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第一の試練

「といっても、あたし転移魔法使えるけどね」

「……そういうの、がっつり準備する前に言ってくれよ」


 数日分の食糧等が入った無駄に重たいリュックサックを背負い、げっそりとした表情で魔法陣に立つミヒトに、ミサクが苦笑して顔の前で手を合わせる。


 この魔法は、一度訪ねて魔術式を張った場所に、自身の魔力を辿って転移するといったものだ。術式を維持する為に常に魔力を供給しなければならないため負担が大きく、習得自体も難易度の高い魔法だが、退避にも攻めにも使える魔法であり、上位パーティーを名乗るならメンバーに一人は必須と言っても過言ではない。


「さて、ここが第一関門か……」


 今、目の前には“火山の頂”に繋がる、急斜面が広がっている。

 ミサクが転移魔法を置いていたのは麓のため、目的地に着くにはここを登る必要がある。


「これ登るのか……。俺でも厳しそうだけど、ティナやマリオンは大丈夫かな」

「魔力で伸ばせるロープを持ってるわ。先に体力のある人が上がって引き上げましょう」


 なるほど、とミヒトは頷き、改めて急斜面を見上げる。


 ……斜面、とは言ったものの、普通に登れるのは最初の方だけで、途中からほぼ垂直になり、最終的には鼠返しのようにこちらに反り出した岩を乗り越えていかなければならず、ほとんど崖と言っていい。


 幸い引っかかりとなりそうな凹凸が多いため、道具があれば登山は出来そうだが……。


「……きついな」


 一つ一つ慎重に足を掛けながら、道とは言えない崖を登っていく。


 最初にサリーとミサクが二人で登って引き上げると提案したが、それでは男が廃ると一緒に登る道を選択したものの、同時に登り始めたのに大きく遅れる有り様だ。


「どうした遅れているぞー! このくらいでへこたれるんじゃない!」

「お前はなんでついてきたんだよ……」


 肩の上でゼロ距離から野次を飛ばしてくるスーをうんざりと見やり、崖を登る。

 自然に乗ってきたので連れてきてしまったが、置いてくれば良かったと地味に後悔した。


「ミヒト、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ――」


 上の方から声が聞こえ、顔を上げた。

 視界の端にある物を捉え、ミヒトの目がカッと開かれる。


「――っ!?」


 ミサクは単独行動する冒険者。故に、その衣服は機動力重視で、上は衣服の上に急所を守るように身につけられた簡素な鎧。下は動きを阻害しないミニスカート。


 そんな服装の彼女が前を進んでいるとき、後続が顔を上げたらどうなるだろうか。

 お察しの通りである。よく動く彼女はパンツの上に短パンを履いているが、ミニスカート越しに見るとイケナイ物を見ている気分になり、ミヒトは顔を真っ赤にして焦る。


「……?」


 様子を尋ねたら素っ頓狂な声を上げられ、ミサクが怪訝な顔をする。

 その間も視線はつい健康的な太ももに食込む布地に向かってしまいそうになるが、気付かれるわけにはおおげさに目を逸らして頭を振り、誤魔化した。


「な、なんでもない!」

「ちょっとミヒト!」

「わああごめんなさい見てません!」


 名前を叫ばれ、不埒な視線にバレたのかと思わず敬語が出るミヒトだったが、ミサクはそれ以上に慌てた様子だった。


「何を? それより手! 危ない!!」

「へっ……」


 誤魔化すのに一生懸命で、気がつけば片手が岩から離れていた。

 間抜けな声を上げた途端もう片方の手が掴んでいた岩が崩れ、体が重力に引っ張られる。


「ミヒト!」


 落下の衝撃を弱めようと風魔法の詠唱を始めたミサクの前を、何かが高速で通り過ぎた。

 それはすごい勢いで落下しながら、ミヒトに向かって一直線。


「うっ……」


 思っていたより早く、軽く訪れた衝撃に、呻き声を漏らして目を開けた。

 すると、そこには――


「ヘイ! ミヒトもスーも、大丈夫デスカー?」


 上機嫌な様子の、サリーの顔があった。

 続いて少し視点を下に下げれば、遠くに地面とこちらを見上げる二人が見える。


 頭を持ち上げて正面を見れば、ミサクがこちらに目を向けたまま唖然としていた。

 無数のハテナを頭に浮かべた時、黒く大きな翼が視界に入った。


「どうしたデス?」


 よく見れば、周囲の視線はすべて、サリーの背後に集まっている。

 ミヒトは深く息を吐き、脱力しながら口を開いた。


「――お前……。飛べるなら、最初からそうしろよ……」


 今、場の全員が思っていたことが、ミヒトの口から告げられる。

 当のサリーは短く「あっ」と漏らし、場が静まり返った――


「いやー、最近飛んでないから完全に忘れてたデス」

「最近飛んでないって言ってもな……」


 確かに狭い通路ではそもそも羽ばたけないし、広間でも突進の速度を上げるのに使う程度だが、だからといって生まれ付き持っている能力をド忘れするのはどうなのか。


 呆れるミヒトの前をサリーは鼻歌を歌って先行し、歩き進める。

 しばらく進んでいくと、どんどん気温が上がり、暑く感じられるようになった。


 目的地周辺は、もはや暑いというより、熱い。

 メモを頼りに、目当ての素材がどこにあるのかを探す。


「えーっと……『この花は日光を嫌うが暑さを好み、火口の内壁に好んで咲く』」


 マジかよ、と漏らし、ミヒトが恐る恐る火口を覗き込んだ。

 深く位置するマグマがボコボコと熱気を噴き上げる。そこに行きつく途中の壁面に、マグマとはどこまでも対照的に蒼く涼しげな花が根付いていた。


「一番厄介なのはね、素材は茎を通る液体だから、茎を傷つけちゃいけないの。でもとても根が強くて、普通に魔法や道具で引っ張ると茎が折れちゃう」


 一体どうすれば、と悩むミヒトの前を何かが物凄い勢いで通り去る。


「ちょっ……サリー!?」


 一瞬遅れて覗き込むと、サリーが花の前で翼を広げていた。確かに彼女がギリギリ翼を広げられるほどのスペースはあるが、熱せられた火口内の岩壁に触れでもしたら火傷は免れない。突拍子もない性格の彼女にしても、あまりにも無茶な行為だ。


「サリー、何やってるの!?」


 これには冷静なミサクも驚いて、ミヒトと共に火口を覗き込む。


「私熱いのへーきデス! 花が根付いて引っこ抜けないのなら……!」


 サリーは器用に細剣を抜き、円を描くように一閃した。

 剣を仕舞い、流れるように花の茎を掴んで引っこ抜くと、それは簡単にサリーの手中に収まった。


「――根元からくり抜いてしまえばいいのデス!」


 大きく羽ばたき、一気に火口を飛び出して、サリーは花をミヒトに渡した。

 むちゃくちゃだが結果は完璧。唖然としたまま、ミヒトが花を受け取る。


「あ、ありがとう……。すごいな、サリー」

「当然のことをしたまでデス!」


 褒められて気を良くしたサリーは胸を張り、早く次に行こうと腰に手を当て、眺めのいい火山頂上から遙か遠くに見える景色を力強く指さした――

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