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第二の試練1

「こ、ここが第二関門……へくしっ!!」


 豪快にクシャミをして、ミヒトは両腕で自分を抱いた。それもそのはず、大した説明もないままミサクに転位させられた場所は、白く染まった極寒の森の入り口だった。


「だらしないわね、勇者を目指していたなら気候の変化くらい対応出来ないと」


 そんなことを言われても、ついさっきまで熱いと感じる程高温の地に居たのに、突然白銀の世界に放り込まれて寒がるなと言う方が無理な話だ。


「うう寒っ……ティナ、大丈夫か?」


 彼女が一番薄着であることを思い出して振り向くも、ティナは平然とした様子で小首を傾げていた。ミヒトの肩の上で、スーが意図を通訳する。


「冷気耐性あるから大丈夫だって!」

「そうか……つーかお前は何勝手に肩乗ってんだ自分で歩け」

「こんなに雪積もってるのに、スライムのスーが歩けるとでも?」


 肩に乗せて貰っている立場でありながらめちゃめちゃ偉そうな態度を取るスー(しかも冷たくて不快)にストレスを溜めながらも、ミヒトはため息を吐いて堪える。


「はぁ……うぅ寒……。マリオン、お前は大丈夫か?」

「あー……僕、断熱結界張っているので」

「……ちなみに、それ、俺にも張れたりは」


 マリオンは、目を逸らして黙り込んだ。どうやら一人用らしい。


(寒いのが俺だけってどういうことだよ!?)


 誰一人『雪国は寒い』という当たり前の事柄について共感してくれず、自暴自棄になりかけたミヒトの耳に、楽しそうなはしゃぎ声が入ってきた。


「きゃー! 真っ白! 一面真っ白デス!」

「見て見てー! この雪私の形デース!!」


 少し離れた場所で飛んではしゃぎ回り、綺麗な雪に足跡を付け、時に思いっきりダイブして自身の型取りをしてテンションを上げるサリーを見て『子供は風の子』『馬鹿は風邪をひかない』という二つの言葉が一同の頭を同時に駆け抜けた――



