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勇者を諦めたらスライムに勧誘された件~俺がダンジョンのボスだって!?~  作者: 飛龍 ナツキ
ダンジョンのボス、始めました。
12/40

禁忌の半魔

 母親は聖者だった。父親は夢魔だった。

 僕らは幸せだった。だけど、世界は僕らを許さなかった。

 両親は処刑され、親しかった友達も、揃って石を投げてきた。

 僕は祈った。それしか出来なかったから。毎日、毎日、祈り続けた。

――神様、神様。どうか僕らを否定しないで。



「――ヒト……」


――馴染みのある声がする。昔、何度も聞いた声が。


「――ミヒト!」


 太陽の光を自身の物としているかのように美しく煌めく紅の髪を靡かせて、少女が手を引いて走り出す。……顔が見えない。彼女は、誰だっけ。


 小さな自分の手を、小さな彼女が引いていく。


 ……そうか、これは過去の記憶。ずっと昔、村に引っ越して来たばかりの頃の、記憶。

 思い出した。彼女は幼馴染の、毎日遊んだ女の子。


「今日も特訓しよ! あたし達は勇者になるの! 最高のね!」


 振り向いた顔を見ようとしても、霞んでいて認識出来ない。

 どこまでも凛々しく前を行く後姿だけが、強く印象に残っていた。

 彼女は独学で次々と魔法を覚え、いつしか単純な力比べさえ、敵わなくなった。


 幼くして『天才』『神童』そう表すに相応しい、勇者になるべくして生まれてきたかのような才能を発揮する彼女は、憧れであり、希望であり、嫉妬の対象でもあった。

 いつしか彼女の才能は大人達に広まって、彼女は大きな町で本格的な訓練を受けることになった。遠かった背中が、もっと遠くに、行ってしまう――


***


 ぼんやりと目を開け、ミヒトは視界に洞窟の天井を映した。

 目をこすり、元々住んでいた小さな家とは違う光景をぐるりと見回す。


(随分と、懐かしい夢を見た気がする……)


 夢の内容はとうに薄れ、もうぼんやりとしか覚えていなかったが、なんだか痒くて目元を拭うと、少しだけ濡れていた。


 両手を組み合わせ、掌を天に向けるように大きく伸びをして、ポキポキと肩を鳴らし、寝ぼけた体とぼんやりした頭を目覚めさせた。


 一つ欠伸をして、そろそろ起き上がろうと腕を下し――


 “ムニュッ”


 一瞬、ミヒトの思考回路が停止した。

 何気なく腕を下した場所は、草のベッド。ふかふかこそすれど、『ムニュッ』なんて感触は間違っても訪れないし、訪れてはいけない。


 さり気なく手を動かすと、人肌のような暖かさと、弾力がありながらも柔らかい感触が伝わってきて、いけないと思いながらもつい探ってしまう。


(な、なんだこれは……まさかサリーがイタズラしてるのか!? いや、さすがに……)


