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ボスとの邂逅

 戦っていた、二種の羽を持つ少女達。その決着は、あっさりとしたものだった。


 最初こそある程度互角に爪と細剣で切り合っていたものの、力を取り戻した圧倒的強者に心身ともに圧倒され、鷹の羽を持つ少女はじりじりと後退するしかなかった。


 やがて壁際まで追い詰められた所に全力の体当たりを喰らい、壁に叩き付けられた。

 今度は起き上がることが出来ず、そこでサリーの勝利が確定したわけだ。


「こんなところデス」


 気を失ったハルピュイアにトドメは刺さず、レイピアを仕舞った。

 ほんの少し飲んだだけの血は激しい戦いで消費してしまい、今はすっかりいつもの調子に戻っている。


 ティナが、崩れた壁に手をやって、困り顔で眉を下げた。


「どうしましょう、大分道が崩れてしまったようですが……」


 戻る通路は殆ど塞がれ、進む方も軽い落石があり、天井はグラついている。

 困り果てていると、小さな体が斜め前方から歩いて出て来た。


「こっちです。道が開けています」

「マリオン!」

「殆ど無傷じゃないか、凄いな……!」


 サキュバスに連れ去られて行ったマリオンが戻って来たことに、サリーは抱き着いて喜び、ミヒトも感心した様子でケガを負っている様子がないマリオンを見る。


「どうやって勝ったんだ?」

「勝った、というよりは、説得に成功したというか……」

「なにあれ、無事で良かったデス!」


 心の底から嬉しそうに笑って、サリーがマリオンに笑いかけた。

 それから、にまにまと口元を綻ばせながら、サリーが口を開く。


「ところで、もっかいお姉ちゃんって」

「行きますよサリーさん」


 ***


「お前が『ミヒト』か。……思っていた以上に軟弱だな」


 低い声が、空間に響き渡る。


 咄嗟に剣を抜き構えたその先では、ボロボロのコートを纏い、魔族の角を模した冠を被った青年の男が、豪華な椅子に深々と座していた。


 背凭れに深く体を預けた優雅な態度からはとてつもない風格と威圧感を感じるが、よく見れば顔立ちは若く、年齢は精々、ミヒトより三つ程上と言ったところか。


 ナイフで最低限邪魔にならない程度に切ったような、ボサボサの長めの髪。伸びた前髪の隙間から覗く切れ長の目。どろりと濁った漆黒な瞳は、この世を捉えていないようだ。


――先ほどまでは居なかった。空間移動魔法で現れたのだろう。


 生唾を呑み、切っ先を向けたまま問いかける。


「お前が、イネオスか」


 男は答えない。

 代わりに、座席に靠れかかったまま大きく腕を振り、コートを翻した。

 次の瞬間、男の手には大きめの鳥籠が握られていた。ぐったりと動かないその中身を見て、ミヒトが目を見開く。


「スー!」

「……寝てるだけだ」


 ぶっきらぼうに答えると、男はミヒトのことなんて見えて居ないかのように振る舞い、その直ぐ後ろに立っていたティナに目をやった。


「話をしよう、そこの水場を使え。綺麗な地下水を引いてきた物だ」

「いえ、このままで結構です」


 ピクリと、男の眉が動く。

 目を細めて「ほう」と息を漏らし、言葉を発した。


「いつの間に口が利けるようになった。……アイツのお蔭か?」

「……はい」


 緊張か、怯えか、ティナは震えながらワンピースの裾を握りしめ、頷いた。

 男は「そうか」とだけ答え、初めてミヒトの方を一瞥し、視線を戻した。


「単刀直入に言う」


 少しだけ声量が上がる。それだけで、ティナは竦みあがった。



「戻って来い、ティナ」



「……え?」


 発言の内容が理解出来ず、聞き返す。

 ティナの顔から首筋を伝って、一筋の汗が流れた。


「戻って来いと言ったんだ。……もう大丈夫だ。今の俺なら、お前とも、スーとも、ずっと一緒にやっていける。俺達の手で、最強のダンジョンへの仕上げをしよう」


 手を差し伸べて、男――イネオスは笑みを浮かべた。

 それは邪心なんて一切感じられない、あの時と全く変わらない、素直な微笑み。


 今から出す答えが彼を深く傷つけるものであると知っているから、ティナは締め付けられる胸を抑えて深呼吸し、口を開いた、


「行きません。……私のダンジョンは、あそこ以外に考えられない」


 断られると思っていなかったのか、差し伸べる姿勢のままだった指先が小さく反応した。

 イネオスはつまらなそうに口を閉じると、冷めた目を向けて来た。


「……俺より、そこの人間の方が良いと。そういうことか」


 冷気でも纏っているかのように冷たい視線に射抜かれ、ミヒトが身震いする。……が、ここで臆してはいけないと、気を新たに剣を握り直した。


「良いだろう。確かに、ソイツにも魔族を纏める力はあるようだ。……共に乗り込んだ精鋭がレティアやビィビィに退けられるようではその程度だが、強者を従わせることに成功したらしいな」


