新たな居場所
「うわっぷ、てぃ、ティナ!?」
ティナが水しぶきを上げて潜ったことで頭から水を被り、ずぶ濡れになりながらも、一体どうしたのだろうかと深い水底をのぞき込もうとするミヒトの服の裾を、何かが引いた。
「そのくらいにしておいてあげてください……」
振り向くとマリオンが顔を赤くして立っていて「何が?」と聞き返す。
自分が告白まがいのことを言った自覚すらなさそうなミヒトを、マリオンはジト目で見上げながら小さく息を吐いた。
「よく素面であんな……、僕より向いてるんじゃないですか?」
「何に?」
首を傾げるミヒトの前に、ぴょんとスーが飛び出してきた。
「よっ、やるねぇ色男ー!」
にやにやしていてイラッとしたので、ミヒトが無言で容赦なく引き伸ばす。
「ひゃめてよー、ひゃへひゃうよー」
軽く両手を広げらくらいまで伸ばされたスーは、裂けちゃう、と主張しながらも表情は余裕そうだ。だが、あまりに伸びるので不安になったミヒトが少し手を緩めた。
「……お前、引くほど伸びるな……どんな材質だよ」
抱えた時はゼリーのように柔らかな感触だったのに、引き延ばすとゴムのような硬さと弾力性が出てきた。……まあ、一応生き物であるのであまり脆いと困るわけだが。
「スーはひゃくぱーせんとスライム製だよ!」
置かれた瞬間に元の形に戻り、スーはキリッとミヒトを見上げた。
そりゃそうだろうなと思いながらも今更ツッコミを入れるのも面倒くさく、ミヒトは聞こえなかったことにしてティナの潜った水場に目をやる。
「おーい、……大丈夫か?」
聞こえるかどうかはわからないが、一応僅かに波立つ水面に話しかけてみた。まさかセイレーンが溺れはしないだろうが、こうも浮いてこないと心配になる。
「ティナー……、ん?」
再度呼びかけようとした時、水底から水面に向かって泡が昇ってきた。
これは一体どうしたことかと首を捻るミヒトの隣を、スーがすり抜け水場を除く。
〝コポッ……コポッ…コポポッ……コポッ…コポポッ……〟
前のめりになりながら真剣に水面を眺めていたスーが無駄に勢いよく振り向いた。
「『大丈夫 ほっといてほしい』だって!」
「モールス信号か何か!?」
まあ彼女がそう言うならとミヒトは水辺を離れ、洞窟の奥を眺める。……そういえば、あの先にはまだ行ったことがない。
スーはしばらく湖を眺めていたが、やがて振り向いた。
「まあ、今日はもう遅いし、このまま寝よっか! ミヒトを部屋に案内してあげて!」
マリオンはわかりました、と頷くと、通路の前に立ってミヒトの方へ振り向いた。
***
「思っていたよりも深いんだな」
通路の先もまだ緩やかな下り坂が続いており、小さな入り口からは想像も付かない深い造りに感心しながら、マリオンの後をついて歩く。
「そうですね。部屋数が多い割に一本道なので、昔は魔王軍が前哨基地にでもしていたのかもしれませんよ」
「前哨基地か、ワクワクする響きだな」
未知の物が気になる少年心が呼び起こされ、ミヒトは目を輝かせた。
魔王軍は完全に撤退しているので空き部屋ばかりだが、中にはサリーが体当たりしても開かない、封印された鍵の無い扉なんてものもあるのだと、マリオンは面白そうに語った。
ミヒトは何かを思いついたように、ニヤリと笑う。
「ほー、もしかしたら、その部屋には殺された人間の怨念が封じられてるかもなあ?」
怖がらせるようにゆっくりと、低い声で、ミヒトが言うと、苦笑しながら「やめてくださいよ、こんな時間に」と返って来た声は僅かに震えていた。
(ほほう、こういうの苦手なタイプか?)
