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第4章 生きる伝説と呼ばれる少女

「ネイルちゃーん!」


 ケンが街道図へ向き直るより早く、リリィが卓を回り込んできた。


 止める間もなく、ネイルの小さな身体が外套ごと両腕に包まれる。


「え」


「本当に小さい! それに、フードもふわふわ!」


 柔らかな布ごと、頭を撫でられる。


 ネイルの身体が一瞬だけ固くなった。


 敵意はない。ただ、どう反応すればよいのか分からない。


「リリィ、何をしているんですか」


 セインの声には、深い呆れが混じっていた。


「だって、さっきケンが急に固くなるから。ネイルちゃん、困ってたでしょ?」


「抱きつく理由にはなっていません」


「挨拶もしたかったの」


「順序が逆です」


「リリィ。ネイルさんを離してあげて」


 ケンに言われ、リリィはネイルの顔を覗き込もうとした。けれど、深いフードに隠れて表情までは見えない。


「嫌だった?」


「……少しだけ」


「ごめんね」


 リリィの腕がすぐに緩む。


 一歩離れられるだけの隙間ができた。それでもネイルは、すぐには動かなかった。


「なでるなら、優しくして」


「もちろん!」


 次に頭へ触れた手は、先ほどより慎重だった。


 加減を変えてくれたなら、ひとまずそれでよかった。


 リリィは卓のそばの椅子を二脚引き、その一つをネイルへ勧めた。


 ネイルがその椅子へ座ると、リリィもすぐ隣へ腰を下ろした。


 ケンは小さく咳払いをし、セインが押さえていた街道図を卓上へ広げた。


 コーネリアからアルフヘインへ向かう街道の線が、卓の上を伸びる。


 ネイルは、紙の端にあるコーネリアの名を見つけた。その先を辿ると、何度も曲がる道がアルフヘインまで続いている。


 掲示板では二つの地名だった。ここでは、その間に長い線がある。


「この道を、ずっと一緒に行くんだね」


「はい。商隊の速さに合わせることになります」


「俺たちだけなら、もう少し早く着けるんだがな」


 ガルドが言うと、ケンは街道の途中に指を留めた。


「早く着くために、荷車を置いていくわけにはいかないだろう」


「置いてくとは言ってねぇよ」


「念のため」


 ガルドが肩をすくめる。その隣で、リリィはネイルにも図が見えるよう、少しだけ腕を引いた。


 ネイルは顔を近づけずに、街道の続きを追った。


「まず、僕たちの普段の戦い方から説明します」


 ケンの指が、街道図の先へ触れた。


「最初に敵を見つけるのはツバキです。僕たちの目になってくれます」


「……目だけじゃない」


 通路へも目を配っていた少女が、短く訂正した。


 忍者を思わせる衣装のツバキへ、ケンは慣れた様子で頷く。


「そうだったね。ツバキだけが持つ『風読み』で、風に乗った匂いを拾うんです」


「こっちに風が来なかったら、どうなるの?」


 ネイルが尋ねると、ツバキは図の反対側へ指を置いた。


「遠くは拾えない。近くなら、索敵(さくてき)魔法」


 その指が、自分を中心に小さな円を描く。


「三十メートル。中に入れば、位置は外さない」


「そっか。二つ、使い分けてるんだね」


「見つけたら、俺が止める」


 ガルドの太い指が、街道を塞いだ。


 その少し後ろへケンが指を置き、反対側にはツバキの指が並ぶ。


「抜けようとした側を僕とツバキで塞ぎます。ただし、追いすぎない。守るのは商隊ですから」


「その間に、僕が魔法を完成させます」


 セインの指は、三人より後ろで止まった。


「時間はかかりますが、その分、火力は出せます」


「その間、動けなくなるの?」


「全く動けないわけではありません。ただ、追い回されながらでは集中できませんから」


 セインは自分の指を置いたまま、前にあるガルドの指へ目を向けた。


「止めてもらえると、最後まで組めます」


「任せとけ。後ろを振り返ってばかりじゃ、盾なんか持ってられねぇ」


「ええ。だから、こちらも間に合わせます」


 ガルドは満足そうに鼻を鳴らした。


「怪我と強化は、わたしが見るよ」


 リリィが指を伸ばし、後方へ置く。


 五本の指は、迷わずいつもの場所へ収まった。


 ネイルは、自分の指だけを卓へ置かなかった。


「では、ネイルさんはどのような戦い方を?」


 作戦の説明が一段落したところで、ケンが顔を上げた。


 ネイルはすぐには答えなかった。


 何ができるかを、そのまま口にするわけにはいかない。かといって、何もできないふりをすれば、ケンも困るだろう。


 今回の旅で使うつもりの範囲を、伝えればいい。


「僕は、魔法使い。水を使うよ」


 ネイルはフードの奥から答えた。


「中距離から遠距離なら、攻撃も防御もできる」


「水属性で、両方ですか」


 ケンは確認するように言い、街道図の端へ指を置いた。


 名前を聞いた時とは違って、驚いたまま話を止めることはなかった。ネイルが答えた攻撃と防御を、五人の間へどう入れるか考えている。


「それなら、セインの近くで動いてもらうのがよさそうですね」


「僕の近くですか?」


 名を呼ばれたセインが眼鏡を押し上げた。


「ああ。セインが大きな魔法を使う時は、どうしても完成まで時間がかかる。その間に敵が後ろへ回れば、魔法を完成させられないだろう」


 ケンは卓上に、もう一度五人の形を作った。


 セインへ近づく敵を遮る場所に、ネイルの位置を示す。


「ネイルさんには、そこへ来た敵を止めてもらいたい。前衛が崩れた場合は、防御で後ろの二人を守る。余裕がある時だけ、中距離から前を援護してください」


「前へ行ってほしい時は、言ってくれる?」


「もちろんです。黙って離れられると、こちらも困りますから」


「分かった。僕も、動く時は言うね」


 ケンが少し笑った。


「一緒に歩いてみて、やりにくかったら教えてください」


「じゃあ、また聞くと思う」


「何度でも。僕も、そのほうが助かります」


 ケンの肩から、僅かに力が抜けた。


 役割が決まると、敵を見つけた時の合図へ話が進んだ。


 敵を察知した時には方角と数を共有すること。商隊を守るために、隊列から離れないこと。


 ネイルは、街道図のセインの隣へ指を置いた。

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