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第三の試練2

 シルフの少女も連れ、ミサクは改めて森に転移する。


 美しく、幻想的で、どこか不自然な森の中で、シルフは周囲を見回した。


「……この森自体に魔法が掛かってる。とても強い結界が張られているみたい」

「結界を解くことは出来るか?」


 ミヒトの問いかけに、首を横に振って返した。


「いいえ。私はこの群れの『鍵』を知らない。ここは私の故郷ではない」


 妖精の結界は群れによって独自の進化を遂げていて、それぞれ『鍵』と呼ばれる合言葉のような魔法があり、それを知らない限り同じ妖精でも結界を通ることは出来ないという。


「それなら、どうしたらいいんだ?」

「とっておきの方法がある。……他言しないと、約束して」


 そう言ってシルフが懐から取り出したのは、魔法仕掛けのぬいぐるみだった。

 それは特別な物ではなく、普通の町で子供の知育玩具として買い与えられるような、魔力を動力源として注ぐと登録された単純な会話を行い、ぎこちなく歩くホムンクルスだ。


「これを使って。言う通りに。出来れば子供がやった方が良い。警戒されない」


 誰に言われるでもなく「……私は大人」と一言付け足して、シルフはミヒト達の方へ人形を差し出す。子供か、と、一同の視線が自然と一点に集まった。


「僕は子供じゃないです……」

「いいから行ってこい、ほら」


 茂みに隠れているミヒト達に背を押され、マリオンは納得いかない顔のまま広い場所に押し出された。少し周囲を見回した後、深呼吸して、シルフに言われたことを思い出す。


「……、みんな! 遊びに来たよ! 出ておいでー!」


 声は生い茂る葉に吸収されてしまったかのように静かになり、木々の騒めきだけが響く。

 自然音に囲まれて、マリオンは眉を下げて茂みの方を振り向いた。


(だから僕、子供じゃないって……)


 文句を言おうとした瞬間、くい。と裾を引かれ、視線を下げる。


「遊ボウ」


 木綿から作られたのであろう簡素なドレスを身に着けて、言葉を覚えたばかりの赤ん坊のように不安定な発音でそう言って出てきたのは、身長が五十センチ程しかなく、人間にしてはやけに小さな童女だった。よく見れば、彼女の背中に透明な翅があるのが伺える。


 人形を渡しながら振り向いた先で、シルフが頷いて顔を出し、手招きした。確かに幼体がこのサイズだと言うのなら、彼女が大人であるというのも納得出来る。


 繊細な妖精を驚かしてしまわないように、ミヒト達がこっそりと姿を現すと、童女は大きな目をぱちくりと動かして、小首を傾げて人形を抱きしめ、上目遣いに見上げた。


「オトモダチ?」


 マリオンが頷くと、童女はふわりと微笑んで、背を向けた。


 彼女が何気なく空間に手を置くと、そこを中心に森の風景が裂けていく。元より幻想的な森だったが、裂け目の奥はそれよりもっと現実味の無い場所だった。


 見たこともない色取り取りの花があちらこちらで咲き誇り、水で出来た少し背の高い童女が花達に潤いを分け与え、それを透明な翅の生えた童女がにこにこと見守っている。


「あの青い子はウィンディーネ。ここは、シルフとウィンディーネの森みたい」

「二種類の妖精が一緒に暮らしているのか?」

「森は水が無ければ育たない。水は森が無ければ濁ってしまう。……だから、シルフとウィンディーネが一緒に暮らす群は多いの」


 裂け目を開いて導いてくれた童女が走り出し、群の仲間に手を振り駆け寄った。

 何やら言語を口にしているようだが、ミヒト達には聞き取れない。

 やがてシルフの童女は、たくさんの妖精を引き連れて戻ってきた。


「初メマシテ」「コンニチハ」「コンバンハ?」

「遊ボウ」「ヨロシク!」「トモダチ?」「人間サン!」


 覚えたての言葉ではしゃぐ子供のように、妖精たちはミヒト達を取り囲んで次々に話始める。この群にとって、突然侵入してきた異種族である彼等は異質な存在であるにも関わらず、誰一人として怯えたり、警戒を露にする者は居なかった。