 雪ではしゃいでいたサリーを呼び戻し、改めて森の中に入る。

 白く覆われた森は外から見た印象通り幻想的で、異質めいた美しさを醸し出していた。


 雪を被りながらも青々と葉を茂らせる木々。こんもり盛り上がった雪の中から顔を出す小さな花。

 年中雪が降り積もるこの森では、こんな環境でも強かに生命の営みが行われていて、命というものの強さに感慨深さを覚える。ただ、見取れているわけにもいかない。


 〝ウゥウゥゥゥゥ……〟


 どこからともなく、甲高い獣の唸り声が響き渡ってくる。


雪狼スノーウルフね。遠吠えで連絡を取って、標的を追い詰めるの。見つからない方がいいわね」


 と、声の方向を見ながらミサクが忠告した。


「見つかったら……?」


 恐る恐る、といった様子でミヒトが尋ねる。


「少数なら仲間を呼ばれる前に仕留めればいいわ。多数なら……逃げた方がいいかもね」


 戦闘慣れしている彼女が逃げた方が良いと発言するということは、それなりのことなのだろう。

 草陰から無数の瞳に監視されているような悪寒を感じ、身震いした。


「それで、目的地の泉ってどこにあるんだ?」

「わからないわ」


 ミサクが即答したことで、一同の視線が彼女に集まる。


「……本当にわからないの。この森は元々風景が単調な上に、吹雪や雪崩でよく地形が変わる。だから、地図は無いし、仮に先人が描いていても役に立たないでしょうね」

「それって、つまり……」


 この森のどこかにあるということはわかる。しかし、そのどこかがわからない。


「がむしゃらに探すしか無いってことか……」


 がっくりと肩を落とすミヒトに、「幸い今日は晴れているから、足跡を目印にすれば迷うことはないわ」とミサクが余裕を持って答える。


「へー、ミサクは旅慣れてしてるデスー」

「じゃあ、多少迷うかもしれませんが、雪狼に逢わなければなんとかなりそうですね」


 マリオンがそう口に出した途端、正面の草むらが揺れた。

 まさか、と、のんびり会話していたままの表情で一同が固まる。


「ワフッ……」


 初雪のように白く、うっすらと凍り付いてキラキラと輝く体毛。氷柱のように鋭く尖った耳。目付きは睨まれただけで凍てつきそうなほど鋭く、しなやかな四肢を持った魔獣。


――紛れもない雪狼が、そこに居た。


「わっ! 言ったそばから……!」


 青い瞳に睨まれ、竦みあがるマリオンの前にミヒトが出る。


「ここは俺が……!」

「待って」


 まともな武器くらいは必要だろうと買っておいた剣を抜こうとした手に、ミサクの手が重ねられた。

 振り向けば、ミサクは品定めするように雪狼をじっと見つめている。


「まだ子供じゃない。襲って来ないなら、こっちから手を出す必要は無いわ」

「子供って……あの大きさで?」


 言われて、目の前の雪狼をよく観察してみる。

 体高は六十~七十センチメートルと言ったところか。大きい猟犬くらいのサイズはある。


 しかし、よく見れば鼻先が少し短く、狼にしては全体的に丸っこく感じられる。

 ……なるほど、言われてみれば確かに、成体では無さそうだ。


「確かに子供みたいだが……。じゃあ、どうしたらいいんだ?」


 ミサクは今一度雪狼の仔を見た。観察する限り戦意は無く、また、雪狼は一定以上大きくなった成狼のみで狩りをするので、近くに飢えた群れが居る可能性は低いだろう。


「刺激しないように離れれば問題ないと思う。特別興味を引く物も持ってないし――」


 説明する後ろで、雪が蹴散らされる音がした。

 驚いたミサクが振り向くと、仔狼が跳ぶように走り接近してきている。


「襲って来ないんじゃなかったのか!?」

「そのはずだけど……!」


 慌てながらも咄嗟に構えた二人の間を、仔狼がすり抜ける。


「え?」


 状況把握できておらずきょとんとするサリーの真横を走り抜け。


「わあっ!」


 驚いてしゃがんだマリオンの上を飛び越えて。


「……!」


 最後尾に居たティナの前で、足を止めた。

 驚いて右足を下げ、後退した彼女が動くより速く、仔狼が飛びかかる。

 子供とはいえ中型犬程の体格に、しかも不意打ちで飛びかかられてはティナに受けきれる筈もなく、共に雪山に突っ込み雪飛沫が飛び散る。


「大丈夫か!?」


 顔の前に手をやり、雪飛沫を避けながらミヒトが叫んだ。

 白く染まった視界が正常に戻った時、翡翠色の巨大なヒレが目に入る。


――雪も元は水。頭から大量に被ってしまえば、彼女の変身を解くには充分なものとなる。


「あ、あの……」


 鰭を揺らして、つぶらな瞳が見つめあう。

 仔狼は困惑するティナの上でフンフン鼻を鳴らすと、目を輝かせて尾鰭に飛びついた。


「きゃっ!?」


 驚いてはねのけようとしたが、空気よりもずっと重い抵抗のある水中を進み続ける魚の鰭というものは、とてつもないパワーがある。


 優しい彼女に先程純粋な瞳を見たばかりの仔狼を吹き飛ばすのは忍びなく、まじまじと見つめるばかりだ。


 様子を伺うティナの下半身に、突如生温かい仔狼の舌が這った。


「ひゃうっ!」


 ぞくぞくと弱い電流が背筋を走り、身を震わせながら意図せず甘い声を上げてしまう。


「はぅ……ふぅ、ぅ……っ!」


 不意に恥ずかしい声を出してしまい、顔を赤くして自分の口を塞ぐティナの顔を不思議そうに見つめて、仔狼は再度関心を自身の乗る大きな尾びれに戻す。


「ちょ、ちょっと……んっ……おおかみさ、そこは……」


 生温い舌の次は冷たい鼻先で嗅ぎ回られ、両手で口を覆って自由な上半身をくねらせて身悶える。

 その生物にとって重要な器官とは総じて敏感なものであり、人が足や脇腹を無遠慮に撫で回されて我慢出来ないのは弱点への刺激に過敏に反応してしまうからだ。


「やっ……だめ、ですっ……! はぁッ……!」


 それが人魚の尾ひれとなれば、人間のそれとは訳が違う。

 一つしかない上に、失うことが死に直結するほど大切な器官。 


 そこを生温くざらりとした舌で舐めまわされれば、神経を直接撫でまわされるような、どれほど悩ましい感覚が彼女を襲うかは想像に難くない。


「ひゃあっ! あ……あっ……!」


 一度舌が這うたびに体が跳ね、口を抑えても堪え切れない声が漏れだす。

 子狼の一挙一動に、打ち上げられた鯉の如くピクピク震えながら声を漏らすティナの姿から邪魔しちゃいけないような何かを感じ、ミヒトどころか、ミサクやサリー、ミヒトの頭の上に座っているスーまでもがポーっとした表情でティナを見ていた。


