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楽しいパーティ

 セイレーンの群れを追い出され、海の底にある洞窟で、静かに暮らしていた時のこと。

 小型の潜水マシンに入った人間が、突然目の前に現れたこと。

 ティナを守ろうと交戦した母親がその場で銛に貫かれ息絶えたこと。

 逃げてる最中、自分を庇って妹達が拘束され、マシンに縛り付けられたこと。

 海上へ連れ去られていく妹達を、海の底から見ていることしか出来なかったこと――


「――私が、私が弱いから、誰一人守れず、妹達を犠牲にして……!」


 顔を覆って嗚咽を漏らす彼女に、掛ける言葉を見つけた者は居ない。


「皆さんを信用していなかったわけではないんです。……だけど、怖くて言えなかった。そんなことあるはずないのに、私を見る目が変わったらどうしよう、って……」


 彼女をここまで追い込むほど、心に深い傷を負わせた原因は人間だ。

 それも、争い事なんかではなく、一方的な虐殺。


 今まで、人魚の伝承なんて話半分でしか聞いておらず、もし不老不死になったらどうするか、だなんて他愛もない話のネタにしていた自分自身にショックを受け、ミヒトとミサクが言葉を詰まらせる。……人と魔族の、認識の違いだ。


 一時の間を置いて、事情はわかった、とミヒトが口にした。


「でも、やっぱりティナは……これからも、セイレーンを名乗った方が良いと思う」


 ミヒトの隣で、ミサクも深く頷いた。


 「え?」と声を上げるティナに、ミヒトは言い辛そうに理由を補足した。 


「同じ人間として情けない話だが、マーメイドを狙っている人間はそれこそ星の数程居る。もしここに存在していると知れれば、各国から精鋭が送られて来るだろう」


 そうなれば、守り抜ける見込みはない。

 だから、身の安全のためにも、セイレーンとして動いた方が良いと、ミヒトは続けた。

 ティナはただ黙って、話を聞いている。


「………」


 その様子を見てなんだか痛ましい物を感じ、ミヒトは胸の前で拳を握った。


「ごめん。自分を偽るようなことを勧めてしまって……」

「いえ、そんな……」

「――でも、いつか絶対、ティナが堂々とマーメイドとして生きられるような、そんな場所を作って見せるから、待っていてくれ」


 真っ直ぐに目を見て、力強く宣言した。

 ティナはその言葉を聞いて、ハッとした様子で顔を上げた。


 ……が、その目はどこか遠くを見ているようで、焦点も、ミヒトの後ろにある。

 そのことに気が付いたミヒトが、首を傾げて名を呼んだ。


「あ、……いえ。ただ、似てるなあって……」

「似てる?」

「私、前にもある人に、同じようなことを言われたことがあるんです」


 ある人。そう聞いて真っ先に連想したのは、彼女を捨てた前のリーダーだ。

 そして、ティナが切なそうな顔をしていることから、その連想は間違いではないのだろう。ミヒトは複雑な気持ちを胸に抱いた。


(……似てる……?)


 それは単なる嫌悪ではなく、不思議な疑心も含まれている。


 今ではこのダンジョンを捨て、立地の良いダンジョンで強い魔物達とダンジョンをやっているらしき前のリーダー。許しがたいのは確かだが、それ以前に問題を抱えていたティナや、何も出来ないスライムであるスーをダンジョンに迎え入れた存在でもある。


 ティナの言っていたことが本当なのだとすれば、彼はどうして、このダンジョンを、そして一人と一匹を捨てていったのだろうか……。


(なんて、考えてもわかる筈がない、か)


