vsサキュバス2
そろそろ飽きて来てしまったな、と、目の前の獲物を見て考える。
「あっ……! ぐ、……、っ……」
手加減して、ゆっくり飛ばしてやった魔弾でも、避け損ねることが増えてきた。
その度に威力の低い魔法に吹き飛ばされては、小さく呻いて地面を転がる。
魅了しようとして、逆に魅了されかけた時には、出来る奴なのかと思ったけれど。
「弱いわね、弱すぎる。アナタ、純粋なインキュバスじゃないでしょう」
見下したように言ってやると、彼は横に倒れたまま、目だけで睨み付けて来る。
「ここまでやられても、擬態を解かない――いや、解けないなんて。人間との混ざり物かしら? たまに居るのよね、餌に情が湧いて、哀れな劣等種を作っちゃうバカが」
哀れな劣等種、という言葉に反応してか、彼がピクりと体を震わせ、上半身を起こした。
「僕のことはなんと言っても構いません。両親を馬鹿にするのはやめてください」
そっちに反応したのかと、少し意外に思う。人との混血児はまともに育てられることがまず無く、不便な体と、劣悪な生育環境で親を怨むことが多い。
混ざり物の子供は、純粋な夢魔にとって哀れでしかない存在。精力だけでは生きられず、血肉だけでは不完全で、魔力も体力も無くとても弱い。存在するだけで品位を下げるから、生きているのが可哀想だからと、見つけ次第殺してしまう同胞も少なくない。
(まあ、私はそんな勿体無いことはしないけれど)
立ち上がる気力も無いのか、目だけで睨んで来る彼を嘲笑って、魔法陣を呼び出す。先ほどまでどは違い、ドス黒く、大きな力が漏れ出している物を、見せつけるように掲げた。
彼は防御魔法を唱えることすら出来ないのか、横たわったまま鋭くこちらを睨みつけている、が、その瞳は震え、歯を食い縛って恐怖に耐えているように見える。
「そんなに怯えないで。殺したりなんて野蛮なことしないわ」
あんなに強気で生意気だった獲物が『今度はどんな酷いことをされるのだろう』と怯えながらも、必死に威嚇してくる姿は、何度見ても飽きない。ああ、ゾクゾクする。
こうなってしまえば、折れるのはもう時間の問題。
一歩、また一歩と、黒い魔法を纏ったまま、近づいていく。
「優しくしてあげる。毎日可愛がってあげるから」
後は仕上げだけ。散々にいたぶられて、殺されてしまうかもしれないと怯えきっている極限の緊張状態で、甘い言葉を囁く。それだけで、抵抗はしなくなるだろう。
そう、これは屈服。このサキュバスは、魅了魔法で手っ取り早く堕とすよりも、屈服させることの方が好きだった。だから、今のこの状況は、彼女にとって極上だ。
彼まであと五歩。魔方陣をしまい、安心させるための笑みを浮かべる。
「痛かったでしょう。もう大丈夫、私のペットとして――」
屈服させるために紡いだ言葉は、あと三歩のところで途切れた。
「カッ……ハッ……!?」
体中を電撃が滅茶苦茶に走り抜けるような衝撃が襲い来る。意味が分からない。息苦しく、体が麻痺したようになり、殆ど言う事を聞かなくなった。
これは一体どういう事だと、混乱と痺れの中で視線を動かし、状況を探る。
周囲を見て、天井を見て、視線が足元にまで及んだ時、サキュバスは目を見開いた。
そこには二人を中心にして、白く光り輝く退魔結界の魔法陣が描かれていた。
(やられたッ……これは、接地型のトラップ!)
