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vsハルピュイア

「ね、ねえ、さっきの……、ワタシの聞き間違い、じゃないデスよネ?」


 先に進む道を走りながら、嬉しさと気恥ずかしさが混ざったような顔で、そわそわとサリーが尋ねる。あの直後はぽかんとしていたが、今になって実感が湧いてきたようだ。


「ああ、俺も聞いたぞ」

「良かったですね、サリーちゃん!」


 これからイネオスの元へ向かうという中で、少しだけ和やかなムードが流れる。

 しかし、それも長くは続かなかった。照れていたサリーが、急に足を止め、翼を広げる。


「危ない!」


 ミヒトとティナが翼で抱え込まれた直後、二人が立っていた地面が抉り取られた。


「あれー? 当たったと思ったんだけどなー」


 バサリ。洞窟の中に似つかわしくない、大きな羽音が響き渡る。

 茶色い鷲のような立派な翼を広げ、鳥の脚を持った少女が着地した。


『ハルピュイア』

 レア度 ☆☆☆☆☆☆

 通称ハーピー。鷲と人が融合したような姿をした魔物。一見して天使と間違えるほど可愛らしい少女の姿をしているが、肉食な上にとても好戦的で、人を襲って食べることもある危険な魔物。接近すれば俊敏な動きで距離を詰められ鋭い爪の一撃。距離を置けば肉を切り裂く真空波を放ち、魔法で一気にカタを付けるのが望ましい。


「キュイキュイ! イネオス様の勝利のために、アタイがんばっちゃうもんね!」


 ハルピュイアは数度羽ばたくと、風の刃を飛ばしてきた。ミヒト達は慌ててそれを避け、先の説明と矛盾したあまりにも理不尽な襲撃に抗議する。


「おい! 辿り着くまで妨害はしないんじゃなかったのか!」


 宙を羽ばたいていたハルピュイアは地に降りて、首を傾げた。


「あれ? そだっけ?」


 ちょっと待って、と告げると、呆然とするミヒト達の前で頭を揺らしながらトットットッと歩き、手を叩くように翼を合わせた。


「そうだった」

「……そうだった、って……」


――手足が鳥で頭は人だというのに鳥頭なのか。

 呆れた視線に気づいて、ハルピュイアは怒ってバタバタ羽ばたいた。


「なんだよなんだよ! どーせアタイは三歩歩けば忘れる鳥頭だよー!! 獲物を追えば巣を忘れて、みんなに翼指されて笑われる馬鹿ハーピーだよ!!」

「いや、そこまで思っては……」


 涙声にまでなられてはバツが悪く、落ち着かせようと声を掛けるも聞いていない。

 やがてハルピュイアは自身の翼で涙を拭い「でも」と顔を上げた。


「イネオス様はそんなことないよって言ってくれたから、帰る場所を何度も見失ったアタイに、無理に出なくても良い素敵な巣をくれたから」


 鳥頭故か会話が成立せず、ハルピュイアは心酔した顔でイネオスへの敬愛を語る。


(……ティナ達に聞いていた話を食い違う、ような)


 その様子を見て、僅かな違和感を抱きながらも、些細なことだと頭を振る。彼が過去に二人を捨て、今現在も仲間を誘拐した敵であるという事実に揺らぎはない。


「だからね、イネオス様に何かする気なら、この“ビィビィ”が許さない!」


 そうだった、と言ったにも関わらず彼女は再び飛び上がり、戦闘態勢に入った。


「さっきの話もう忘れたのか!?」

「話すだけ時間の無駄デスネ! ワタシが相手するデス!」

「望むところっ! 正々堂々とタイマンと行こうじゃないか!」


 ハルピュイアはスカートが捲れるのも気にせず(尤も下半身は鳥なのだが)に翼を広げ、高く飛びあがった。入った時は気付かなかったがここは侵入者を迎え撃つ広場のようだ。地上戦に向かない魔物が暮らしているからか、ミヒト達の洞窟よりも格段に高さがある。


