不慮の事故
陸に上がってきた、ティナ。
その姿を見て、ミヒトは最初に目を見開いて驚き、次に顔を赤面させた。
「な、なな、なんでティナに、人間の足が――」
動揺するミヒトの前で、ティナが立ち上がろうとした。
即ち、本来人間の体にあるものが、丸見えになってしまうというわけで。
「ちょっ!? ま、まてまてまて!!」
彼女らしからぬ大胆すぎる行動を目前に、顔を真っ赤にして左腕で顔を覆い右掌をぶんぶん振って静止を促し、ミヒトは背中を向けた。
挙動不審なミヒトを不思議そうに眺めてから、ティナは背を向けて水辺の陰を探った。
がさごそと動くたびにお尻を覆っているフリルがずれそうになり、ミヒトはこれは見てはいけないものだと良心が訴えるのを感じて、顔を背けた。
やがて振り向いた彼女は何か白い物を手にしていて、目を向けると他の衣服のようにフリルの付いた白いパンティーで、慌てて再度目を背ける。
その後も、恐らくそれを掃いているのであろう衣擦れ音が恥ずかしげも無く聞こえてきて、ミヒトはやり場の無い感情を同性のマリオンに小声で叫んだ。
「おい! どういうことなんだあれは! 普段の照れ屋はどうした!?」
突如肩を掴まれたマリオンはぎょっとしながらも言葉を返す。
「文化の違いだと思いますけど……、見られて恥ずかしい、と思わないのでは」
確かに、魚を調理する時も生殖器なんて見たこと無い。必要な時以外は隠れているのだろう。となれば納得の行く答えではあるのだが、そういう問題ではないのだ。
「……、それが正しい反応なんですね。僕、慣れちゃったんだなあ……」
ないのだが、彼があまりにも遠く悲しい目をするのでそれ以上の追及が出来ず、気を紛らわせなくなった。
それから直ぐに、ミヒトは背中を軽くつつかれて、振り向くとティナが立っていた。
「おお……」
『どうかな……?』と言わんばかりに片手で少し長い物に履き替えているスカートの裾を持って、顔を上気させて目を伏せている彼女はとても可愛らしく、声が出た。
足元も白いハイソックスに覆われていて、上も裾の長いフリル付きの物に着替えたことで露出も抑えられているのだが、それでも抑えきれていない色気が彼女を包んでいる。
「いいな、可愛いよ!」
思ったままの言葉が口をついて出た。ティナは上気していた顔をさらに赤くするが、相変わらず黙ったままだ。ここで、ミヒトがあることを察した。
「……、もしかして、話せないのか?」
ティナは振り向くと、まだ赤い顔で頷いた。彼女は能力を使って尾ひれを足に変えると、どういうわけか発話能力を失ってしまうらしい。
「ああ、それでマリオンも一緒に……」
そこまで口にして、ある疑問が浮かぶ。よくよく考えれば彼は自分と同年齢。ここに来た時も一人で買い出しに行っていたし、ティナが行く必要は無いのでは?
「魅了なんて便利なスキルもあるんだし、交渉とかお手の物だろ?」
「……、そんなに便利な体質じゃありませんよ。魅了はあくまでも欲情を抱かせるだけ。効果は相手の性格や、力量差に左右されるんです」
意図が伝わらず、首を傾げるミヒトの前で、マリオンは「えー……、つまり」と、少し言い淀んでから言葉を足した。
「相手が獰猛なハンターや、貪欲なゴロツキであった場合、僕のトラウマが増えます」
過去に何かあったのか若干涙目できっぱり告げられ「よくわかりました」とミヒトは形容しがたい罪悪感からつい敬語で頭を下げた。
やがて、ティナが着替え終わると、スーがぴょこんと跳ねてくる。
「折角だからさ、今回はティナとミヒトの二人で行ってきなよ!」
何が『折角』なのか。とミヒトが口にしようとするのを遮って「一体一の方が親睦深まるし!」とキリリとした顔で口にして、さらに「食料は街で買うと高いから、マリオンには村まで行って来て欲しいしね!」と念入りに逃げ道を塞いだ。
意味深なウィンク(出来てない)を向けてくるスーを、二人は唖然と見ていたが、やがてティナが荷物を包んで歩き始めたことで、ミヒトもその後を追っていった。
「……、食糧、まだ一週間分くらいはありますよね?」
残されたマリオンがぽつりと口にすると、スーは体を伸ばしてふんぞり返った。
「スーは空気の読めるスライムだから!」
***
洞窟を出てからと言うもの、彼女は元々足が無かったとは思えないほど道なき道をすいすい進んでいくので、ミヒトは追い付くのに必死だった。
大木の穴を潜り抜け、崖が崩れて出来たトンネルを通り、枝に掛かることもなく進んでいく背中を、時折木の根に躓き枝に頭をぶつけそうになりながらも、なんとか追いかける。
「うわっ!? っとと……」
途中で背の低い木が密集している場所があり、頭上に気を取られた結果木の葉で隠れていた窪みをつま先で踏んでしまい、バランスを崩して顔から落ち葉に突っ込んだ。
「だ、大丈夫。このくらい問題ない」
顔を上げると物音で引き返してきたティナが心配そうにこちらを覗き込んでいて、気恥ずかしさを隠しながら強がって身を起こした。ぶつけた鼻がヒリヒリする。
ティナはにっこり笑い、倒れている巨大な樹の隣にぽっかり空いた穴を示した。
(……あそこを通れば近い、ってことか?)