即座に身を翻すも、魔方陣の外周に見えない壁があり、衝突する。反射的に破壊しようとするも、魔法が使えないことに気が付き、憎々しく彼の方を振り向いた。
「……あなた、退魔の家系ね」
思えば、彼は甚振られながらも、やけに大事そうに十字架を握りしめていた。警戒するべきだったのだ。……違和感の、全てが繋がった。
何故彼に魅了が通じなかったのか。どうして反撃してこなかったのか、途中から、防御魔法すら使わなくなったのか――
「魅了が効かないのは耐性があるから。魔法を使って来なかったのは、この結界を作るのに魔力を使っていたから。弱っているように見えるのも油断させる演技……かしら?」
マリオンは、床に手をついて、息を切らしながらゆっくりと立ち上がる。
「演技半分……といったところでしょうか。実際、あなたが近寄って来てくれなかったらと思うと、少し、……怖かったです」
そこに嘘は無いようで、途切れ途切れに応える姿は、立っているのも辛そうに見える。手ごたえはあったのだ。当然だろうと、内側から結界に手を当て、考える。
「――ねえ、どうしてそこまでするの?」
口に出してから、彼女は自分の質問に驚いた。彼のことなんて、迷い込んだ餌程度してしか見ていないし、興味も無い。なのに、どうしてこんなことを聞いたのか。
「自分よりも弱い人間なんかに従って、無茶して、馬鹿馬鹿しくならない?」
彼は黙って話を聞いていたが、やがて言葉を返した。
「……それは、僕に向けた質問ですか?」
彼はそれ以上言葉を繋げることは無かったが、見透かすような青色が“それは自分自身への問いではないのか”と語りかけてくる。
「痕跡を残さない座標転移、気配遮断に、無詠唱での闇魔法――貴女の使う魔法はどれも高度な物だ。一般的な夢魔の範疇を超越している」
サキュバスはつまらなそうな顔をして「当然でしょう」と答えた。
「元魔王軍・攪乱部隊軍師――幻惑の賢者『レティア』の名に聞き覚えは……無いわよね、知らないでしょう、今時の子は。彼もそうだった。良いけどね、別に」
「……魔王軍……?」
「今となっては何の意味も無い。あの頃は私も若かったのよ」
かつては力に溺れ、力を追い求め、自分がどこまで通用するのか知りたくて、魔王軍に加入した、が、上には上が居ると思い知らされた挙句、その『上』がたった一人の勇者に軒並み吹き飛ばされてしまっては、熱も冷めるというもの。
「それからは街で良いコにしてたんだけどね。誘惑したつもりだった男の子に逆ナンされちゃったのよ。俺の仲間になってくれ、ってね」
「……それが、貴女達のボス……イネオス、ですか?」
ええそうよ、とレティアは少しだけ表情を和らげた。
「彼は私を誘っておきながら、けして心を捧げることはなかった。なんだかムキになっちゃって、気づいたら放っておけない人になってしまったわ」
結界の中に居るせいか、先ほどまでの威圧感は鳴りを潜め、少女のような顔で彼女は笑う。次に、その笑みは自嘲的な物に変わった。
「――だからこそ、許せなかった。スライムに、スライム如きにうつつを抜かして、あまつさえ、この私に『大切なスライムを連れてきてほしい』だなんて、くだらない……!」
ここで、マリオンは、どうして彼女が襲い掛かって来たのかを悟った。少なくとも、つまらない、だなんて理由は建前だろう――
「随分と、信頼されているんですね」
「……は?」
全く予想していなかった言葉を掛けられ、レティアは唖然とマリオンを見る。
「スーさん……、知らない人からすれば、ただのスライムに見える大切な存在を『誘拐してこい』だなんて命令、よっぽど信頼していなければ、出来ませんよ」
そんな命令を受ければ『馬鹿にされているのか』と気を悪くするのは当然だし、もっと悪ければスーを痛めつけて持って来るか、最悪殺してしまうかもしれない。
「あなたが嫉妬するお気持ちもわかりますけれど――」
「――嫉妬?」
ピクリと、レティアの目尻が動く。失言したと、マリオンは押し黙った。
「この私が、あんな夢だけ大きい人間の男に、嫉妬ですって――?」
結界の中で魔力が膨らむ。彼女の角は禍々しく伸びて捻じ曲がり、一度折りたたまれた翼は巨大化して押し広がった。粉々に砕けた結界の輝きを、身に纏わせながら。
青ざめるマリオンの前で、レティアは口元を歪める。
「ふ、ふふ、ふふふ――面白いじゃない」
一歩、また一歩と、ゆっくりマリオンに接近しながら、レティアは右手に魔力を込めた。
「……っ!」
もう、防御魔法を唱える魔力も飛び退いて逃げる体力も無く、レティアが目の前に来た時、マリオンは咄嗟に頭を庇うような姿勢を取った。
彼女の手が触れると同時に、何度もぶつけていた頭の痛みが和らいだ。
「……え?」
覚悟していたことと逆のことが起こり、ぽかんと口を開けてレティアを見上げる。
「――この私が恋を教わるなんてね。そう、これが『嫉妬』だったの……」
感慨深そうにくすりと笑みを漏らしながら、彼女はマリオンが痛めた場所を的確に治療していった。あまりの手際の良さにリアクションさえ出来ず、困惑するばかりだ。
「私の敗けよ。見届けに行くのでしょう? お好きになさい」
彼女が示した後方には、ここに転移してきた時のような魔方陣が描かれていた。罠ではないかと一瞬疑うも、治療もして貰ったし、今の彼女から敵意は感じられない。
「……、ありがとうございます」
「別に。元々、私が戦う必要も無かったのよ。気が変わらない内に行きなさい」
礼の言葉に対して、レティアは素気なく返してそっぽを向いた。マリオンは彼女にもう一度頭を下げると、パタパタと魔方陣の方へ駆け出した。
魔法陣に踏み込む直前、マリオンがふと足を止め振り向く。何か気掛かりなことでもあるのだろうかと、レティアは目だけでそちらを見た。
「あの、今おいくつなんでしょうか……魔王軍って……」
「気・が・変・わ・ら・な・い内に行きなさい」