 やけに自身の心臓の音が大きく聞こえる。ミヒトは手の動きを止めて、ギギギと首を動かし、そうっと感触の方向へ視線を向けた――


「すぴょー……、きゅぴー……」 


――先に居たのは、干し草を被って気持ちよさそうに寝るスライムだった。


「…………」


 無言で、深呼吸をする。

先ほどまでの自分をとても恥ずかしく思いながら、ミヒトはスーの体を手のひらで掬い上げるように持ち上げ、つついた。


 指が食い込んだ場所が弾んで戻り、それを数度繰り返しようやくスーが目覚める。


「んー? ……あ、起きたの? おはよー」

「おはよー、じゃなくて。人の寝床に潜り込んで何してるんだお前は」


 スーは心底眠そうに大きな欠伸をすると、むにゃむにゃと口を動かした。


「ふわあ……。初めての場所だから、寂しくないかなーって、添い寝!」


 当然余計なお世話であり、思わずスーを掴むミヒトの手に力が入る。


「もー、やめてよー」


 ミヒトの指の隙間からゆるいゼリーのようになったスーが溶け落ち、着地した。

 あまりの変形具合に引いて「うわっ……」と気味が悪いものを見たような声を上げるミヒトを尻目に、スーは大きく伸びをして、入り口に向かって跳ねる。


「ほらほら、今からティナ起こしに行くから一緒にいこ!」

「寝起きなんだから静かにしてくれ……、ったく」


 朝から調子を狂わされたと、頭を掻きながらため息を吐き、気怠そうにミヒトが起き上がるのを見て、スーが扉の方に向き直った。

 ふと、ミヒトの頭に今朝の状況に関しての疑問が浮かぶ。


「そういやお前、一体どうやってその体で扉を――」


 ミヒトの目の前で、スーが扉の隙間を液体のようにすり抜けていった。

 呆然と口を開けたまま、ミヒトが閉まっている扉を見つめ続けていると、「どーしたのー? 早く、早くー!」と扉の向こう側から聞こえて来た。


(スライムって、あんな液体みたいな動きするのか……!?)


 一呼吸遅れて驚愕しながらも、ミヒトも戸を開け、スーを追いかける。


「ティナ! おはよー!」


 スーが水面に向かって叫ぶと、ティナがゆっくりと浮かび上がって来た。


「おはようございます……。スーさんはいつも早起きですね」


 眠そうに目を擦っていたティナはミヒトの存在に気が付くと、朗らかな笑みを浮かべる。


「早いですね、おはようございます」

「ああ……、そいつに起こされてな。ちょっと日の光でも浴びて来る……」


 朝からどっと疲れ、今すぐにでも二度寝してしまいたい身体を起こすために、水辺で軽く顔を洗い、ミヒトはふらふら出口へ向かった。


――洞窟の広間もある程度は明るいとはいえ、人間、日光を浴びねば朝が始まらぬ。


 そんな自論を頭に浮かべながら外に一歩踏み出すと、先客がいたようだ。


「マリオン? おはよ――」


 声をかけようとして、彼が片膝をつき、十字架のネックレスを握り締めて祈っていることに気が付いた。邪魔をしては悪いかと、話しかけるのをためらっていると、祈り終わったマリオンがミヒトに気が付いた。


「おはようございます。日光浴ですか? 今日はいい天気ですね」

「ちょっと身体を覚ましたくて。マリオンはお祈り?」


 シスターだった母から継いだという十字架はとても様になっていて、今の彼は夢魔ではなく、敬虔な聖職者のように見える。


「ええ、毎朝祈るように、との教えで……習慣のようなものですね」

「へー……、この前、魅了を解いてくれたけど、他にも回復魔法とか使えるの?」

「基礎的な物なら扱えますが、回復ならティナさんの方がお得意かと」

「そうなのか」

「はい。僕が得意なのは、解呪と……後は、結果を使った防御魔法です」


 マリオンの前に、うっすらと光を反射する壁が張られる。一見すると水晶のようでもあるが、触れてみると不思議な弾力があり、それが“物質”ではないと証明していた。


「属性魔法と併せたり、あらかじめ仕掛けておいて相手を閉じ込めたり、工夫も色々です。あまり魔力が多い方ではないので、連発は出来ませんが……」


 戦う時はお役立てくださいね、と、マリオンは結界を片付けた。それから、まるで独り言のように、ぽつりと、身の上話を語り始める。


「僕、ここよりもっと、ずっと北にある……王都で生まれたんですよ。すごく立派な教会が街の中心にあって……、母はそこでシスターをしていました」


 ミヒトは、口を挟むことなく、静かに目線で話の続きを促した。


「父親は百戦錬磨の夢魔で、母に一目惚れ……けして墜ちない高嶺の花が欲しくて、魅了を使わないアプローチを何度も仕掛けて、ようやく手に入れたのだと、よくのろけ話を聞かされていて……、幸せだったんですよ。教会の人が、家に乗り込んで来るまでは」


