」
すると、倒れていた魔物達が苦悶の表情を浮かべ、呻き始めた。
魔物達は目を見開き、手を伸ばし、悶え苦しみながら青白い光を放つと、ぱたりと倒れて次々に動かなくなった。抜き取られた光は、魔法陣の中心に集められてゆく。
「魂を……吸っているのか!? なんて酷いことを……!」
眉を顰めるミヒトに、イネオスは「動けなくなった配下も有効活用するのがボスの務めだ」と冷たく言い放ち、自身の魔力も魔法陣に込めた。
幾何の魂と大量の魔力を吸収し、魔法陣は更に闇を煌めかせ、肥大化してゆく。
最早色は黒ではない。あらゆる色を放り込み、それを呪いでぐちゃぐちゃに掻き混ぜ強引に押し込めたかのような、目にしただけで不幸が訪れそうな色をしている。
――見ただけでわかる、絶望的な力の差。
数々の魔物達から搾り取られた命。巨大な魔法陣が回転し、発射しようとしているそれは、、村一つ程度なら軽々滅ぼすことが出来そうな、凄まじい物だった。
夢魔であり、特に魔力に敏感なマリオンが、後ずさりする。
「あの魔法……僕にどうこう出来る威力ではなさそうです」
冷や汗が地面に落ち、吸収される。
「ですが、やれるだけやります! 被害を抑えるため、縦に並んでください!」
「それって……!」
縦に並ぶよう言われたことで作戦の本位に気づき、目を丸くするミヒトの前にティナが。さらにその前にサリーが仁王立ちした。
「ボスには一番後ろにいて貰わなきゃネ! 一気討ちはやっぱりボス同士デス!」
「みんな……」
止めようと思えば、無理にでもこの作戦をやめさせることは出来る。
だが、ミヒトはマリオン達の気持ちを組み、中止を口にしなかった。
「ありがとう。……出来る限り、被害を押さえてくれ」
「「はい!」」
サリーとマリオンが同時に返し、相殺用の魔力を練る。
「縦に並んだところで無駄だ…威力は抑えられることなく、貫通する!」
魔法陣の回転速度が速まり、銀の輝きが更に増す。
このまま魔法が発動するかと思われた時、強い輝きと暴力的な魔力に反応し、深い眠りから檻の中のスーが目覚めた。
眠そうな目は状況を捉えると見開かれ、スーは鉄格子の隙間を潜り抜けた。
両者がその存在に気付いた時、スーはマリオンと魔法陣の間に飛び込んでいた。
ミヒトとイネオスが同時に驚愕の表情を浮かべる中、起動の終わった魔法は、プログラム通りに凄まじい輝きを放ちながら発動する――
「スー!!」
あまりの眩しさに直視出来ず、腕で顔を覆いながら叫ぶ。
辺りは眩い光に包まれ、状況が何もわからない。だが、衝撃も来ない。
「大丈夫……か……」
光が引いた時、目の前の光景を見てミヒトが言葉を詰まらせた。
あれだけの魔法が放たれた後だというのに、辺りには何の変化もない。
それどころか、立ち憚っていたスーが無傷で、消えてゆく魔法陣を見つめている。
「……お前が、やったのか?」
あれほどまでに絶望的なエネルギーを打ち消したのかと問うミヒトに、「わからない」とスーは体を横に振った。……ミヒトが密かに抱いていた疑いが、少し強まる。
誰も言葉を発さない静寂な空間で、ミヒトは改めてこの疑いを問うか迷っていた。
それは、偽っていたところでスーにとって何のメリットもないであろうこと。しかし、今までの事柄から一つ一つ考えると、殆ど確定とも言っていい疑惑――
「――お前、本当にスライムか」
静寂を破った問いかけは、洞窟内によく響き渡った。
一瞬の間を置いて、スーが不思議そうにミヒトを見上げる。
「スーは……、スーはスライム。スライムのスーだよ?」
明らかに困惑しているスーに、正体不明の罪悪感を抱きながらも根拠を並べる。先ず、明らかに他のスライムと比べ知性が高いこと。体の伸縮性がとても大きいこと。
それだけでは突然変異で片付けられるが、ミヒトには決定的な確信があった。
「スライムは、寿命が短いんだ。生命じゃなく、記憶の寿命が。新しいことを覚えるたびに、次から次へと忘れていく。ゼリー状の体に、記憶を保持する力が無いんだ」
すなわち、どんな過去のことでもすらすら出てくるスーは、スライムという種としてありえない存在だということだ。
「お前、本当はなんなんだ? どういう存在なんだ?」
「存在? ……存在……スー……は……」
スーは姿勢を低くして俯き、ぶつぶつと独り言をつぶやいている。
「ま、待ってください!」
ティナがおずおずと、会話に割り込んできた。
「私からお話します。……スーさんは、記憶を失っているのです。でも、本当は」
「待ってティナ。大丈夫」
ティナの説明を、スー自身が止めた。
『全部思い出した』そう言って、スーは光を纏い、ゆらりと“立ち上がった”。
イネオスが目を見開き、変貌したスーを見て息を漏らす。
足まで伸びた、美しく煌めく長い白髪。幼さを残しながらも、整った顔立ち。白と桃色を合わせたローブを纏った少女が、そこに立っていた。
「……スー、なのか」
「うん。……ごめんね、ただいま」
唖然と声を漏らすイネオスの手を取ることなく、スーは寂しげな笑みを返した――




