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あなたからは逃げられない6

 気を取り直した私はジーンの腕の中から離れて再び並んで座る。

 私の手はジーンに握られたままで、それがとても嬉しい。


「リーフが言っていたことが気になっているの……」


 ジーンに私のすべてを明かしたところで、思考がクリアになっている。


「リーフは私に『もうすぐ迎えがいく』と言った。状況が変わりつつあるから『僕達の元へ帰ってこられる』とも」

「それって……」


 私はさっきまでの幸せな気持ちが嘘のように冷えた心を抱えながら頷く。


「リーフは私がベリアル家に戻れると思ってる。それも近いうちに」

「レナはそんなこと望んでないのに勝手なやつらだ」


 ジーンは吐き捨てるように言う。

 私の代わりに怒ってくれる人がいる、という事実は私に勇気をくれる。


「父様が本当にそんなことを許すのかは疑問だけれど、もし本当に私をベリアル家に戻そうというなら、リーフが言うようによほどの状況が変わったということ。私はそれを知らないと」


 何が起こっているのかわからないことには対策の取りようもない。

 何事もまずはすべてを把握するところからだ。


「リーフはこうも言った。理由は僕が以前から伝えていた、と。リーフは父様や母様に黙って時々便りをくれていたの」


 内容は私の身を案ずるもの、というよりは、最近の魔法省の動向や王都で起こっている政治に関することなど、父様が見たら「情報漏洩だ!」と激怒しそうなものばかりだった。


「その手紙の中にはあの魔法陣のことも書かれていた」

「まさかレナがベリアル家に戻される理由もそこに……?」

「可能性の一つでしかない。でももしそれが理由だと仮定するなら、魔法陣の仕組みの謎も解ける気がしてしまっているの」


 最悪の仮定だ。

 だけど、一度そうじゃないかと疑ってしまうと、すべての辻褄が合う気がして恐ろしい。


「私の仮定が正しいのか確認したい。それには魔法陣の辞典が必要なの」


 結局ここに行き着いてしまう。

 私の因縁とジーンの夢が不思議と交差している。


「ジーンは支部に行ってきたのよね?」

「ああ、だが嘆願書は渡すだけ渡してきたが、返答もすぐには出せないと言うし、辞典も貸せないと言ってきやがった。粘ったが、しつこいとローレイラの治安維持部隊を呼ぶなどど脅してきやがったから、一旦戻ってきたところだったんだ」

「そうでしょうね……」


 想像はできたことだった。

 支部とはいえ、魔法省の人間は兵士を馬鹿にしているから。

 ベリアル家でも兵士のことは「知能のないバカなやつら」という扱いだった。


「明日は私も一緒に行く」

「!? レナは……」

「いいえ、行くわ。リーフも協力してくれると言っていたし」


 きっとリーフは私が実際に協力を求めてくるとわかって言ったのだ。

 そこまで見越しているのだから、きっとあの忠告も意味のあるものなのだろう。


「……いずれは会わなければならなかったのよ。勘当されたといえ、血の繋がりからは逃げられない。私のせいで婚約も決まってしまったのだし……」

「妹のことか?」

「ええ」


 ミレーヌが私のことをどう思っているのかはわからない。

 リーフと違って元々私のことを好いてはいなかった妹だ。

 少なくとも好意的に思っていることはないだろうけれど。


「それでも私が行けば本を借りることはできると思う。例え相手がミレーヌでも……」


 魔法省に勤める人間は魔法陣の辞典なんて身近なものだ。

 特に出し渋るものでもないだろう。


「私には知る必要がある。そのために魔法陣の辞典が必要なの」

「わかった」


 私の揺るがない決意を感じたのだろう、ジーンも迷いを消して頷いた。


「それじゃあ明日、一緒に行こう」


 ジーンが一緒にいてくれることが心強い。

 王都で勘当された時とは違う。独りでないことが私に勇気を与えてくれた。



 翌朝、私はジーンと共にローレイラの魔法省支部に向かった。

 魔法省支部は街の中心部から外れたところにあるが、その分敷地が広く、実験設備や実技訓練場など様々な施設が揃っている。

 足を踏み入れたことはなかったが、父様が何度も出向いていたので知っていた。


 リーフとミレーヌも仕事でここへ来ているのだろう。

 二人は優秀な魔法使いで珍しい闇と光の属性を持っているので、二年ほど前、二人が十六になった頃から魔法省で働いている。


 支部の受付に行くと、愛想のない女性が立ち上がりもせず出迎えてくれた。

 明るいオレンジ色の髪の毛の女性は雷魔法の使い手だろう。


「エバークラインの治安維持部隊の方ですね」


 受付の女性はジーンの顔を覚えていたようで、こちらが名乗る前に迷惑そうな表情を隠そうともせずに言う。


「申し訳ございませんが、嘆願書の回答にはまだ数日かかります」

「今日、用があるのは私です」


 ジーンの一方前に進み出て私が口を開く。

 ジーンの連れだからだろう、受付の女性は胡乱げな目のまま私に視線を向けた。


「私の名前はレナマリア・ベリアル。リーフ・ベリアルに用があります。呼び出してもらえますか?」


 私が名を告げると受付の女性はハッと僅かに息を呑む。

 その後で私の容姿をジロリと見ると、口元に嫌な笑みを浮かべた。

 恐らく私のことを噂で聞いたことがあるのだろう。


「リーフ・ベリアルですね、少々お待ち下さい」


 しかしそれでも断らずに取り次いでくれる。

 それがベリアルの力だ。


 無言で待つことしばらく、慌ただしい足音と共に私達の目の前に人影が飛び込んできた。


「あら、本当にお姉様! あ、お姉様じゃなくてレナマリアさん、とでもお呼びした方がよかったかしら?」


 リーフと対象的な明るく快活な声。

 グレーの瞳が私を見下すように捉え、前髪の一束の黒髪が揺れる。

 緩いウェーブを描いた明るい銀髪は背中の辺りまである。


「久しぶりね、ミレーヌ」

「お姉様はリーフじゃなくて私が現れても何も言いませんのね?」

「来ていることは知っていたから」

「リーフの入れ知恵ですか? 勘当された人間に対しても相変わらずなのね」


 ミレーヌは黙っていればお人形のように美しい顔を躊躇いもなく歪めた。

 双子の姉弟関係も相変わらずのようだ。


「それでお姉様、そちらの方は……あら」


 ミレーヌはジーンの顔を見てハッと気がついたような顔をする。


「どこかで見覚えがあると思ったら……ふぅん」


 ミレーヌは私に視線を移してさも可笑しそうに笑う。


「立ち話もなんですし、ひとまず部屋にご案内しますわ」



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