 王都お抱えの教会に所属する、退魔士としての役割も兼ねた聖職者が、よりにもよって悪魔と結ばれることは、前例に無い程の大罪であり、一時は都市全体で騒ぎになった。


 結果として、彼の母は火刑に、父は銀の槍で突き殺された。

 しかし、母が高名なシスターであったことと、協会の訓えに『親の罪、子に背負わすべからず』というものがあったため、彼だけは見逃され、町外れに捨てられた。


 尤も、『教会では』見逃された、というだけで、彼を夢魔だから、あるいは彼が人間だからと追い回す人間や夢魔はごまんといた。


「それでも、僕が今日まで生きられたのは、手を差し伸べてくれる人や夢魔に出会えて来れた幸運と――絶対に成し遂げなければならない、目標があったからです」

「……教会への、復讐?」


 まさか、と、マリオンは頭を振って否定する。


「僕はただ、教えを守る者として……、いや、復讐、といえば復讐ですかね」


 話の意図が掴めずにいるミヒトの前で、彼はサファイア色の瞳に静かな火を灯した。


「僕は、神の身許にて……両親の潔白を、証明したいんです」


 母親は人として、人を恨まず、弱きを助け、手を差し伸べる生き方を教えてくれた。

 父親は夢魔として、戦い方を教えてくれた。器用な魔法の使い方も、父に教わった。

 今の自分があるのは両親の疑いようの無い愛の結果なのだと、彼は語る。 


「……僕が魔法を覚えて、夢魔の体質が発覚した夜、両親のすすり泣く声を聞きました。私達が欲深く子を願ったばかりに、あの子は辛い思いをするだろう、と」


 深夜に目覚め、その話の全てを聞いていたマリオンは、何も言わずに寝室に戻り、ある誓いを抱いた。頼れるものを全て失って尚、見失うことのない目標を見出した。


「両親が胸を張って自慢出来るような存在になります。誰も恨まず、皆が“彼を生んだ両親の行いは正しかったのだ”と納得するような、そんな一生を送るのです」


 彼等を罰したことを後悔させてやるのだと、十字架を握りしめ、高い空を睨みつける彼の語気からは、自分まで傷つけそうな程に鋭い決意が感じられた。


「なんて、偉そうなことを言っておきながら、死にかけてたんですけどね、僕」


 言葉を探すミヒトの前で、マリオンは先ほどまでの緊張感を解いて、苦笑した。


「冒険者に追いかけられて、崖から足を滑らせて、動けなくなって、目の前には吸血鬼」


 その話を聞いて、ん? とミヒトの頭に、例の快活な吸血鬼少女の姿が浮かぶ。


「悪運は強かったですが、流石に覚悟を決めました。憎まれて『殺すために殺される』よりは必要とされ『生きるために殺される』方が良いだろうと」


 どうか自分の分まで幸せに生きてくれと告げ、目を覚ましたら洞窟の中だった。しかも手当まで受けていて、目の前では例の吸血鬼がなにやらセイレーンに縋り付いていた。


「ティナのことか? サリーはその時なんて言っていたんだ?」

「はい、なんか……『ちゃんとお世話するから』とか『弟として面倒見るから』なんて聞こえてきて……、反応する前に、また眠っちゃいましたけど……」

「それペット拾って来た時のアレだよな!?」


 なんで弟なんだよ、と言うミヒトに、さあ……と首が傾げられる。


「まあ……、でも、命の恩人であることには間違い無いわけで」


 強く言えないんですよねえ、と苦笑する。それに、彼女は天涯孤独の身だと聞いたことがある。きっと寂しいのだろうし、自分がその隙間を埋められるのなら、とも。


「吸血鬼は数世紀に渡って生きると言います。外見こそ僕たちと同年代ですが……彼女は僕達が思っている以上に、まだ幼いのではないでしょうか」


「なるほど、な……。寿命が数倍あると考えたら、十代後半でもまだまだ子供かもな」


 外見こそ同年代、という部分にはあえて触れず、彼の考えに同意した。あの人懐っこさは幼さに由来するのかもしれない。


「……、そういえば、そろそろサリーさんを起こした方が良い時間ですね」


 マリオンは空を見上げて言った後、そうだ、と胸の前で手の平を合わせる。


「折角ですから、起こしてきてあげたらどうです? 普段は僕の役目ですが、あなたのことを随分と気に入っていたようですし」


 きっと喜びますよ、と続けられ、そういうことなら、とミヒトは日課である祈りの時間がもう少し残っているらしい彼を置いて、洞窟の中へ戻った。

投稿少しばかり遅れました…!

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