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スーは、スライムのスー

 スーは、スライムだから、スーっていうの!

 スライムだから弱いけど、皆のためにがんばるよ!

 でもおかしいな。何か忘れてる気がするの。

 なんだろう? スライムだから、わからないや。



 相も変わらず静かな洞窟の中。ミヒトはふと入り口の方角を見て、溜息を吐いた。


「ミサク……ちゃんとやれてるのかな……」


 しばらく前から、ミサクは勇者として活動するために洞窟を離れている。魔族の良い噂を広めることもしてくれるようだが、いかんせん良く思われないような噂だから心配だ。


 自分で頼んでおいたことだが……と、ミヒトは再度溜息を吐き入り口を見た。 


「大丈夫! ミヒトよりはずっと強いし心配ないと思うよ!!」

「一言多い!」


 スーを鷲掴みにして、真横に引き延ばす。会った当初こそ内心千切れるのではないかと加減していたが、異様な伸縮性を持つ無礼なスライムに遠慮は必要なさそうだ。


「やめひぇひょー、ははひへぇぇー」


 引き延ばされるスライムの間の抜けた声を聞いて、ミヒトは脱力し手を離した。


「ひどいよー、本当のこと言っただけなのに!」

「だからそれが一言余計なんだと」

「まあまあ……」


 いつの間にか傍まで来ていたマリオンが、ミヒトをなだめた。


「スーさんは根っからそんな感じですから。掴みどころがないというか」

「まあ、どこ掴んでもぐにゃぐにゃしてるしな」

「そういう意味ではなく……彼女、ただのスライムではないような……」


 マリオンが見つめる先では、スーが何事もなかったかのようにぷるりと体を振って、上機嫌に弾んでいた。本来臆病であるスライムは、虐められると隠れてしまうのだが。


 ミヒトは、呑気なスーの姿を見て思案した。


――確かに、スーはスライムとして見れば規格外だ。直情的な性格のせいで単純そうに見えるが、その実人を励ましたり、友好的に接する時の行動のタイミングはいつも完璧だ。人間だって失敗して逆上されてしまうことも多いのに、スーは容易く成し遂げる。


 そもそも、こいつは本当にスライムなのか――?

 二人から疑惑の眼差しを向けられ、スーはきょとんと顔を上げた。

 無邪気な表情を浮かべるスーに、ミヒトが真面目に問いかける。


「……スー。お前は、本当に、スライムなのか?」


 質問の意味がわからないとばかりに、スーは体全体を傾けた。


「スーはスライムだからスーなんだよ? スライム以外に見えるの?」


 いつもと同じ、無邪気な口調。そもそもあれだけ仲間想いのスーが仲間に対して隠し事なんてする筈がなかったと、ミヒト達は疑った自分を恥じた。


「そうだよな、どっからどう見てもスライムだ。お前は――」


 後方の土壁が、突然崩れた。

 振り向くミヒトの目に映ったのは、高速で動く黒い影。目で追おうとしたそれが視界から消えた瞬間、数度地を蹴る音が聞こえたかと思えば、影は居なくなっていた。


「な、なんだったんだ今の……侵入者か!?」


 動きも、シルエットも、とても人間には見えなかった。

 ただ呆然と立ち尽くし、思考の整理も出来ていない中で、マリオンがあることに気が付き、青ざめてミヒトの裾を引いた。


 振り向き、示された場所を見たミヒトから、血の気が引く。

 そこにあるべき、不思議に目を輝かせているであろう小さな緑色の姿がない。


「スー!」


 呼んでも返事はなく、また、元々スーの居た場所に、ゲル状の物体が散乱しているといったこともない。このことから、導き出される答えは一つ――スーが連れ去られた。


――だが何故だ? スーは何の変哲もないスライムだ。素材としての価値はなく、ペット用に売ったところで二文三文。だというのに、どうしてスーを狙った――!?


 混乱するミヒトの前に、黒いカードが差し出された。

 それはマリオンがスーの居た場所で見つけた物で、こう書かれていた。


『風の噂で聞いた。……俺の元住居で好き勝手やってくれているようだな。上等だ。どちらが彼女に相応しいか決めようじゃないか。ダンジョンで待っている』


 紛れもない人の言葉で人の字だ。差出人には“イネオス”と書かれている。


 このダンジョンを“元住居”とする差出主。……ミヒトは、過去にティナ達から聞いた話を思い出す。前のボスであった人間に、捨てられた話を。


 弱い魔物を捨て、とっくにもっと良い立地に引っ越したという元ボスがどうして今更ちょっかいを掛けてきたのかはわからない。だが、放置するわけにもいかない。


 決意のままにカードを裏返すと、魔方陣が刻まれていた。

 マリオンが魔力を込めてみると、赤い印のなされた地図が浮かび上がる。ミヒトは急遽、紅い魔方陣が刻まれた紙を取り出す。何かあれば知らせてとミサクに渡された物だ。



 少しして、転移魔法で帰って来てくれたミサクに、今すぐにでも向かわなければならないが、場所の心当たりは無いかと、浮かび上がった地図を見せた。


「そこ……魔族の領域との境界線よ」


 険しい顔をした彼女が言うには、領地の境界線となる場所には当然凶悪な魔族が蔓延っており、迷い込んだ冒険者に襲い掛かる。


 基本的に人の陣地であれば魔族が居るのはダンジョンだけで、それも何度も魔力を得るために殺しはしないものが殆どだが、魔族の陣地でその常識は通用しない。


 難易度の高いダンジョンを求め境界線にまで入ってしまった冒険者を魔族の陣地へ攫い、瘴気で弱った人間を監禁し、時には簡素な食事を与えながら、再び魔力が溜まるのを待ってまた吸収する……とは、どこからともなく流れてきた生存者による噂だ。


「……魔族が支配する、とても恐ろしい土地という話よ。あたしでも、余程のことがなければ近付こうとは思えないわ」


 踏み入ってしまえば一環の終わりであると言われている魔族の領地の、境界線の直ぐ近く。ここには、魔界から“人間の密漁”をしようとうろついている魔物も僅かながら存在するらしい。


「あたしが今まで行った場所でも断トツに危険。最も命が脅かされる場所よ」


 そんなことは関係ないと、心で強く思っていも、ミヒトの手は震えていた。


「――だけど、止めても行くんでしょ、ミヒト」 


 その震えを止めたのは、ミサクからの一言だった。

 ミヒトは、拳を強く握りしめて頷いた。


「案内してあげる。……絶対にはぐれないで」


 念押しして、ミサクは大きな魔法陣を召喚し、床に設置した。

 飛び乗った一同の体が、光に包まれ、消える。

最終章突入しました。皆様ここまでお付き合いいただきありがとうございます!

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