「空中戦? あまり得意ではナイデスが……良いハンデデス!」


激しくぶつかり合う、サリーとハルピュイア。

サリーがハルピュイアの風魔法をかわすと、それは天井へとぶつかった。


――そして、ミヒト達の頭上で、崩れかけた岩盤が揺れる。


「……ッ!」


 サリーは身を翻し、数度羽搏いた。

 急にこちらに向かって来たサリーに驚き、ミヒトが目を見開く。


「な……」


 なんだ、どうした。

 そう口にするよりも早く彼女に突き飛ばされ、直後視界が岩で埋まった。


 呆然と目の前の岩山を見て、顔を上げ、真上を見る。

 そこには、ぽっかりと大穴が空いていた。元々一度崩れ、脆くなっていたところに軌道の逸れた旋風が天井にぶつかったことで大きな振動が起き、一気に崩壊したのだろう。


「サリー!」


 呼びかけに、返事はない。

 岩の一部を掘り起こすと、下敷きになっているサリーがぐったりと横たわっていた。

 一連の騒ぎを聞いて何事かと、隠れていたティナも顔を出し、惨状に口元を覆う。


「酷い怪我……! 早く回復を!」

「させないよ」


 被せるように発して、ハルピュイアがミヒト達から離れた高い岩の上に降りた。

 そして、回復させるようなことをすれば反則として報告すると、畳みかける。


「何を……、最初に約束を破ったのはお前だろ! 一対一というルールを破って、こっちに危害を加えて来たじゃないか! だからサリーは……」

「違うね」


 バサリ。羽音を響かせて言葉を遮り、茶色い羽根を舞わせる。


「アタイは悪くない。アイツが、勝手に戻って岩に当たったんだ」


 反論しようとするミヒトを睨み、威圧する。


「っていうか、悪いのはそっちじゃないの?」


 ――まだ言うか!