口のきけない彼女の言葉をなんとなく察して頷くと、ティナは頷き返して穴に飛び込み、顔を出して手招いた。
後を追って肩がつっかえそうなくらい狭い穴に体を滑らせると、そこは以外にも人間が中腰になって立てるくらいの自然のトンネルが広がっていた。
「……暗いな」
光が届くのは入り口のほんの僅かな部分のみの上に、トンネルはゆるやかなL字のような曲がり方をしているため、少し進めば視界は暗く覆われる。
前を歩いていたティナの姿もすっかり闇に消えてしまい、少し不安になりながらミヒトは見えない床を探るように恐る恐る歩を進めた。
(中々追いつかないな、もう出口まで行ってしまったのか?)
まさか置いて行ったりはしないだろうが、それでもあの状態の彼女からあまり距離が離れるのは気掛かりだ。口が効けないというのは、相当不便だろう。
――急いで追いつこう。そう決心し、ミヒトは力強く地を蹴った。
直後、何かに衝突して、その何かを押し倒しながら床に倒れ込む。
「いったた……、なんだなんだ?」
何かに跨がっている感覚があるがそれが一体何なのかわからず、手探りで正体を確かめようとする。もそもそと探り、さらりとした布のような質感をなぞっていくと、指先がふんわりとした小丘に包まれた。
「……?」
今まで触れたことの無い未知の感覚が理解出来ず手を置いたまま少々思案したのち、ミヒトはようやく『魔法で照らせばいい』という考えに辿り着いた。
「よっと……」
短く詠唱して、指先に熱を伴わない光を点す。
魔力から生み出された小さな光を動かしながら、自分が跨っているものの正体を確かめるため、上へ上へと照らしていった。
目も慣れてきて、うっすらと、徐々に徐々に目の前の物が浮かび上がる。
「……あっ」
恐る恐る光を強めると、頬を上気させて泣きそうな顔をした、ティナと目があった。
先程の状況と、自分が何をしたかを思い出し、ミヒトから汗が噴出する。
「……っ……!」
瞳を潤ませてぱくぱくと何か訴えようとするティナの姿で我に返り、「ごめんっ!!」と勢いよく謝罪すると同時に彼女の上から体をどかした。
ようやく自由になったティナは、胸を押さえてほっと息を吐いた。
「本当に悪かった! もう出口まで行ったかと……」
頭を下げるミヒトを前にして、ティナは小さく溜息を吐くと、微笑んで首を振った。
――セイレーンなだけに、先ほどのことはすべて水に流してくれる、と……。
(こんなにあっさり許されると逆に心配になる……)
そんなことを考えながら、前を歩く彼女の後を、明かりをつけたまま追う。
しばらくすると、ついに横穴から光の差し込んでくる場所にまで到達した。
穴から顔を出し、下をのぞき込んでみる。一メートル強離れた場所に地面が見えた。
周囲を軽く見回せば少し離れた場所には整備された道が、遠くには町が確認出来る。どうやら先ほどの洞窟は、地下を通って一気に山を抜けるコースらしい。




