第二十三話 その一か月前、そして今 ー挑まれる前に、挑む者ー
「今回、実績を加味し、以下の通りとする」
首席 春日一成
同席 本山雪
三席 鷹宮蓮
四席 新開地長治
五席 湊川澪
六席 松陰洋子
七席 王子真
掲示板を見ていた澪が、ひとこと。
「倒す!!」
「でも、澪。新開地先輩も下位から結構な数、試合を挑まれてるし……
澪自身にも来てるでしょ」
雪が答えた。
「いや! 新開地は倒す!」
(そうか……新開地先輩も、澪のお父さんに指導を受けてる身だから……)
(対抗心は、よく分かるけど……)
「けど……」
雪は言葉を選ぶように、一度だけ間を置いた。
「今の並び、簡単じゃないよ」
掲示板の前。
人だかりはまだ残っている。
ざわめきの中で、その名前の並びだけが妙に重かった。
首席――春日一成。
その下に、自分の名前。
そして、少し離れた位置に――新開地長治。
さらに、その下に澪。
雪は横目で澪を見る。
(いつも通りの顔……だけど)
「新開地先輩、今期はかなり受けてるって聞いたよ」
「挑戦?」
「うん。下からの。ほとんど返り討ちらしいけど」
「……」
澪は黙って掲示板を見ている。
「それに、蓮もいるし」
三席――鷹宮蓮。
「……あの人は別にいい」
即答だった。
雪は苦笑する。
「春日は?」
「……」
一瞬だけ、澪の視線が動いた。
すぐに戻る。
「あいつは、あと」
言い切らない。
雪は少しだけ声を落とした。
「澪自身も、結構来てるでしょ」
「……来てる。断ってるけど」
「全部?」
「全部!」
(まぁ、そうだよね……)
(いつもの澪は、挑戦そのものに興味ないしね)
雪は肩をすくめた。
「でも、そのうち避けられなくなるよ。
春までランキング戦ないし、みんな挑戦に賭けてくる」
沈黙。
人のざわめきが、少し遠くなる。
その中で――
澪が、ぽつりと呟いた。
「だから」
ゆっくりと掲示板から視線を外す。
「私から、先に行く」
「え?」
「来る前に、やる」
「……ああ」
雪は、ようやく意味を理解した。
(挑戦を待つんじゃなくて――)
(自分から行くってことか)
「新開地先輩に?」
「うん」
即答だった。迷いがない。
「……やめときなよ」
雪は、珍しく少し強めに言った。
「なんで」
「今やる意味が薄い」
「意味?」
「順位を上げるだけなら、他にもいる」
四席の名前を、視線で示す。
「わざわざ相性の悪いところから行く必要ないでしょ」
新開地は長身で体格もある。
身体だけでいえば、子供と大人の差。
しかも剛刀。
澪の戦い方では、圧倒的に不利。
「……」
澪は少しだけ考えて――首を横に振った。
「違う」
「なにが?」
「順位は問題じゃない」
雪は目を細める。
「じゃあ、なに?」
「新開地を倒す」
それだけだった。
(ああ……)
雪は、小さく息を吐いた。
(そういうことか)
理由は、理屈じゃない。
順位でも、効率でもない。
ただの――
「……対抗心?」
「違う」
「じゃあなに?」
ほんの一瞬。
澪の視線が揺れた。
「確かめるだけ」
「なにを?」
「……」
答えない。
だが、雪には分かる。
(自分の“今”)
(それと――春日の力量か)
どちらにせよ、止めても無駄だ。
「……まぁ、止めないけどさ」
雪は軽く笑った。
「でも」
指を一本立てる。
「一つだけ」
「なに」
「負けても暴れないでね」
「暴れない」
「この前みたいに学食壊さないでね」
「壊してない」
「壊れかけたでしょ」
「……知らない」
(知らない、じゃないんだよなぁ)
雪は小さく笑う。
(ほんと、止まらないなぁ)
そして、掲示板から離れる澪の背中を追った。
(さて……今回はどこが壊れるかな)
――――――――――――――――
それは、一か月前。
武道館でのランキング戦。
準決勝・第二試合。
「勝者――春日」
そう。
春日の準決勝の相手は、新開地だった。
剛刀の新開地。
その圧を、春日は正面から崩した。
澪の頭から、あの日の光景が離れない。
(あの間合いの取り方……)
(あの入り方……)
ぎり、と奥歯を噛む。
(絶対に、私はものにする)
(春日の術――もらう)
――――――――――――――――
そして、翌日。
対戦表が張り出されていた。
その中に――
三年 新開地長治 対 三年 鷹宮蓮
の名。
「……あの、くそ蓮め!」
「澪!! ここ学校!」
「学校では鷹宮“先輩”!」
雪が慌てて制止する。
だが――
澪は、地団駄を踏んでいた。




