優しさの理由
――吸血騒動から、半刻後。サリーが、突然意識を取り戻した。
「グッモーニン!」
僅かに身じろいだかと思えば勢いよく起き上がり、片手を上げて元気よく挨拶を飛ばしたサリーだが、周辺の様子を見て首を傾げた。
「あれ? ワタシ寝ちゃってマシタ? いつのまに……」
「貧血だってさ。急に倒れるから驚いたぞ」
気まずそうにするミヒトの顔を覗き込み、サリーはにんまり笑った。
「もしかして、心配してくれちゃってたデスー?」
「べ、別にそんなんじゃ……」
「でもノープロブレム! 今のワタシは絶好調! 何かでっかいことできそうデース!」
パタパタ走り回り、意味もなくジャンプしてはしゃぎ回る姿からは、ほんの少し前に彼女が貧血を起こして倒れただなんて想像もできないだろう。
元気そうな様子を見て、頭にスーを乗せたままティナが嬉しそうに手を合わせる。
「サリーちゃん、すっかり元気になりましたね」
「……まだ酔ってないかアイツ」
溜息を吐きながらやれやれと視線を下げ、顔を上げる。
「あ、そうだミヒト!!」
「うわっ!? なんだよ」
瞬間、目の前にサリーの顔が現れたものだから、飛び上がりそうになった。
「ワタシ、なんだかとても甘くていい夢を見マシタ! ミヒトの夢なのデスがー……何か、心当たりないデスー? 寝てる私に何かイタズラした、とかー……」
「し、知らないよ!」
ほぼ反射で即答すると、サリーは口角をニヤリと上げた。
「へー、ふーん……、そういうことにしておくデース♪」
「待て! お前は何か誤解をしている!」
ミヒトの叫びも空しく、サリーは上機嫌に鼻歌を歌い、くるくると踊りながら広間からさらに続いている洞窟の奥にまで走り去って行った。
「ったく……」
何度目とも知れず、ミヒトは頭を抱える。
「まあまあ……、サリーさんはイタズラっ子というか、人をからかうのが好きなので……」
むしろ気に入られているんですよ、とマリオンに慰めらしきものを貰うが、どうにも彼女の懐いているかのような態度に納得がいかない。
出会ったのだってほんの数日前だし、第一印象が特別良かったわけでもない(そもそもいきなり襲われたわけだし)気に入る要素なんて、思い当たらないが――
「うーん……、なんていうか、純粋に嬉しかったんだと思います」
続けられたマリオンの言葉が不思議で、ほとんどそのまま聞き返す。
「嬉しかったって……何が? 出会ってから、普通にしか接してないと思うけど」
「初対面から普通に接してくれた。そのことがですよ」
ティナがちゃぷん、と水面を揺らして、そう答えた。
吸血鬼は魔族の中でも力が強く、日光に弱いことを除けば弱点らしい弱点もない。また、最も好むのは人の血液だが、気まぐれや力試しで人型の魔族も襲うことがある種族だ。
人間には人に化ける怪物として忌み嫌われ、魔物には恐れられるか、才を嫉まれ嫌われるか、危険な種族として攻撃される――それが、吸血鬼。
「恐れられず、普通に接されるって……、実はすごいことなんですよ」
ティナも思うところがあるのか、儚げな笑みを浮かべ、尾で水辺に波紋を浮かべた。
「……恐れずに接した、というか、なんというか」
――入ってから色々ありすぎて思考が停止していた、というのが正しいだろうが、ミヒトはそれを口にせず、代わりに、来た当初から疑問に思っていたことを尋ねた。
「……キミ達はいつからこのダンジョンに? 人も来なかったみたいだし、ボスも居ないし、そもそもダンジョンを開くこと自体に無理があるって思うけど」
ボス無しでダンジョンを始めるなんて海が無い村の人間が漁師を目指すくらい意味のわからない行為だ。ミヒトの当然の疑問に、もう一人首を傾げる者が居た。マリオンだ。
「……言われてみればそうですよね。どうしてでしょう?」
「マリオンも知らないのか?」
意外だ、といった顔をするミヒトに対し、マリオンは自分がここでは一番新入りであることを告げる。そして、ふと思いついたように口を開いた。
