あなたからは逃げられない8
「レナの弟と妹はなんというか……」
魔法省支部を後にして宿に帰ろうと歩き始めた時、先に口を開いたジーンが言い淀む。
何を言おうとしたのかわかり、私は苦笑する。
「結構な性格よね」
「……ああ。レナとは全然違う」
ジーンは不満と疲労を滲ませた表情でため息をつくように言う。
「あら、ジーンが私をそんなに高く評価しているなんて知らなかったわ」
「あいつらよりはましって言われただけで喜ぶなんて……っと」
ジーンはつい失言をしてしまった、と言う顔をする。
私は笑いながら首を横に振った。
「いいのよ。あの二人と私は今は家族じゃないんだから。それに、お察しの通りいい思い出の方が少ないから」
ミレーヌは魔法を使えない姉を持ったことを人生の汚点と思い、私を貶すことしかしなかった。
父親によく似ている。
「だけどリーフのことだけは憎みきれないところがある。歪んでいるけれど、私を愛してくれている弟だから」
リーフは私の知識を高く評価し、必要としてくれる。
「まともに話ができるのは姉様だけだ」という理由であっても、あの家で私を求めてくれるのはリーフだけだった。
だから時に冷酷すぎる性格を垣間見ても、歪んだ愛情だとわかっていても、突き放せない。
私も十分に歪んでいる。
「結構な性格だってことは私も認識しているから、特に気にする必要はないわ。ジーンの思う通りに話して」
「ああ……」
ジーンは口では肯定したものの、本当に何でも言っていいのか迷っているような様子だ。
ベリアル家がバカにしていた兵士でありながら、その誰よりも思慮深い。
「とうとう手に入ったわね」
これ以上何か言ってもだめだろうと判断し、私は話を変えた。
そっと触れた鞄の中にはミレーヌに頼んでもらった魔法陣の辞典が入っている。
「これを見ればきっと魔法陣の仕組みがわかる……」
もしリーフの言うように私がベリアル家に戻されようとしているなら、その理由を知る必要がある。
私は宿の部屋に戻ると早速テーブルの上に魔法陣の辞典を取り出した。
その隣には書き写した光の魔法陣を置く。
「俺は魔獣研究所に行ってくる」
本と向き合った私にジーンはそう声をかけた。
魔法省からの返答を待っていられないと、魔物避けがなくてもギョウジョーを農場へ近づけなくする術を探しにいくと言う。
「本当はその魔法陣がどういうものなのか、俺もレナの側で見届けたいんだけどな」
「ジーンにはローレイラに来た目的があるものね」
エバークラインを守るため、治安維持部隊の役割を果たさなければならない。
ジーンは柔らかく笑って頷く。
「ま、俺がここにいてもできることはないしな。レナに任せるよ」
その笑顔には曇りない信頼が乗っていた。
その信頼が嬉しくもあり、期待に応えられるかと不安な気持ちにもなる。
そんな気持ちを読んだかのように、ポンと私の頭の上に手が乗った。
「レナなら大丈夫だ」
優しい声色。
手は優しいというには少々強い力加減で私の頭を撫でている。
不思議と落ち着き、背筋が伸びる気がした。
「ありがとう。ジーンも気をつけて」
「ああ、夕方には戻る」
そう言って微笑んでからジーンは部屋を出ていった。
一人になった部屋でふーっと一つ息を吐く。
さぁ、見てみよう。
私はまず光の魔法陣のページを開く。
その中の初歩の目くらましの魔法に私の求めていた魔法陣はあった。
(これだわ……でもやっぱりそれだけじゃない)
隣に置いた魔法陣と見比べると違いは一目瞭然だ。
目くらましの魔法陣を元に作られているとわかるけれど、一部が違う。
その後、光の魔法陣をすべて確認していったけれど、完全に一致する魔法陣は見当たらなかった。
(この付け加えられている部分。ここが何を意味するのかわかれば……)
私は光の魔法陣のページから離れて本を一から見ていく。
地、水、火、風、雷、闇……。
それのどこにも求めていた魔法陣はない。
(絶対にどこかで見たことがある気がするんだけど)
もどかしさに歯噛みしながら巻末の全属性共通の項目へ移動する。
そこへ求めていたものがあった。
(これだ……!)
属性ブースター。
道理で見覚えがあったはずだ。
魔法学園に通っていた時に、共同実技という授業があった。
一人一属性しか持たないので協力して複数属性で攻撃魔法を繰り出したり、同属性で魔法を強大にしたりする。
私は魔法が使えなかったために実技はさっぱりで選択していなかったけれど、理論を学ぶ授業の分析として見学させてもらったことがあった。
そこで見た属性ブースター。
一人の魔法使いが魔法を発動させるのに合わせて、横でもう一人が属性ブースターの魔法を使う。
他者の魔力も合わさった魔法は強大になる。
その時に現れる魔法陣。
その特徴がこの光の魔法陣には組み込まれているようだった。
(と、いうことはつまり……)
ただの光の魔法陣に属性を効率よく加えたものがこの紙の魔法陣で、そこに術者が魔力を加えることで発動する仕組みになっていると推測できる。
つまりこの紙には光属性を持った者が手を加えていると考えられ、属性を持たない人間でも魔力さえあれば紙の魔法陣が使える、ということになるだろう。




