↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
28/38

第27章 廻りますように

「のわあああああああああ!」


 大森林の中を、小さなエルフが一人、走っていた。


「鎧牙猪(アーマードボア)って、こんなに大きかったっけええ……?」


 背後では、数メートルはある巨体が木々を押し倒している。狙いはネイルただ一人。行く手に何があろうとお構いなしに、真っ直ぐ追いかけてくる。


(早く倒せばよいものを……)


(ここで倒すと、ほかの魔獣まで寄ってくるから……)


(妙なところで優しいな)


 依頼を受けたあと、ネイルはアルフヘインを一人で出て、そのまま森へ向かった。


 見つける。倒す。終わり。


 そのつもりだった。


 ところが、見つけた鎧牙猪(アーマードボア)は思っていたより大きく、薬草の採取地にも近すぎた。ここで戦えば、採取に来ている冒険者を巻き込む。倒しても、死骸に別の魔獣が寄ってくるかもしれない。


 まずは、採取地から引き離そう。


 そこまではよかった。


 《薄影》で姿を目立たなくして、水弾を当てる。そのまま採取地とは反対へ追い立てるつもりだった。


 ところが、何度も撃ち続けているうちに、猪は水弾を撃つネイルを見つけてしまった。


「気づかれないと思ったのに……!」


(《薄影》を使っておっても、目の前で撃ち続ければばれるだろう)


 こうして、昼のランニングが始まった。


 ◇


(どれくらい、走った……?)


 息を切らしながら、ネイルは尋ねた。


(二十分ほどか)


(じゃあ、もう十分だね)


 採取地からは、十分に離れた。


 ネイルは走るのをやめ、猪へ向き直った。


 巨体はそのまま突っ込んでくる。ネイルはすんでのところで身をかわしながら、異空間から剣を一本取り出した。背後で地面を削る音が轟き、木の折れる音が重なる。


 腰の《常刃》には手をつけていない。


(《常刃》ではないのか)


(普通の剣でも、通るかなって)


 両手で剣を構え、猪と向き合う。


 構えなど気にも留めず、猪は再び突っ込んできた。


 ネイルはその横へ身をかわしながら、猪の横腹を狙って剣を横薙ぎに振り抜いた。


 パキン、と音がした。


 折れたのは、名もない剣の方だった。


(駄目か)


(だろうな)


 続けて、ネイルは猪へ左手を向けた。


 詠唱もなく、地面から拳大の岩が二つ浮き上がる。


 土魔法《ロックブラスト》。回転する二発の岩弾が、猪の右胴へ撃ち込まれた。


 だが、猪の突進は止まらなかった。


 岩弾を受けた巨体が進路を曲げ、再びネイルへ向かってくる。


 鎧の名は伊達ではない。その皮膚は刃を折るほど硬く、衝撃を逃がすしなやかさも備えている。生半可な打撃では打ち込んだ側が壊れ、今の岩弾でも勢いを削ぐには足りなかった。


(どれくらいかな)


 ネイルは胸の前で腕を交差させた。


 今度は、かわさなかった。


 巨体の突進を、真正面から受ける。


 ズドン、と重い音が響いた。


 小さな身体が数メートル吹き飛び、木の幹へ次々と背中を打ちつけて、ようやく止まった。


 口元に、少しだけ血が滲んでいる。


(やるねえ)


(あえて受けるのは違うだろう……)


 やり取りをしている間にも、猪は追撃に来ていた。


 今度は、牙を突き立てにくる。


 鎧牙猪(アーマードボア)の牙は、長く生きた個体ほど黒くなる。その硬度は鉄をも凌ぐ。


 硬く、重く、それでいて速い。


 分かりやすいがゆえに、強い。


(お返しだよっ)


 ぶつかる、その直前。


 猪の巨体が、何かに弾かれたように宙を舞った。


 ネイルが構築し、ぶつけたのは、魔力障壁だった。


 突進に合わせた、不可視のカウンター。


 数メートルの巨体が、来た方向へ数十メートルも吹き飛んでいく。木々が折れ、地面がえぐれ、猪の飛ばされた跡が森の中へ延びていた。


 ネイルは口元の血を拭いながら、その跡を辿って歩き出した。


(これで依頼は終わりかな)