 離れた場所には成長したシルフや、すらりと長い手足を持ったウィンディーネも居て、こちらもミヒト達と目が会うと顔を綻ばせて会釈したり、手を振ったりと友好的な態度だ。


「なんていうか、妖精って、もっと警戒心が高いというか、手厳しいイメージだったけど」

「意外にフレンドリーなんですね。あんなに強い結界を張っていたのに」


 シルフの子を高い高いするミヒトの隣で、マリオンがウィンディーネの子供から、外の世界では見たことのない幻想的な花を受け取った。


 平和な群れを慈しむように見通しながら、シルフが「……逆」と口にした。


「むしろ、私達は、生まれた時から、人間に憧れている……」


 不思議な発言に並んで首を傾げるミヒトとミサクの前で、シルフは音もなく飛び立ち、小さな妖精の子供たちに、少しだけ微笑みかけた。

 妖精の子供たちはパッと顔を明るくさせ、ミヒトとミサクをわっと取り囲む。

 シルフとウィンディーネが入り混じった童女達は、足元に纏わりついて顔を上げる。


「オネーチャン、遊ボウ」「鬼ゴッコ」「隠レンボ」「ダルマサン……」


 一斉に話しかけられて、ミサクは困惑しながら窘めようとするが、言葉が上手く通じていないのか、童女達はきゃっきゃと好き好きに色々な遊びの名前を口にしている。


「ちょ、もう……待ってってばー! せめて意見を纏めてから……」

「隠レ鬼!」「ボール遊ビ!」「草冠、作ル?」「遊ブ?」


 妖精達と会話のキャッチボールならぬ、ドッジボールをしているミサクを見て苦笑していた時、ふと、ミヒトがあることに気がついた。


 自分もミサクもあまり子供慣れしておらず、現に一度に沢山子供が来ると全く対応出来ていないのに、沢山の妖精の子が我先にと集まって来ている。


 対して、優しげで接しやすそうなティナや、明るくフレンドリーなサリーの周囲には一、二人しか寄ってきていないようだ。


(見た目的に年が近いマリオンに寄って来るのはわかるんだけど……)

「……妖精は、自然のマナで出来ている、心だけの存在。だから、強い心に惹かれるの」


 ミヒトの心を見通したように、シルフがぽつりと呟いた。


「この世の生物で、最も強い心、精神エネルギーを持っているのは、人間なの。心というものは、凄いエネルギーを秘めている。……この世で人が栄えているのが、その証拠」


 多種多様に変化する心は、生物としての強弱関係すら覆す程に強いと、彼女は語る。


「愛情。憎しみ。独占欲。正義感。劣等感。優越感。……人間の心は様々なベクトルに大きく変化して、何度も争いながらも、技術を発展をさせてきた」


 妖精には欲が無いから、人々の欲望と共に生きる心がとても強く輝いて見える。

 だから、妖精は人に集まるのだ。光を求める夜蝶のように。


「長い時の中で人は進化し、様々な娯楽を嗜むようになった。……美しく長寿な妖精を奴隷として飼い殺したり、昏睡させて生きたまま結晶に封じ、展示することも閃いた」


 シルフは目を伏せ、辛そうな顔をした。


「……私達の数も随分減ってしまった。幻とまで言われる程に」

「もしかして、あんなに強固な結界が張ってあったのは……」

「そう。……私のように、人間の脅威を知っている一部が先導して、群の仲間と力を合わせて張られたもの。内側から開けられたら、どうにも出来ないのだけれど……」


 いくら複雑な結界を張っても、人の子が友好的に話しかければ、恐怖を伝承程度でしか知らない妖精の子は自ら結界を潜る扉を作って、人を群に案内してしまう。


(だからあの時、他言するなって……)


