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勇者を諦めたらスライムに勧誘された件~俺がダンジョンのボスだって!?~  作者: 飛龍 ナツキ
ダンジョンのボス、始めました。
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声失の人魚

 私は無力だった。一人では何も成せなかった。

 妹達が攫われた時も、尾鰭が震えて動けなくて。

 気が付いたら、私以外は誰も居なくなっていて。

 あの人だって、私が無力だから行ってしまった。

 ごめんなさい、ごめんなさい――



――全員の情報を集めた。洞窟内をうろつく小型モンスターの生態も把握したし、彼等の中でも積極的な者達とはスーを通してコンタクトも取れた。


 互いの欠点を補い合う作戦も入念に立てたし、洞窟の入り口も冒険する意欲を無くすような張り紙と都合の良すぎる松明を取り除いて岩を置き、隠れ家のようなデザインにした。


 ダンジョンと呼んで差し支えない、完璧な空間が出来たというのに――


「……今日も、誰もきませんね」

「ああ、そうだな……」


 水辺で黄昏れ、項垂れるミヒトの隣に顔を出しながら、ティナが退屈な気持ちを紛らわすかのように水面を尾鰭で叩き、水紋を生み出している。


 軽い水音が響く洞窟で、サリーがぼうっと手首を使って小石を上に放り、手の平で受け止める遊びにも満たないような行動を繰り返している。


 少し離れた場所では、マリオンがスーを枕にして気持ちよさそうに眠っていた。体重に潰されひしゃげているスーは、こちらもよだれを垂らし熟睡している。


 ……誰も言葉に出さずとも、空間には『暇』だという概念が満ちていた。


そもそもの話、近くに住んでいる者でも知らないレベルの無名のダンジョンが、ほんのちょっとの改装と意識改革しただけで目に見える変化が起こるわけがないのだ。


「そういえば、もう食糧庫空っぽデスネー」

「うーん……。そろそろ買い出しに行かなければいけませんね」


 ティナとサリーの何気ない会話を聞いて、ミヒトの頭にふと疑問符が浮かぶ。

――そういえば、ここに初めて来た時も、マリオンが買い物から戻って来るところだったが……人も来ないこんな辺境の洞窟で、一体どうやって稼いでいるのだろうか?


「ううん……、十枚程売れば、しばらくは……」

「ワタシもそろそろだと思うから、無理しなくて大丈夫デス」


 憂鬱そうに尾鰭を眺めるティナを見て、もしかして、と考えが浮かぶ。


「自分の鱗を売って、お金を稼いでいるのか?」


 ティナは振り向き、ええ、と頷いた。

 なんでも、この辺りは人魚族の生息数が少ないらしく、鱗が高値で売れるらしい。それで、いつも定期的に鱗を剥がし、売り捌いているそうなのだ、が……。


(……痛そう……)


 自分の皮膚や爪を剥がす想像をしてしまい、青ざめるミヒトに気がついて、ティナが思っているほど痛くは無いと、微笑んで首を振った。


「一ヶ月もすれば生え揃いますし、問題ありません」

「そっか……」


 強がりだと、ミヒトは直ぐに気が付いた。本当は、かなり痛むのだろう。でなければ、あんなに憂鬱そうな顔で尾を見つめたり、サリーが気遣ったりなんてしない筈だ。


「……なあ、ティナ」


 声を掛けると、水に潜ろうとしていたティナがきょとんと首を傾げた。


「俺……いつか必ず、こんなことしなくても暮らしていけるようにするから」


 ミヒトの何も出来る事がない悔しさと、申し訳無さ、それから優しい気遣いが混ざった顔を見て、ティナはくすりと笑って、ありがとうございます、と礼を言って水に潜った。

 まじまじと水面を眺めるミヒトの袖を、くいとサリーが引っ張る。


「ほら、レディーが脱ぐとこを、まじまじ見る物じゃないデス」

「え!? そ、そんなつもりじゃ……」


 そもそもこれは脱ぐ内に入るのだろうか、と思ったが、そもそも見られていてはやり辛いだろうということに気が付いて、サリーに引かれるまま場を離れた。


(サリーって、意外と周りが見えてるよな……)