相手が意外にも怖がりだと知るや俄然楽しくなり、ミヒトは足を止めてマリオンの方を向いた。マリオンも釣られて足を止め、ミヒトを見る。
「あの魔王軍が封印してる扉だろう? いつか、気づかない内に封が解かれて……」
「と、解かれて……?」
ニヤニヤしながらさり気無く息を吸い込み、大声と仕草で脅してやろうと考えた。
さあやるぞ、とミヒトが腕を上げ始めた瞬間――
「ガオー!!」
「「キャーーー!!」」
死角から大声で脅され、思わず抱き合って裏返った悲鳴を上げたミヒトとマリオンを、大声の主――サリーが、呆れた眼で見ていた。
「何乙女みたいな悲鳴上げてるデスか……男二人が情けないデスネー」
「おまっお前が大事な所で脅かすからだろ!」
「やめてくださいよ本当に!」
涙目の抗議もどこ吹く風。サリーは互いに脅そうと、または脅かされようとしていて、相手に集中していたがために不意打ちに心臓を貫かれた二人をケラケラ笑い飛ばすと、上機嫌のまま「楽しそうだったけど、何してたデス?」と尋ねた。
案内していたという話を聞くと、サリーは「ワタシも案内するデス!」と張り切って片腕を上げ、そのまま得意気に壁に手を這わせた。
「ミヒト、ここ、明かりも無いのになんで明るいか、知ってるデス?」
そういえば、とハッとする。入り口こそ暗かったが、広間は常に昼間のように明るかったし、今歩いてる通路も、薄暗いが普通に歩ける程度には視界が開けている。
「実はー、ダンジョンの明かりの正体は、正体はー……」
得意気だった表情が徐々に険しくなってゆき、サリーはマリオンに視線をやった。
「……なんデシタっけ」
「ライトバグ、と呼ばれるとても小さな魔物ですね」
虫なのか、と壁によく目を凝らすが、よくわからない。本当に小さいようだ。
マリオンが言うには、一度ばら撒いておけば空気中の魔力を餌に輝き、省エネな上に吸血鬼のような光が苦手な種族にも優しく、殆どのダンジョンで使われているとのこと。
魔王軍が使っていたのかこのダンジョンには最初から多く住み着いていて、少し移動させることで今の広間に集まる生活スタイルが出来たそうだ。
「へー、そういう知識はあんまりなかったから、面白いな」
「僕もティナさんに聞くまで知らなかったんですけどね。……着きましたよ」
示された場所には簡素な木製の扉が立っており、近くにも同じような扉が見られた。どうやらここが最初に言っていた『ミヒトの部屋』らしい。
「この辺りは小部屋が多くて、寝床にしているんです」
軽く手をかけて扉を押し開け、中を伺うと、半径三メートル程の楕円形の部屋になっていた。壁際には干草が敷かれていて、他に家具は見当たらない。
「それではおやすみなさい。僕は向かいの部屋なので、何かあれば訪ねてください」
「ワタシはマリオンの部屋の一個奥デス! 遊びに来てネ!」
ひらひらと手を振って出ていく二人を目で追ってから、ミヒトは改めて自身の部屋となる空間を見回した。閑散としているが、どこか温かみがある。
干草に腰かけてみると、ふかふかと、太陽の匂いがした。
「……歓迎されてるなあ、俺」
こんなにも歓迎されたのはいつ以来だったかと、呟きながら、思う。
……ひょっとしたら、名高い勇者の息子としてこの世に生を受けて以来かもしれない。
――村では畑仕事や狩りが特別上手いわけでもなく、学び舎では教師にすら『違う夢を探した方が良い』と諦められてきた俺を、受け入れてくれる場所がある。
それはこんなにも暖かいものだったのかと、しみじみ感じながら横になった。目まぐるしく回った一日の疲れがどっと押し寄せ、瞼を重くする――