 これ以上言わせておけないと口を開き掛けた時、ハルピュイアは残酷な言葉を紡ぐ。


「――だってさ、お前が避けていればアイツが庇う必要も無かったじゃないか」


 吐き出そうとしていた言葉を引っ込め、身を固くする。


――悔しいが、彼女の言うことは正論だ。そう思ってしまった。 


 けして彼女の乱暴な言動を認めたくはないし、認めるわけにもいかないのだが、いくら頭をフル回転させて考えても、何も思いつかない。

 もう、なりふり構わず彼女の回復を、いや、マリオンも探して一度撤退するしか――


「……大……丈夫、デス……」


 岩山が少し崩れる音を聞き、ミヒトが振り向いた。


「私、まだ、戦える……デス……」


 掠れた声でそう言って、震える腕に力を込めるサリーだが、自身を埋め尽くしている岩山は砂が僅かに落ちる程度で、ビクともしない。


「無理するな、サリー!」


 見てられず、ミヒトが駆け寄って、血の滲む手を握った。

 サリーは口元を綻ばせて顔を上げ、ゆっくりと首を振る。


「無理なんてしてないデス……皆のためなら、ワタシは……」


 痛々しい笑顔を見せる彼女に胸を痛める中、ある違和感に気が付いた。

 あれほど血を怖がっていたサリーが、握られた手から滲んでいる赤い液体にも、自身を伝い地面に伝う赤い川にも、何の反応も示さない。


「サリー……怪我は、血が怖いんじゃ……」

「怖いデス」


 即答だった。

 だが、然程怯えているようには見えない。


「だけど、ワタシのせいでミヒト達が危険な目に合うのはもっと怖いデス……」


 少し目を伏せて、それに、とサリーが言った。


「……ワタシ、気づいてたデス。ミヒトが、私に血を飲ませたこと」


 彼女が貧血を起こした時の事を思い出し、ハッとする。あの時は酔っぱらったようにはしゃぎ回っていたため、何も覚えてないと思っていたが。


「曖昧だけど、ミヒトがくれた、熱くて甘いあの味は、ハッキリ覚えてるデス」


 苦手だという本人の意思を無視して飲ませた後ろめたさもあり、なんて答えたらいいのか分からず、押し黙ったままのミヒトに、サリーが牙を見せてはにかんだ。


「もう血の味なんて忘れかけていたのに、吸おうだなんて考えたこともなかったのに、すっかり虜デス……責任、取ってくださいネ?」


 肌の白い彼女の顔に、上気した頬がよく映えた。

 潤んだ瞳で見上げられ、彼女の意図を察したミヒトは、生唾を呑みながらも頷く。


 ハルピュイアは魔法が使えるティナを警戒していて、こちらには無関心だ。

 ……今なら、多少何かしても大丈夫だろう。


「ミヒト……、私、ミヒトの熱いの、欲しいデスっ……!」


 顔を近づけると、サリーの熱い吐息が頬を撫でた。

 サリーは両腕を伸ばして、ミヒトの首元に手を添える。

 首筋に熱い息が掛かり、そのまま尖った牙が食い込んでいく。


「……ッ……!?」


 どこか緊張した空気の中で、初めて受ける吸血。

 吸血鬼の特性なのか、牙が刺さる時の痛みは殆ど無く、傷口を舐められ、血液を吸い上げられる表現し難いぞくぞくとした感覚だけが残っている。


「……ぷはっ」


 それが終わった時、サリーは口を離すと、すっかり蕩けた目でミヒトを見上げていた。ミヒトが少し動いても視線はそのままで、顔の前で手を振っても反応は無い。


「大丈夫、か……?」


 まるで泥酔しているかのようなサリーを心配し、ミヒトが一歩迫った次の瞬間。

 轟音と共に、目の前の岩山が吹き飛んだ。

 少し離れた場所から様子を伺っていたハルピュイアが驚き飛んで来る。


「何!? 一体何が」


 言葉を最後まで言い切る前に、彼女の体が吹き飛び、岩壁に叩き付けられた。

 突然のことに受け身も取れず、ハルピュイアはよろよろと咳き込み、上を見る。


「ふふーん……元気百倍デース」


 サリーはピンと羽を伸ばし、背伸びをする。

 こうしている間にも先程出来た傷が癒えていくのを見て、ハルピュイアが目を見開いた。


「なっ……!? 何をした! まさか変な魔法でも使ったんじゃないだろうね!」

「そんなことはしていない。俺が魔法を使えないのは知っているだろ」


 ハルピュイアは鋭い眼でサリーを睨み、冷や汗を掻いた。明らかに速さもパワーも増しているといのに、そこには何の強化呪文の痕跡も感じない。


 だとすれば、一体何故――


「もしかして、ワタシが何か強化されていると思ってるデスカー?」


 必死に思考を巡らせるハルピュイアの前に、サリーが降りて来た。


「だとすれば全然違うデス。ワタシは、元のサリーちゃんに戻っただけデース!」


 軽い口調で届けられた言葉を聞いて、ハルピュイアは息を呑んだ。


 そうだ、このダンジョンにも居ない吸血鬼という種族は、人の血では飽き足らず魔族の血をも吸血し生きるこの種族は、多くが魔王の領地で暮らしている。


 それが意味することは、この種族が上位の魔族が蔓延る魔界で生き抜ける圧倒的強者だということ。


 聖魔法や太陽光の力を使える人間相手なら話は別だが、光の届かない魔界や、ダンジョン奥深くで魔族同士の対決となった時、彼女等は――無敵だ。


「想いの強さなら、ワタシだって……負けてないデス」


 ハルピュイアは歯を食いしばり、勢いよく羽ばたいていて突進した。

 サリーは旋回飛行でそれを避け、誘うように高度を上げる。


 鷹とコウモリの翼を持った両者は再び宙を舞い、決着をつける戦いに臨んだ――

物語も佳境に近づいてまいりました。皆様いいねやブクマ、評価ありがとうございます。皆様のおかげでモチベーションを維持できて、ここまで書き進めて来れましたm(_ _)m

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