 気を取り直して、ミヒトがティナの方に向き直った。


「まあ、とにかくその蜜一口飲んでみなよ。特別な効果がなくったって、すごく美味しいらしいからさ。ティナへのプレゼントであることには変わりないし」


 ミヒトが促し、他の皆も頷くと、ティナは瓶のキャップを開け、そのキャップに中の蜜をとろりと注いで、口に運んだ。


 こくこくと、細い喉が波打つと同時に、キャップに注がれた蜜が消えてゆく。

 一息ついて、ティナは、周囲に花が浮いて見えそうな柔らかい笑みを浮かべた。


「……おいしい、です」


 琥珀色をしたこの蜜は、薬用として用いられる他に、勇者への褒美の菓子に使われた歴史もある一品。この上なく甘いのに、全く不快ではなく、スッキリしている。


 それでもやはり申し訳なくて、もう一度謝罪の言葉を口にしようとし、思い留まる。

 これ以上謝罪を重ねても、彼等を困らせてしまうだけだ。


 それに、……もし自分が逆の立場だったなら、掛けて欲しいのは謝罪ではなくて――


「――皆さん、本当にありがとうございます」


 柔らかく上げられた口元から、聞きたかった言葉が発せられ、場の雰囲気が目に見えて明るくなる。

 ティナは瓶の蓋を閉め、水辺に置いた。


「でも、これだけのもの……私だけで頂くのは勿体ないです」


 量もあるし、お菓子の材料に使って皆で囲みたいと提案したティナの誘いに乗って、洞窟内で小さなパーティの準備が始まった。


 サリーとミヒトは楽しげな雰囲気につられ集まってきた小さな魔物達のために転がっていた石で簡素なテーブルをこしらえ、ミサクとマリオンは材料の買い出し。

 スーはとにかく上機嫌に跳ね回り、一匹マイペースに盛り上がる。


 材料が揃ったら、調理はティナの役目だ。

 いつものワンピースを纏い人型になったティナが、少々古びたフライパンに油をひいた。それを、石と土で出来た竈の上に乗せる。


「……あれ、薪が無いぞ」


 竈を覗いて首を傾げるミヒトの横を、マリオンがすり抜けた。


「薪は煙が籠るので、使えないんです」


 そう言って、マリオンは竈の中に赤い魔方陣を置いた。

 彼の腕に紋様が浮かび、呪文が唱えられると同時に魔法陣の上に炎が灯る。


「こんな感じでいいですか?」

「……もう少し弱く……」

「はい!」


 ティナに返事をすると、マリオンは魔法陣の前にしゃがみ込んで魔法の炎を弱めた。 

 その光景を何気なく見守っていたミヒトが、激しい違和感を覚える。

 違和感は一瞬遅れて全員を襲い、この場に流れていた時間が停止した。


「ひゃあっ……!?」


 フライパンから煙が燻り、ティナが慌てて焼いていた生地をひっくり返した。

 その時、か細い悲鳴が上がったことで、疑念が確信に変わる。


「ティナ……今、普通に喋ったよな?」

「というか、声が……」


 驚き、ギクシャクとするミヒトとミサクに、同じく驚愕して動揺しているティナが、おずおずと振り向き、口を開いた。


「……出てる、みたいですね……」


 普通に話せていることに喜びと困惑、動揺が入り混じった様子で、口に手を当てる。

 ……どうして急に、変身状態の彼女が言語を話せるようになったのだろうか?


「……もしかして……」


 ミサクがハッとした顔をして、ティナを見る。

 何か思い当たることでもあるのかと、ミヒトが首を傾げた。


「ほら、あの童話知ってる? 人魚のお姫様の……」

「あ、それ、昔読んでもらいました」


 話題に反応して、マリオンが話に入ってきた。

 彼は口元に手を当てて童話の内容を思い起こすと、ざっくりとあらすじを語り始める。


「――人の王子に恋したお姫様。魔女に足を貰うも声を奪われ、恋は叶わず泡になる」


 それを聞いて、ようやくミヒトもピンと来た。

 人魚は足を得た代わりに、声を奪われ、失恋すると泡になり死んでしまう代償を負った。

 もし、その声を奪ったというのが、魔女の“呪い”だとしたならば――


「だとしても、おかしいぞ」


 先の考えに疑問を覚え、ミヒトが指を立てながら筋の通らない部分を指摘した。


「そもそも、人魚姫は泡になって消えてしまった筈だろ?」


 それには、以前何度も読んでもらい、詳細を記憶しているマリオンが反論した。


「人魚姫は六人居ました。人に憧れた人魚が、泡になった彼女だけとは限らない」


 他の人魚が魔女に悪魔の取引を持ち掛けて、人と結ばれ幸せに暮らした人魚が居てもおかしくないというマリオンの論はそれなりに筋が通っており、ミサクを感心させた。


 でも、と、ミヒトが他にも気になっていたことを挙げた。


「人魚姫の産んだ子供が今のマーメイドだったとして、なんで変身能力なんか……」


 その疑問には、ミサクが答える。


「恐らくは、魔女の呪いは魂自体に掛けられていたのだと思う。だけど結ばれたことで呪いは中途半端に解けて、人と人魚、二つの姿を持つようになったのではないかしら」


 推測を語って、ティナの方に視線をやる。


「ともあれ……声が出るようになったんだもの。喜びましょう!」


 先程までずっと疑問に捕らわれていた一同が、確かにそうだと納得する。

 サリーがはしゃいで、背後からティナに飛びついた。


「これでもっとたくさんお話出来るデスネ! 嬉しいデス!」

「サリーさんったら……火を使っているので、あまりくっつくと危ないですよ」


 もう、と、困ったような照れているような表情で、ティナがサリーを窘める。

 その様子を微笑ましく見ていたミヒトが、ふと視線に気がついて足下を見た。


「……どうした? スー」


 他の皆がティナに注目している中、口をぽかんと開けて穴が空きそうな程ガン見してくるスーにじっとりとした視線が返される。


 スーはハッと我に返り、こてんと体を傾けた。

 つられて、ミヒトの首も傾く。


「……忘れちゃった」

「は? 何を」

「なんか……、なんか……、なんだっけ」


 何を忘れたのか忘れたとでも言いたげな顔をされ、ミヒトが呆れて溜息を吐いた。


 忘れたということは大したことじゃなかったんだろうと言われ「それもそうだね」とスーはティナの肩に跳び乗る。


「危なっ、落ちないでくださいね?」

「大丈夫大丈夫! あとどれくらいで焼けそう?」


 肩の上からフライパンを見つめ、尋ねる。

 もう少しで焼けそうですよと、ティナが生地をひっくり返す隣で、マリオンが食器を並べ、ミサクがそれを手伝っている。


 美味しそうな香りに引き寄せられて、わらわらとスライムの群れや小さな魔獣が岩陰から顔を覗かせた。


 コウモリの魔獣が天井のあちこちに連なるようにして止まり、まるでパーティ飾りのようになっている。


 その場に居るだけで心躍る空間。ミヒトはこの後のパーティのことを考えて口角を上げ、手伝うことがないか探しに行った――

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