第六十六話 間合い ー四半歩の内ー
静まり返った武道場。
先の一戦の余韻が、まだ床に残っている。
踏み込みの音。
呼吸。
削れた鎬。
そのすべてが、まだ消えていない。
主審の声。
「三年生 横山流 長田鉄人」
対するは、
「三年生 渦が森流 鷹宮蓮」
わずかなざわめき。
上位同士。
しかも――
まだ当たっていなかった組み合わせ
向かい合う。
「……よろしくお願いします」
――開始。
長田
静かに構える
重心が高い。
足が、流れるように動く。
わずかに揺れる空気。
長田が先に動く。
滑るような踏み込み。
間合いに入る。
切る。
だが――浅い。
届かせていない。
蓮は動かない。
“そこにいない”。
刃が通る位置から、
最初から外れているようなズレ。
「……」
ただの回避ではない。
“前からそこにいなかった”ようなずれ。
二合。
長田の足が流れる。
角度を変える。
間をずらす。
横。
斜め。
死角。
捉えたと思わせて、逃がさない。
蓮は、
“動いているように見えない”。
気づけば、そこにいない。
三合にして
鎬が触れる。
ほんの一瞬。
長田の目が、わずかに開く。
(読まれている)
長田が、強く踏み込む。
深い。
確信の一太刀。
その瞬間。
蓮が、入る。
刃は重なるも
剣筋は噛み合わない。
長田の剣が、流される。
崩れたのは、ほんの一瞬。
一歩。
合わせない。
遅れない。
そして、
決めの斬り下ろし
「――がつっ!」
衝突。
咄嗟に抜かれた兜割りが
蓮の切り落としを弾いた
逆の手で長田が斬り付けてくる
素早く蓮は刃を戻し
凌ぐ
大きく間合いを取り直す
長田の右手
兜割りに目を向ける
(ふぅ… 思ったより厄介だ…)
(さすが、戦国の剣…)
ーーーーーーーーーー
横山流
戦国末期に生まれた武芸
剣と十手の変則二刀
絡め、奪い、無力化する
戦場のための技
ーーーーーーーーーーー
(絡められると… 負けるな…)
兜割り十手を前に突き出し
間合いを取る
左手の刀を揺らし
蓮を誘っている
(徳井の手前、負けるわけにいかないな)
(さて……)
蓮は静かに下がり間合いを作る
そして、大きく息をする
ーーーーーーーーーーー
(行くか!)
蓮が走り込み
大きく踏み込む
諸手突き
胴
胸
喉
三段
絡み取られないも
長田の身体を突き切れない
(もう一本!)
四段目を作り、深く押し込む
ーー無理があった
剣を引き戻すが、遅い
兜割りに絡まれる
長田の逆手の剣が切り落とされる
蓮は力任せに押し込む
体当たりのような形になり
長田の身体が弾かれる
わずかな間合いとわずかな時間のずれ
四半歩
それで、終わっていた。
間合いが開く
蓮の背中に冷気が走る
(…… 今のは、間違いなく負けていた…)
(斬られなかったのは、たまたまだ…)
ーーーーーーーーー
静寂が走る
誰も、声を出さない。
長田は、動かない。
ただ、蓮を見ている。
蓮の動きを見定めている
武道場の空気が、変わっていく
追い詰められているのは――
三年筆頭 鷹宮蓮だった。
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気が付けば、立ち位置が入れ替わっている
(……動かされている)
間合いも、位置も。
すでに――取られている。
(ここまでか)
長田の向こうに、
徳井が見える。
視線を上げる。
――観客席の上段。
今津先輩が、いる。
(こんな惨めな日に限って… 先輩に…)
思わず目を背ける
(えっ…)
背けた先には、
御影さんたち三人がこちらを見ている
(何の罰ゲームだよ…)
(言ったら… 怒られるか…)
(あれだけ付き合わせたんだ)
(ここで負けたら――男が廃る)
(無様でもいい)
(先輩の意地くらい、見せてやる)
呼吸が浅くなる。
視界が狭まる。
長田だけが、残る。
――その顔は、
自覚なく、笑っていた。




