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あなたからは逃げられない7

「改めて、お久しぶりですわね、お姉様」


 魔法省支部の受付からすぐにある個室に入って、私とミレーヌは向かい合って座っている。

 ミレーヌはジーンに対しては猫を被っても仕方がないと判断したのか、足を組んで堂々としていた。


 私の隣にはジーンが座っている。

 ジーンもミレーヌ同様足を組んで、警戒するような視線を向け続けていた。


「変わりなさそうね」

「ええ、お姉様も。あ、アドニスも変わらず元気にしておりますよ」


 ミレーヌはどこか得意気な表情で私の元婚約者の名前を出す。

 私の婚約者だった時は私の前でも「アドニス様」と呼んでいたのに、随分と仲がよくなったことだ。


「アドニスとの件、謝らなくていいのかしら?」


 ミレーヌがアドニスと婚約することになったのは私のせいだ。

 恨んでいる可能性もあると思っていたが、ミレーヌはふっと鼻で笑う。


「お姉様に謝っていただけるというのは魅力的ですけれど」


 そう前置きしてからミレーヌはにっこりと微笑む。


「お姉様は私が婚約するはずだった人をご存知でしたか? お父様ったら、魔力が桁外れに強いという理由だけで、王都の外れに住んでいる家柄もよくない男を検討していたんですよ?まるで田舎街から嫁いできたお母様みたい」


 おとぎ話を朗読しているかのような恍惚とした表情でミレーヌは毒を吐く。

 ミレーヌは私とリーフの前でだけ猫を被らずに本性を現す。

 ジーンという第三者がいるというのに珍しいことだ。


「だから残念ながらこの件についてお姉様のことを恨んではいませんの。むしろデュオハイム家に嫁げて幸運でしたわ。アドニスは容姿も私と並んでも特別劣っているわけではないですからね」


 劣ってはいるのだな、と突っ込みたくなったけれど、ただでさえ長いミレーヌの話をさらに伸ばすだけなのでやめておく。


「それにしても聞きましてよ、お姉様。お姉様ったら、アドニスに魔法の使い方に無駄が多いって指摘したから婚約破棄されたんですって?」


 ミレーヌは可笑しそうに笑う。


「アドニスは自分の魔力量が多いからあれだけの魔法を使えているだけですものね。でもそれを指摘すればどうなるかなんて、容易に想像できたことでしょう? それとも、婚約破棄されて家を追い出されることを自ら望んだんですか?」

「……見ていられなかったのよ。あんな魔法の使い方、イライラしてしまって」


 魔法を勉強してきた者として、黙って見続けるのは限界だった。

 アドニスとはゆくゆくは結婚することになるのだから、一生見続けなければならないかと思うとゾッとした。


「ふふっ、愚かなお姉様」


 ミレーヌは細く柔らかい手を自らの口に当てて上品に笑う。

 言っていることは上品ではないけれど。


「アドニスなんて『まぁすごい! アドニス様は剣も魔法も素晴らしいんですね!』って褒めておけば機嫌が取れる、頭の弱い男性なのに。魔法の使い方なんて見て見ぬ振りしていればいいんですよ。愚かだな、と内心思っても、私に不利益はありませんもの」


 チラリと隣を見ると、鈴の鳴るような声で毒を吐くミレーヌにジーンは強張った表情をしている。

 すべての女性がこうだと思わなければいいけれど。


「まぁそのおかげでお姉様は自分にぴったりの男性を見つけることができたんですから、よかったですわね。心からお祝い申し上げますわ」


 ミレーヌはジーンに視線を送り、柔らかく微笑む。


「……ジーンのこと、知っているの?」

「俺は知らないぞ」


 ジーンは苦虫を潰したような顔でそう付け加える。


「ふふ、私がアドニスに連れられて戦時隊の公開訓練に赴いた時に見かけましたの」

「公開訓練に?」


 その存在は知っていた。

 家族や友人を招いて訓練を見学できる日のことだ。


 しかし私は一度も誘われたことはなかった。

 アドニスにとって私は人に見せたくない婚約者だったけれど、ミレーヌは違う、ということだろうか。


「戦時隊に魔法が使えない騎士様がいるんだなって可笑しくて覚えていましたの。その後魔法が使えない騎士は地方に飛ばされたって聞いて、もう二度と会うことはないと思っていましたけれど」


 ミレーヌも魔法学園に通い、魔法省に入った人間だ。

 私と同じように人の容姿を見てその人の魔法力を見ることが癖になっているし、私と同じで人の顔を覚えることも得意だ。

 だからチラッと見ただけのジーンを覚えていたんだろう。


「ベリアル家に生まれながら魔法が使えないお姉様と、戦時隊に入ったけれど魔法が使えないが故に地方へ飛ばされた元騎士様。本当にお似合いのお二人ですわね。おめでとうございます」

「お前……っ!」

「ジーン」


 頭に血が登りかけたジーンを私は制す。


 魔法が使えない私をミレーヌはずっとバカにしてきた。

 だから私にとってこれは慣れっこだ。

 今更心を乱されることはない。


 ジーンは自分も貶されたことに怒っているかもしれなかったけれど、下手に言い返して今までいいことはなかった。

 ここは適当に受け流しておくのが一番いい。

 長年で培ってきた私の処世術だ。


「ところでミレーヌ。私が今日ここへ来た理由なんだけれど」

「そうでした。私とは無縁になってしまったお姉様が、私とリーフにどんな御用ですの?」


 ようやく本題に入れる。

 ミレーヌと話す時は、まず嫌味を受け入れてからでないと私が話したいことは話せない。


「魔法省にある魔法陣の辞典を貸してほしいのよ」

「魔法陣の辞典?」


 ミレーヌは目をクリっと丸くさせて何度か瞬く。


「せっかく魔法と離れられたお姉様が今更魔法に何の用ですの?」


(ミレーヌは何も知らない……?)


 本当に不思議そうに尋ねるミレーヌを見て、私はそんな推測を立てる。

 リーフは私がベリアル家に戻れる、というようなことを言っていたけれど、ミレーヌがそのことを知っている様子はない。


 ミレーヌは昔から人間関係の噂は詳しいけれど、それ以外のことは情報が遅いところがある。

 リーフは知っていてミレーヌは知らないことがあり、その逆もある。


「……ちょっと調べたいことがあって」

「ふぅん? 雑貨屋の店主が必要な本とは思えませんが」


 ミレーヌは艷やかな唇に人差し指を当ててしばらく考えていたようだが、やがて頷いた。


「いいですわよ。そんな本、この魔法省には掃いて捨てる程ありますから。昔のよしみで差し上げます。お待ち下さいね」


 そう言ってミレーヌは扉を開け、受付の女性を呼ぶ。

 本をも自分の手では持ってこず、人を使うようだ。


「それではお姉様。私はこれで。本は持ってこさせます。私も仕事で忙しいので」


 どこか得意気な顔でミレーヌは私に向き直る。

 私も立ち上がってそれに応えた。


「ありがとうミレーヌ」

「いいえ、これくらいお安い御用ですわ」


 ミレーヌはにっこりと微笑む。


「今度こそもう会うことはないかもしれませんが、私はお姉様のことを決して忘れません。それでは御機嫌よう」

「さようなら、ミレーヌ」


 リーフの言う通りならいつかまた会うことになるかもしれないが、それを私が教えてあげる義理もない。

 私も笑顔を返すと、ミレーヌは満足気に踵を返して去っていった。


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