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第3章 匿名の六人目

 数日後、宿の寝台で横になっていたネイルの指に、小さな振動が走った。


 目を開くと、銀色の指輪が淡く光っていた。テルリングからの呼び出しだった。


(集まったみたいだな)


 枕元の黒い杖から、声が届く。


(そうみたい)


 ネイルは上体を起こし、光が消えるまで指輪を見ていた。


 募集に、自分の名前は出していない。それでも、あと五人が集まった。


(嬉しそうだな、主)


(呼ばれたから、見てただけ)


(もう消えているぞ)


 手を下ろした。


 黒い外套を羽織り、長い耳が出ていないことを確かめてフードを被る。パレードを背負えば、支度は終わりだった。


「行こう」


 朝のギルドへ入ると、ユウリが受付から片手を上げた。


「ネイルちゃん、こっち。五人とも、もう来てるよ」


「うん」


「緊張してる?」


「少しだけ」


 ユウリは柔らかく笑い、受付を出た。


 その後ろについて、ギルドの奥へ進む。人の行き来が少ない一角に、打ち合わせ用の卓があった。


 街道図を前に、五人の冒険者が待っている。


 最初に気づいた青年が、仲間へ視線を送り、前へ出た。ネイルの少し手前で足を止める。


「初めまして。《ブレイズ・フォーカス》のケン。今回、僕たち五人で参加することになったんだ。よろしくね」


「よろしく」


「僕はリーダーで、ヒューマンの魔法戦士。前後を見ながら、足りないところへ入ることが多いかな」


 ケンは表情を緩めた。


「ガルド、少し空けてくれる?」


「おう」


 大柄な男が、通り道を空けるように半歩ずれた。


「前衛のガルドだ。ワービーストで、盾役をやってる。敵が来たら、まず俺が止める。後ろにいりゃ、そう簡単には通さねぇよ」


「ガルド。脅かさない」


「脅かしてねぇ。安心させてんだよ」


「頼りにしてる」


 ネイルが答えると、ガルドは一瞬だけ目を丸くした。


「おう。任せろ」


「リリィだよ。ヒーラーをしてるの。怪我はすぐ言ってね。強化魔法も使えるから!」


 卓の向こうから少女が身を乗り出した。ネイルが頷くと、ますます嬉しそうに笑う。その目がフードに留まっていることには、気づかないふりをした。


 卓の向かいでは、眼鏡の青年が街道図の端を整えていた。勝手に開かないよう押さえてから、こちらへ一礼する。


 もう一人の少女は、皆から僅かに離れていた。ネイルが入ってきた時、顔だけでなく足運びと背負った杖へも目を向け、その後は通路を見ている。


「それで、あなたの名前も聞いていいかな?」


 ケンに尋ねられ、ネイルは顔を上げた。


 ユウリは少し離れたところで待っている。代わりに名乗ってくれる様子はなかった。


 そう頼んだのは、自分だ。


「ネイル」


 フードの奥から、静かに続ける。


「ネイル・エクセリア。よろしく」


 ケンの表情が固まった。


「……ネイル?」


「うん」


 ケンがフード姿のネイルとユウリを見比べる。ユウリは苦笑し、小さく頷いた。


「冒険者の、ネイル・エクセリアさんですか?」


「同じ名前の人が、ほかにいなければ、僕だと思う」


 ケンの背筋が、目に見えて伸びた。


「初めてお目にかかります。このたびは護衛依頼にご参加いただき、誠にありがとうございます!」


「そんなにかしこまらなくても。さっきみたいでいいよ」


「いえ、その時は存じ上げず……」


 声まで硬くなっていた。少し前まで「よろしくね」と話していた人が、もう遠い。


「魔王領の竜を、たった一人で退けた方ですよね?」


「結果的にはそうなんだけど……」


 そう言って、ネイルは少し俯いた。


「そのような方に、先ほどまでの態度を取るわけには……」


(名前を言うだけで、ずいぶん変わるものだな)


(知ってたでしょ)


(うむ)


 ネイルは街道図へ目を落とした。


 ケンが話そうとしていた道は、まだ畳まれた紙の内側にある。


「ケン、あの」


「はい!」


「まず、みんなの戦い方を聞いてもいい?」


 ケンが口を開きかけ、止まった。


「もちろんです。ただ、ネイルさんに僕が指示を出してもよいものかと……」


「僕は、みんなと組むのが初めてだから」


 ガルドは前で守ると言っていた。リリィは、怪我をしたら教えてほしいと。


 自分の名前を知らなかった時から、二人ともそう話してくれた。


「どこにいればいいか、教えてもらえると助かるんだ。」


「……それで、よろしいんですか?」


「うん。今回のリーダーはケンでしょ? 僕にも、さっきみたいに話してくれたら嬉しい。」


「分かりました。では、まず僕たちの戦い方から」


 まだ少し声は硬かったけれど、ネイルは頷いた。


「うん。お願い」


「セイン、地図を使おう」


 眼鏡の青年が頷き、押さえていた紙へ目を落とす。


 けれど、リリィの目は街道図へ移らなかった。


 目が合い、ネイルは少しだけ首を傾げた。

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