 あくまでも魔物を下に見た物言いが気に食わず、ミヒトが歯を食いしばる。

 イネオスは僅かに口角を上げ、立ち上がる。


「ま、待ってください!」


 慌てた様子で、ティナが声を掛けた。


「やめてください、そんなことをしても……今更、どうしてこんな……!」


 言葉が纏まらず、混乱気味に制止するティナを見やり、「どうしてだろうな」とイネオスは呟いて、スーをちらりと見た後にミヒトの方を向いた。


「……単に、気に食わないからかもしれない。同じ人間、どうして俺に成せないことが、どうして貴様には成せそうだと感じてしまったのか、それはわからないが」


 止めようと腕に触れていたティナを振り払い、椅子から古書を拾い上げる。


「俺は、人として、魔を統一する王としてのプライドを掛けた勝負をしたい。それだけだ」

「魔を統一……魔王にでもなるような口ぶりだな」

「その通りだ」


 呆気に取られるミヒトの前で、イネオスは目を細める。


 “魔王になる”それは、彼に深く根付いた野望であった。


「人間なんて、無駄に数が多いだけの弱者だ。今一度俺が王となり、人間を舐め腐ってロクな戦略も立てず攻め込んだ前魔王の意思を継ぎ、人類を魔族の下で管理統一する」


 口元を綻ばせ、楽しい事を話すような口調で、悍ましい内容を語られぞっとする。


――こいつ、狂ってやがる……。


 顔を合わせたばかりのミヒトでも確信出来る程、彼の雰囲気は異様だった。これで彼が人に化けた魔族だとかいうのならまだわかる。だが、彼は自分と同じ人間なのだ。


 人として、どうしてそんな考えに至ることが出来るのか、理解できない。


「なんだ、貴様は違うのか?」


 ほんの少し首を傾けて、問う。

 ミヒトは歯を食いしばり、拳を握りしめ、イネオスを睨みつけた。


「違う! 折角戦争が終わって、平和になって、魔族も人間も仲良く出来る世界になったのに、また戦争を起こそうだなんて何を考えているんだ!」


 その言葉を聞いて、イネオスの口角が下がる。

 先程までとは打って変わって、ぞっとする冷たい眼が向けられた。


「……本気で言っているのか?」


 何を、と聞き返す前に、言葉が続けられる。


「今のこの世界を見て、“平和になった”等と」


 眉を顰め、憐れむような視線を送られ、ミヒトは押し黙った。

 魔に追いやられ人に利用され、侵略に怯えながら隠れ住む妖精族。


 魔物は悍ましいという理由で迫害され、町に紛れ込んだだけで罪もないのに殺害される魔族達。魔との間に産まれた人の子すら、彼らは迫害し石を投げた。


「っ……、でも、だからこそ、俺は」


「魔王となり、不当に扱ってきた人間共への復讐を果たしたい。違うか?」


 ……この瞬間、ミヒトは初めて気が付いた。

 目の前に居る、狂ってしまっているようにしか思えないこの男が、自分と全く同じものを見つめているのだと。


 彼もまた、自分と同じで、心の底から魔族が好きなのだ。

 ただ、それが、危ういベクトルを向いてしまっているだけで―― 


「……そうじゃない。俺は、ダンジョンという形式を通して魔族と人を繋ぐ懸け橋になりたいんだ。悪い魔族ばかりじゃないって、色々な人に知って欲しい」


 ミヒトがずっと抱いていた願いを、イネオスは鼻で笑った。


「そんな甘い考え、実現出来ると本気で思っているのか?」


 嘲笑しながらそう言って、目元に蔑みを浮かべる。

 人魔の諍いを経験したことがないからそんなことが言えるのだと、男は囁いた。


「……ッ」


 言い返すことが出来ず、拳を握る。

 ピリピリとした空気の中、睨み合う二人を遮るように、何かが入り込んで来た。


「「はい、本気で思っています」」「本気で思っているデス!」


 ミヒトが見たものは、ここまでついて来てくれた三人の背中。

 ティナ達は目を丸くするイネオスに向けて、真っ直ぐな言葉を飛ばした。


「私は昔、人間に家族を奪われました。それでも、イネオスさんや、ミヒトさんを見ていると、思うんです。少しずつでも、仲良くなれるのではないかと」


「あの時のことは、思い出したくもないデスが……。ワタシは、人間は食料ではなく生き物だと知れたデス。魔族側にも、まだまだ無知な人達は居る筈デス!」


「僕は人と魔族の間の子ですが、小さい頃両親を殺害され、石を投げられて町を追い出されました。それでも信じたいんです。両親のように、愛し合う魔族と人の存在を」


 イネオスは、口元を結び、何も答えない。

 そんな彼を見て、ティナが気まずそうに目を逸らした。


「……みんな……!」


 目を輝かせ、周囲に集まって来た仲間を前に暖かさを実感し、涙を滲ませるミヒトとは対照的に、イネオスの雰囲気はどこまでも冷え込んでいた。


「……ティナ」


 不意に、結ばれていた口元が開かれる。


「は、はい……!」


 竦み、緊張しきった様子でいるティナに、イネオスは「本当に、心の底から、それが正しいと思うのか」と問いかけた。


 問いかけの真意はわからないながらも、ティナは確かに、力強く頷いた。


「……そう、か……」


 それだけ発すると、イネオスは、ふらつきながらも距離を取った。

 一体何をするつもりだと、ミヒト達は怪訝な顔をする――

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