第三の試練1
転移先で彼らを待ち構えていたものは、先ほどとは全く違う環境だった。
過酷な寒さから打って変わって、小鳥の囀るのどかな草原の上に着地し、その温暖さにほっと胸を撫で下ろした。
「良かった、ここは簡単そうだな」
「……いいえ、ここが一番厄介なの」
ミサクの言葉に、ミヒトが固まる。
一歩間違えれば溶岩に真っ逆さまの青い花。
雪狼の住処に侵入し、更に三千メートル以上の深さからの採取を求められる水晶。
(それ以上に過酷なものって、一体……!?)
身震いするミヒトに対し「大丈夫、たぶん危険は少ないから」と今ひとつ安心しきれないことを言い残して、ミサクは目の前に見える新緑の森に潜って行った。
一体全体何が出迎えてくれるのかと恐れおののいていたミヒト達だったが、森は外から見た印象通りとてものどかな場所で、獣の唸り声もない。
聞こえる音はと言えば、風によって木の葉が擦れる木々の騒めきと、リスや小鳥などの小動物が囀る声だけだ。
一体どこが厄介なのか。そう考えていたミヒトが、何かに足を取られた。
「――うわっ!?」
盛大につまづいて転び、地面に手を付いたまま振り向いて引っ掛かった物を見ると、それは木に引っ掛かった一本の長いロープで、先端はミサクの手に繋がっている。
「……やられたわね」
ミサクが、苦々しい顔をして森の奥を見る。
このロープは、森の仕組みを知っていたミサクが、迷わないために歩きながら樹木に引っ掛けていたものだ。それが目の前にあるということは、戻って来てしまったということ。
「どういうことだ……?」
「この森には、妖精の魔法が掛けられているの。住処を悟られないための、強い幻影魔法よ。……素材の情報があるってことは、突破する方法もあると思うのだけど……」
「妖精の魔法……」
呟いて、ミヒトは変わり映えしない森の風景を見回した。
小鳥もリスも、こちらの視線など意に介さぬと言った様子で木の実を齧り、囀る。
一歩踏み出し、小枝を踏み抜くと、その音で近くの木の穴に居たリスが逃げたが、ほんの数十秒で戻って来て同じように木の実を齧り始めた。ここが定められた位置であるかのように。……周りの自然は、よく見ればとても不自然な光景だった。
何度足を進めても、いくら進む方向を変えても、十数分後には木に縛り付けてあるロープの根元に到達する。まるで、何かに吸い寄せられているみたいだ。
一度全体図を確認しようと、空高く飛びあがったサリーは、世界地図と比べれば有り得ない程に大きい、先の見えない広大な森を見たと不安そうな面持ちで戻って来た。
ミサクが探知魔法を唱えても、召喚された魔法陣は静かに佇むばかりだ。
それどころか、どんな魔法もこの森の中では使えない。魔法陣を呼び出すところまでは出来ても、魔法が発動しようとした瞬間、魔法陣の色がくすみ、動かなくなるのだ。
「無理ね。……万策尽きたわ」
ミサクが弱音を吐いたのは、実に十五周目に突入した時だった。
体力のないティナやマリオンは疲れ果て、木にもたれかかって休んでいる。
「ここまで来て諦めるなんて、したくないデス!」
「それはあたしも……いや、皆同じよ。でも、こんなのどうしたらいいのか……」
万策尽きたという、実質諦めるという意味に取れる発言に、反発するサリーを、ミサクが悔しそうに項垂れながら窘めた。
「妖精の魔法の解除だなんて、それこそ妖精にでも聞かない限りわからないわ」
溜息とともに発された言葉を聞いて、ミヒトが固まる。
ギギギ、とミサクの方を向いて、口を開いた。
「なあ、ミサク……」
「……何よ?」
不自然な動きに驚き、ぽかんとしているミサクの前で、ミヒトは言い辛そうに頬を掻きながら「シルフって、妖精……だよな?」と問いを投げた。
「大々的な括りで言えばそうでしょうね」
「だよ、なあ……」
なんとも気まずそうにするミヒトを見て、ミサクがまさか、といった顔をする。
ミヒトは、顔の前で手を合わせ、頭を下げた。
「ごめん! ちょっとある場所まで付き合って欲しいんだけど……」
***
「……妖精の魔法を解いて欲しい?」
背丈の低い少女は、半透明の羽を震わせ、首を傾げる。
その後ろで、犬の耳と尾を生やした少女があからさまに不機嫌な態度を取った。
「なんだ貴様らまた来たのか! 妖精の魔法だと!? 貴様らもシルフを利用しに」
シルフが指を弾いたことで、狼女が茶色の大きな犬に変えられた。
キャンキャン吠える狼女の頭を撫でて窘め、シルフが改めてミヒト達の顔を見上げた。
「……貴方たちは信用出来る。私はそう判断している」
「それじゃあ」
顔を明るくさせるミヒトに頷いて、シルフは狼女に「待て」と命令する。
茶色い犬になった狼女は不満げな顔をしながらも、尾を短く振ってその場に伏せた。
「まさかミヒトに妖精の知り合いまでいたなんて……」
小柄なシルフの方を、ミサクが興味深そうに見る。
「ちょっと前に、なんというか……軽い縁があってな」
流石に会った時の状況をそのまま言えず、苦笑して答えた。
「解くのはかまわない。けれど、その必要性を知りたい」
「ああ、それは――」
ミヒトの答えを聞いたシルフは少しばかり悩むような仕草を見せたが、やがて「わかった」と頷いて、硝子のように透き通った羽を震わせた。




