ティナの秘密
――それから数日後。
素材を町へ持って帰ったミサクが、戻ってきた。
必死に素材を集めた一同は、一体何が出来たのかとわくわくしながら出迎える。
「ただいま。錬金にちょっと時間が掛かったけど、バッチリ完成したわよ」
ほら、と彼女が差し出した物は、中身がたっぷり入った透明な瓶だった。
瓶の先を持って軽く揺らすと、琥珀色の液体がとろりと波打つ。
宝石をそのまま溶かしたかのように煌びやかな液体に、一同が感嘆の息を漏らした。
「あの……、それ、なんなのですか?」
少し離れた水辺から、ティナがそう問いかけて首をかしげた。
唯一彼女だけは、集めた素材から出来る完成品を聞いていなかった。
何故なら、ミヒト達が教えていないからだ。
どうして彼女にだけ、完成品を教えなかったのか。
――それは。
「はい」
「……え?」
大きめのビンが、そのまま彼女に手渡される。
状況が呑み込めないと、ティナはきょとんとした顔をミヒトに向ける。
「……それさ、ティナのためになりそうって、ミサクが探してきてくれたんだ」
「私の?」
首をかしげ、視線をミサクに向ける。
ミサクは頷き、嗜好品として最上級なのというのもあるけれど、と前置きし、錬金術師に渡された完成品についてのメモをティナに見せた。
そこに書かれていたのは、完成品の外観と、その効果。
――体力の回復。極上の甘味。様々なことが書かれていたが、一番大きく大々的に『声に纏わる万能薬』とあった。
それを見て、ティナが息を呑む。
「ほら、セイレーンなのに歌えないって気にしてたろ? これ、どんな喉の病気も……それこそ呪いだって解いちゃうような万能薬らしくてさ、もしかしたら、と思って」
先天性の疾患だって治せるような代物だ。彼女が歌えない原因がなんであれ、この蜜で治すことが出来るかもしれない。
そう思ってミサクはミヒト達にこの錬金レシピを提案し、彼らも受け入れたのだ。
「効果、あるといいデスネ!」
わくわくした様子のサリーの腕からスーが抜け出し、ティナの前まで跳ねる。
蜜壺を握る、ティナの手が震えた。
「私なんかの為に……どうして、こんな……」
「そりゃ勿論、ティナにはたくさん助けて貰ったからな。恩返しだ」
歯を見せて笑いかけるミヒトを、ティナは困惑した様子で見つめた。どういうことなのかよくわからない。そう言いたげな表情だ。
「スーを追って初めてここに来た時だって、……ちょっと危なっかしかったけど、ティナが俺のことを敵として攻撃しなかったから、今ここに居ることが出来ているんだ」
本当に感謝しているよと告げ、微笑みかけるミヒトの後ろから、自分も、自分もととサリーやマリオンが出て来て、礼の言葉を述べた。
「ティナは、ヴァンパイアの私を何も言わずに迎え入れてくれたデス! 私が苦手な外の町にも行って色々用意してくれたり、感謝することがいっぱいデス!」
「人には魔物のにおい、魔物には人のにおいがするって追い回されていた僕に、ティナさんはここで暮らすことを許してくれました。とても嬉しかったんです」
立て続けに礼を言われ、ティナは顔を赤らめたあと、うつむいた。
そのまま動かなくなってしまったティナを、スーが不思議そうに体を傾けて、顔を覗き込む。
「……?」
スーはぴょこんと後退すると、きょとんとした顔のまま瞬きをして、口を開いた。
「どうして、泣いてるの?」
ぎょっとして一同が彼女の方を見ると、彼女はビンを握りしめたまま、肩を震わせて、小さな嗚咽を零していた。
「ど、どうした!?」
「何か変なこと言いましたか……?」
無言で首を振って、自身の尾先を体の前に引き寄せる。
一言、「違うの」と漏らして、ティナは涙に濡れた顔を上げた。
「謝らないといけないことがあるんです、私、ずっと嘘を吐いていました。……みなさん、こんなに良い方達ばかりなのに、私は、私は……!!」
隠し事をしていたことで失望されたのではないかという怯えと、自分への怒りが混ざり、震えた声で語気を荒げるティナを、ミヒトが宥めた。
「落ち着いてくれ、自分を責める必要なんて……」
「でも、でも、私は、皆さんをずっと騙して!」
「だから落ち着けって! 俺達はそれが何であっても、気にしたりなんてしない!」
顔を上げると、ミヒトは真剣な表情で後方を示した。
サリー達が、心配そうにこちらを見つめている。
「……俺も、サリー達も、ティナが無意味に嘘を吐いて人を騙すような魔族だとは思ってない。何か、そうしないといけなかった理由があるんだろ?」
勿論、それを問い詰める気も無いと、ミヒトは続けた。
けれど、どうしてそこまで自分を責めるのか、聞かせて欲しい、とも。
「私が……、皆さんのお気持ちを、無駄にしてしまったからです」
俯いたまま、ぽつぽつと、彼女の口から言葉が零れる。
「どんな薬を飲んだって、私は一生、特別な歌を歌うことなんて出来ません」
そこまで語ったところで口ごもり、視線を彷徨わせ、大きく深呼吸をして、ついに彼女の口から付き続けていたという『嘘』の内容が語られた――
「――私、マーメイドなんです」
一瞬、場が凍り付いた。
胸に手を当て、決意の表情を浮かべる彼女が嘘を吐いている様子はない。
『マーメイド』
レア度 不明
セイレーン、ローレライと、類似した種族の多い人魚の中でも、唯一歌を武器としない種族。その血肉は寿命すら伸ばす程の高い回復効果を持ち、マーメイドの肉を喰らい何十年も老いず戦い続けた勇者の伝説も残されているが、市場に出回っているのは全てセイレーンやローレライの肉。元より人魚族でも下位の存在で数が少なく、血肉の効果が広まったことで手酷く乱獲され、絶滅したと言われている。
――道理で歌えないわけだ、とミヒトは納得する。同時に、彼女が種族に関する嘘を吐き続けていたことに関しても。
「……今まで、血眼になった人間に追われてきたのか」
ビクリと肩を跳ねさせ、震えながら頷いた彼女は、自らの境遇を、辛い記憶を思い起こしながら、ぽつり、ぽつりと、言葉にし始めた――