――確かに、この習性を悪用されでもしたら大変なことになる。


 シルフの言葉の意味に気づいて納得し、目を輝かせる童女に人形を渡す。

 妖精の子供達は人形が群れ全体に蔓延る濃い魔力に反応して小さく跳ねたり、一言二言言葉を話すたびに手を叩いて喜び、とても楽しそうだ。


 その様子は初めて玩具を買って貰った人の子に似ていて、彼女達は生まれてから一度も、森の外に出たことが無いのだろうと改めて感じさせる。


「っと、そうだった!」


 童女達の対応に追われていたミサクは声を上げると、一枚の紙を取り出した。

 そこには、この森にあるという目的素材の絵が描かれている。

「えっと……。あたし達、この蜜を探しに来たの。知らない?」


 人の言葉をほんの少ししか覚えていないように思える彼女達に伝わるよう、出来るだけ簡単に伝えられた問いを聞いて、童女達は顔を見合わせる。


「難しいかしら……、蜜、あたし達は、蜜を探して――」


 言葉が通じなかったのかと、もっと簡易に説明しようとしたところ、再びこちらに振り向いた童女達が、悲しげな顔をしていることに気が付いて口を噤んだ。


「あ……、ごめんね、そう簡単に渡せる物じゃないわよね」

「違ウ」「蜜、沢山アル」「……デモ」


 子供達はもじもじと俯いて、困り顔でミヒト達を見上げた。


「帰ッチャウ?」

「え?」


 ぎゅっとミヒトの服を握って、シルフの子供がそう呟いた。

 彼女は瞳を震わせ、不安げにミヒトの顔を見ている。見れば、他の妖精達も同じだ。


 罪悪感と、少しの不満。それから不安が合わさったような表情を見て、ようやく彼女達の言わんとしていることを理解した。


 こちらから『遊ぼう』と持ちかけて誘い出したというのに、来て早々に本来の目的を提示されては、話が違うと不満を抱くのも当然のことだ。


 一方で、心優しい妖精であるが故に、探している物を渡すのを渋るという行動に罪悪感を覚えて、複雑な心境で意見を求めているのだ。

 もうひと押しすれば譲ってくれるだろうが、そんなことをするほど非道ではない。


「まだ帰らないよ。しばらく遊ぼうか」


 そう言って笑顔で手を差し伸べると、シルフの童女は顔を綻ばせ、手を取った。


「ウン! 遊ボウ、オニイチャン!」


 

 こうして、ミヒト達はしばらくこの場所で妖精達の相手をしていた。


 彼女達はここから出たことが無いらしく、ミヒトやミサクが町のことや冒険の話をするだけで興味津々に目を輝かせ、集まってきた。


 広場になっている場所ではサリーがシルフ達と全力で隠れ鬼で遊び、水辺では湖に入ったティナの周囲に大人も含めたウィンディーネ達が集まって来ている。


 無邪気で多彩な妖精達と遊んでいると、背負っている物を忘れられ、とても楽しいひと時を過ごした。


――そして、空が橙色に染まった頃。


「もうこんな時間か……」


 時の経つ速さに驚愕し、ミヒトが空を見上げる。

 夜の森は危ないと、ミサクが帰る準備をするよう促した。


「……アノ……」


 集まり、帰還準備をしていると、人形を持ったシルフが声を掛けて来た。

 この童女は、最初にミヒト達の前に現れた個体だ。


「人形? あ……、えっと……」


 『あげるよ』と言おうとして、それが自分の所持物ではないことを思い出し、本来の持ち主に視線を送る。持ち主は、目が合うと頷いて童女に視線を送った。

 くれてやれ、と言いたいのだろうと、ミヒトは童女に人形を差し出して頭を撫でる。


「……アリガト」


 ぎゅっと人形を抱きしめて顔を赤らめ、シルフの童女はもじもじと礼を言う。

 改めて結界を抜けようと背を向けた時、またも精霊に引き留められた。

 振り向くと、遊んだ妖精達が集まって、全員でこちらを見上げている。


「アゲル」


 その中の一人が前に出て、葉で出来た椀を手渡してきた。

 中に入っていたのは、金色に光り輝く蜜。


――こうして、全ての必要素材が揃った。

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