「確か一番昔から居たのはティナさんとスーさんだったはず。彼女達なら――」
彼女の方へ振り向いて、マリオンの言葉がそこで止まった。
ティナとスーは表情を凍らせ、やや険しい顔で水面を睨んでいる。
「……ご、ごめんなさい、何かまずい話題でしたか?」
おずおずと伺うマリオンの前で、スーとティナが顔を見合わせた。どうしよう、仲間だし、でも、やっぱり、と、小声で話し合っているのが聞こえる。
話し合いは、スーが二人にもはっきり聞こえるくらい大きな声を出したことで終わった。
「言わなくてもなかったことにはならないし、仲間に隠し事はよくないよ!」
芯の通った言葉を聞いて、おろおろしていたティナも頷いて、口を開いた。
――そこから出て来た話は、とても衝撃的なものだった。
「元々、私達はここから少し離れたダンジョンに住んで居たんです。……そこのボスも、ミヒトさんと同じ……人間の方でした」
人間、という言葉に反応し、ミヒトが息を呑んだ。
そのボスとティナ、スーはしばらくの間共に生活していたのだが、とあるアクシデントがあり、その後ボスは優秀な魔物達を連れてダンジョンから消えた。
ただ一言『お前達では力不足だ』と残して――
残されたティナとスー、それから小さな魔物達ではボスが消えたことなど露知らず侵入してくる勇者に対抗出来るわけもなく、この誰も使っていなかった洞窟に引っ越した。
「彼の判断は、彼にとっても良い物だとは思えません……」
大事な物を切り捨て、ただひたすらに力を求めて動こうとする姿に悪い予感を感じたティナは必死に説得した。しかし、彼は出て行ってしまった。
「私に力が無かったから、話を聞いて貰えなかった……。いつもそうなんです。私には何も成し遂げることが出来ない。いざとなれば震えて動けない、足手まとい……」
ティナは胸元で拳をきつく握り締め、何も出来ない悔しさと取り返しのつかない後悔と自己嫌悪で肩を震わせ、俯いた。
「皆さんのために、なんて言いながら、私には何も出来なかった」
「そんなことは無いと思う」
見かねたミヒトが、そう声をかけた。
きょとんとした表情を浮かべてティナが顔を上げると同時に周囲からも視線が集まって来るのを感じて、ミヒトは少し気恥ずかしそうに頭を掻いた。
「その……、俺はここに来たばかりだけど、それでもティナがどれ程優しくて、ここの皆のことをちゃんと考えているのか、凄く伝わって来るよ」
初対面なのに傷を癒して貰った時のこと。小さな魔物達が食事にありつけてほっとしている優しい顔。それらを思い浮かべながら、ミヒトは振り向いた。
「皆も、そう思うだろ?」
スー達は顔を見合わせて、そうだそうだと感謝の言葉を述べて頷き、小さなネズミやスライムの魔物達は水辺に集まってきてティナを囲んだ。
ティナの表情は若干和らいだが、晴れることはない。
「……、それだって、結局は自分のためなんですよ。自分が楽になりたいから、安心したいから、嫌われたくないから、誰かに優しくするんです」
「それって、悪いことなのか?」
え、と聞き返し、ぽかんと口を開けたままティナがミヒトを見た。
ミヒトは安心させるように笑いかけて話を続ける。
「完全に人のために何かをするだなんて、聖者でも出来ないさ。その“自分のため”が結果的に“人のため”になっているのは、本当に凄いことだと、俺は思ってる」
「あ……、で、でも……」
褒められ、赤くなってもじもじと俯くティナに、自分に自信を持てと畳みかける。
「そんなに卑下しちゃ勿体無いよ。俺から見ても、ティナは凄く素敵なのに」
「……ッッ!?」
頭からボンッと湯気が吹き出し、ティナの顔が茹蛸のように赤くなった。
そのままモゴモゴと何かを言おうとしていたティナだったが、ミヒトと目が合うと身を翻し、大きな波を起こしながら水の底に潜って行ってしまった。