「あの……、そろそろ助けてあげた方が……」


 マリオンが遠慮がちにそう提案したことで、ようやく彼女から仔狼が引き離された――



「……お腹空いてたみたいね」

「ガブッとやらなくて良かった、本当」


 目の前で携帯食料をガツガツと食べる仔狼を見守りながら、ミヒトとミサクが会話する。本来生肉を中心に食べている雪狼が小麦や砂糖、バターから作られた高カロリークッキーを食べているのだから、もうなりふり構っていられないということだろう。


 空腹が満たされた仔狼はきゅーん、と甘えるように鳴くと、人の姿を取っているティナの足下に軽い足取りでやってきて、尾を振って頭を擦り付け始めた。


 ティナは顔を綻ばせてしゃがむと、仔狼の頭をなで始めた。


「すっかり懐かれちゃったみたいだな」

「こうして見ると結構かわいいじゃないですか」


 仔狼は座ったまま尻尾を振り、フンと鼻を鳴らした。


「どうする? こいつ」


 と、ミヒトが得意気にする仔狼を指す。


「あれだけ食欲があるならもう大丈夫よ」


 それより、魔獣とはいえ野生動物にあまり人のにおいが付いては良くないと、ミサクは先に進むことを促した。ティナも頷いて、仔狼に手を振って離れる。


 一同が歩き始めると、仔狼はちょこちょことついてくる。


 足を止めれば、一緒に止まって顔を見上げる。


「……おい、あれ……」

「……振り切るわよ」


 一同が走り始めると、仔狼はたったかついてくる。


 速度を上げれば、尾を振って速度を上げる。


 さらに速度を上げて走っていると、仔狼が視界から消えた。


「や、やっと諦めたか……」

「ちょっとミヒト、スーは!?」

「あれ」


 ミサクに指摘されて肩を見ると、ずっと乗っていたスーが居なくなっていた。


 走る時どこかに落としてしまったのかと後ろを見ると、仔狼が何かを咥えて歩いてくる。


 雪を被っているが、それは紛れもないスーだった。

 途中で姿を消したのは諦めたからではなく、落としたことに気付いて拾いに行ってくれっていたようだ。


「ありがと……、ってこれ……」


 普段なら手に持てばぷにょんと纏わり付くスーの体が、カチカチの固形を保っている。

 ……これは、どう見ても。


「スー、凍っちゃったんだけど……」

「大丈夫デス! 寒くなるとよくあることデス」

「よくあるのかこれ? カッチカチなんだけど大丈夫なのか!?」


 間抜けな笑顔のまま凍り付いているスーをしばらく手に持っていると、若干溶けてきたようでまだ硬いながら口が動き始めた。


「……、……!」

「ど、どうした? 何か言いたいことでもあるのか? 大丈夫か?」


 凍り付いたスライムなんてものは見たことがなく、ミヒトは心配して何か発言しようとするスーの言葉を聞き逃すまいと耳元に近づけた。


 凍り付いた体を僅かに震わせて、スーの口が動く。



「新感覚シャーベット……酸っぱいライム味……スライムだけに……!」



 言い切った。そんなやり遂げた顔をするスーの周囲で、突風に雪が巻き上げられる。

 体感温度が急に下がったような感覚に陥り、ミヒトは無言でスーを引き離した。


「全然大丈夫そうだな」

「でショー?」


 半分凍ったままのスーを肩に乗せて、ミヒト達は歩き出した。

 その後ろを、やはり仔狼がついてくる。


「……しかたないわね、あの子の好きにさせましょう」


 子狼が諦めるより先にミサクが根負けしたようで、ため息を吐いて顔を覆い、仔狼が後ろをついてくることを許諾した。わかっているのかいないのか、仔狼はおすわりしたままミサクを見上げ、尾をパタパタ振っている。

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