(あとは、討伐証明の部位を切り取ってからだな)


 ネイルは異空間からナイフを取り出した。


 その腕は、もう治っている。先ほどまで巨体を受け止め、木々へ叩きつけられていたとは思えないほど、滑らかに動いた。


(こんなことをしていると、また死ぬぞ)


(そうだね。でも、治せるし)


(治ればよいという話ではなかったろう。昨日も)


 それを大丈夫とは言わないわ。


 ルーナの声を思い出し、ネイルはナイフを持つ手へ目を落とした。


(……うん。また怒られそうだね)


(分かってはいるのだな)


(でも、相手の全力を受けてみたいじゃない)


(なら、我が斬ってやろうか)


(それは違うって……)


 ネイルは、猪がえぐった地面へ視線を戻した。


(でもさ、こういうことがあると、僕は今、この世界で生きてるんだなって思うんだ)


(……頭まで打ったか)


(そんな気分になっただけ)


 折れた木々の向こうへ、猪の飛ばされた跡が続いている。


(……肉、大丈夫かな)


(数十メートルも飛ばしておいて、何を言う)


 ネイルは《薄影》を解き、ナイフを手に、その先へ歩いていった。


 ふと、魔力を帯びた風が外套の裾を揺らした。


(ん……?)


 流れてくる魔力を辿ると、木々の間から小さな精霊が一匹、こちらへ近づいてくるのが見えた。


(戦ってるところ、見られちゃったかな)


(あれだけ物音を立てればな)


 風の精霊だ。


 ネイルは足を止めた。


 精霊は、ネイルの澄んだ魔力を好む。いつもなら、こちらから呼ばなくても寄ってくる。


(あれっ?)


 精霊は、ネイルに目もくれず横切っていった。


(自画自賛が過ぎたな)


 パレードの言葉にも、ネイルは精霊を目で追っていた。


 精霊は木々の間を漂い、森の奥へ進んでいく。漏れ出す風が、通り過ぎた葉を小さく揺らした。


(……様子、おかしくない?)


(いつもなら、主の魔力の痕跡にまでまとわりつくものだが)


(好かれちゃうからね)


(そういう日もある、と考えるか。何かの前触れか)


 朝、掲示板で見た依頼書が頭に浮かんだ。


 精霊はいる。それなのに、意思を返さない。


(朝の依頼と、関係あるのかな)


 今の精霊も、風の魔力を失ってはいなかった。


 けれど、こちらへは一度も反応しなかった。


(何も起きないといいけどね)


(主の予感は、よく当たるのではなかったか)


(そんなことも言ったね。そういえば)


 ネイルは精霊の姿が木々の向こうへ消えるまで見送り、猪の飛ばされた跡へ戻った。


 ◇


 えぐれた地面の先で、鎧牙猪(アーマードボア)は横倒しになっていた。


 片方の牙は砕け、もう片方は、運よく形を保っている。近づいても、巨体はぴくりとも動かなかった。


「でっか……」


 こうして間近で見ると、やはり普通の個体より大きい。


 ネイルは猪の傍らへしゃがみ、残った牙を確かめた。根元まで傷がないことを見てから、ナイフで周囲を丁寧に切り、討伐証明となる一本を取り外す。


 それをパレードの異空間へ収めると、声がした。


(猪も持っていくか)


(さすがに、全部はね。森にも還そう)


 ギルドで食べる分を切り取る。傷みの少ないところから肉を取り分け、ネイルはもう一切れ足した。


(あのドワーフの分か)


(うん。心配してくれたから)


 取り分けた肉も、パレードの異空間へ収めた。


 牙と、今日の食事。


 持ち帰るものを確かめて、ネイルはナイフをしまった。


 猪の横へ手をかざすと、土がゆっくりと動き始める。巨体が収まるだけの穴を開け、その中へ亡骸を横たえた。


 掘り上げた土を戻すと、猪の巨体は見えなくなった。


(種、ある?)


(あるぞ)


 ネイルはパレードから種を一粒受け取り、埋め戻した土へ蒔いた。


 その上に指先を添え、魔力を込める。


(廻りますように)


 小さく呟いて、一礼した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。