 本人に聞かれたら怒られそうなことを考えながら、前を歩く後ろ姿を眺めていると、ふいに振り向かれ、ぶつかりそうになりながら足を止める。


「ミヒト! これ、受け取るデス!」


 振り向いた彼女の手には、何か白くて光る物が乗せられていた。

 鋭く尖ってて、細長くて、光沢のある、これは……。


「……牙!?」

「ティナに渡して、足しにすると良いデス」


 唖然と彼女の口元を見ると、端に覗いていた牙が一つ足りないように見える。が、なんでも吸血鬼の牙は定期的に生え変わるらしく、問題ないらしい。


 通常自然に抜け落ちた牙というのはかなり摩耗しているため、市場価値が低いのだが、彼女は吸血行動を取らないために、抜けた物でも売り物に出来るようだ。


「これ、相当高く売れるんじゃないか?」


 渡された時は驚いたが、個体数が少なく専用のハンターも存在するような種族の牙の価値に興味が湧いて、わくわくと問いかけると、サリーは首をかしげる。


「さあ、ワタシは買い物に行ったことが無いからわからないデス。でも、このワタシの牙がどういう風に取引されているのか――一度見てみたいデスネ!」

「俺もちょっと気になるし、次の買出し一緒に行ってみるか?」


 何気ない誘いのつもりだったのだが、サリーは口を開けて、ぽかんとしている。

 少しの間を置いてから、ミヒトは自分がいかに無茶なことを言ったか気が付いた。日に当たることが出来ない吸血鬼に対して、昼の街に一緒に行こう、などと――


「ご、ごめ」


 申し訳なさが溢れそうになったミヒトの口を、サリーが立てた指で塞いだ。


「確かに、賑やかな街の楽しさは、ワタシには知れないことデス。でも、ミヒトだって知らない、ワタシしか知らないものも、沢山あるのデス!」

「サリーしか、知らないもの……?」


 ついオウム返しで聞き返してしまったミヒトに、サリーが微笑みかける。


「――例えば、夜闇の中で輝く星。動物たちの静かな合唱。ワタシは、誰よりも月の時間の美しさを知っているのデス」


 ミヒトにもそのうちオススメの場所を案内してあげると言って、サリーは手を振って自室に歩いていく。……謝るつもりが、逆に励まされたのだと気が付いたのは、彼女の部屋の扉が閉まってからだった。


(……俺もしばらく、部屋で待とう)


 ミヒトも自室に入り、簡素な木の椅子に腰かけて、手帳を開く――


***


「――ヒト! ミヒトっ!」


 ドン、ドンと、ボールが激しく叩きつけられているような音にぎょっとして目を覚ます。いつの間にか微睡んでいたらしいと、ミヒトは音の発生源である扉を見た。


 起きた気配に気が付いたのか、ドンドンといった音はドッカンドッカンに代わり、ミヒトは思わず「うるせえ!」と扉に向かって叫んでいた。


 ずるりと、扉の隙間から薄緑色の半液体が滑りこんで来る。


「ひどーい! ちゃんとノックしたのに!」

「ノックっていうのは戸が歪むほど体当たりすることなのか!?」


 相も変わらず気持ち悪い入り方をしてきたスーは、わかりやすく蒸気を噴き出しながら一通り馬鹿だの理不尽だの怒った後、広間に来るようにと告げた。


「ミヒトも行くでしょ? お買い物!」


 その言葉を聞いて、ああ、とまどろむ前のことを思い出し、スーと共に部屋を出る。


 広間に入り、周囲を見渡す。まだ部屋から出て来ていないのか、サリーが居ないが、代わりにマリオンが起きたようで、ティナと何やら話している。


 声を掛けようと踏み出して、ミヒトは広場の幻想的な光景に目を見張った。


 一枚一枚、水辺に並べられた鱗に、ライトバグが発する光、水面から反射した光が当たり、七色に煌めいている。鱗の色はほんの僅かに視点を変えるだけで全く違うものに代わり、初めて見る人魚の鱗に、思わず嘆息する。


「……綺麗だ」


 感情のままに呟いてしまったが、彼女が痛みに耐えて鱗を剥がしていたことを思い出し、不謹慎だっただろうか、とミヒトは口を噤んだ。


 それに気が付いたティナが、ゆるりとそちらを向く。


「ありがとうございます。……鱗を褒められて、悪い気はしませんよ」 


 バツが悪そうにするミヒトに微笑みかけ、長い尾ひれをゆらりと揺らした。見えにくいところを剥がしたようで、尾ひれは相も変わらず美しく艶めいている。


「そうだ、これ、サリーから」


 ティナはミヒトから牙を受け取るとじっくりと品定めを始め、どの角度からでも白く艶めき、鋭利に光る様子を見て満足気に笑みを浮かべ、持っていた布で丁寧に包んだ。


「よし、じゃあそれを、俺が売って来れば良いんだな?」


 金策に関しては何一つ手伝うことが出来ず、手持無沙汰だったミヒトがここぞとばかりに胸を叩くが、ティナは困り顔で微笑んだ。


「取引ができるのでしたら、そうしていただけると助かりますが……」


 ミヒトはうっと言葉に詰まる。勇者を目指していたとはいえ、駆け出し未満の見習い。魔物の特徴までは調べていても、素材の流通なんて考えたことが無かった。


「そんなに落ち込まなくても……。これからマリオンと買い物に行くので、ミヒトさんもついてきてくだされば、きっと、すぐに雰囲気が掴めますよ」


 項垂れるミヒトを、ティナが胸の前で掌を併せて優しく慰める。


「ティナ……、ありがとう……」


 涙目で顔を上げ、ふとティナの言葉を頭の中で反芻する。彼女は、普段の買い物は『マリオンと行っている』と、言っていた。……ティナが、人の街へ?


 自然と、目が水中でゆらゆら揺れる尾鰭に向かう。


 下手をすれば人間部分よりも大きいであろう尾ひれを持ちながら、どのようにして彼女が人間に紛れるというのだろうか? そもそも、街までどうやって?


 疑問が顔に出ていたのか、スーがぴょんと跳ねて、ティナは変身出来るのだと自分のことのように誇らしげな顔で告げた。変身、と言われてもパッと来ない。


「僕も初めは驚きましたが……百聞は一見に如かず、ですよ」


 マリオンが視線で示した先で、ティナが水面に見えていた尾をそっと水中に沈めた。そして、岸に手を置き、するりと陸に這い上がる。


「っな……!?」

すみません、更新かなり遅れました…! 多少更新時間不定期になるかもしれませんが、毎日更新は続けていくのでどうぞよろしくお願いいたします。

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