090 暴走
「それで……」
突然大きめの声で、陽菜ちゃんが会話に参加してきたことに驚いて、僕は無様にも「うわぁ!」と声を上げてしまった。
しかし、陽菜ちゃんはそんな僕のリアクションをスルーすると、ヤヤに向けて質問の続きを口にする。
「ヤヤ、何から手を付けるかを決めるために、やろうとしていることを教えておらえるかな?」
「お……そうだね、うん」
僕が間抜けな悲鳴を上げたせいでこちらを見ていたヤヤは、直ぐに陽菜ちゃんへと向き直った。
「エル部の目標は『エルの歌声』を完成させることなんだから、実証実験をしようと思ってる!」
はっきりと断言したヤヤだが、その内容は黙って見過ごせるものじゃない。
連れてくるのなら良いけど、リンクしろって言われるのは困ると思って慌てて声を上げた。
「実証実験って……その、エルを……」
そこまで言うと、待った真下と言わんばかりに、ヤヤがとびっきりの笑みを見せる。
「うん! もちろん連れてきてます!」
ヤヤの言葉にそうじゃないとツッコミを入れるよりも先に、僕ら四人しかいない教室の扉が開かれた。
「マスター、レンタ先生、失礼します」
白いフリルの多いワンピースに身を包んだエルがお辞儀をした後で、ゆっくりと教室の中に入って……いや、入りかけたところで攫われてしまう。
「何、コレ、れ、レン? いや、レンはいるよね、はっ!? エル? どういうこと?」
教室に入った瞬間のエルに全力で抱き付いて、そのまま抱き上げながら陽菜ちゃんが暴走していた。
「あ、あの、えーと……」
コレまでのやりとりで冷静沈着なイメージがあったエルも、さすがに慌てふためいている。
そんなエルの状況を見詰めながら、ヤヤは興奮していた。
「レンタ、凄いよ! エルが困ってる! アレは困惑だよね。困惑してるんだよ、私のエルが!」
エルが困惑している姿に歓喜するヤヤには、呆れを感じなくもないが、コレも科学者のサガなのかも知れないと、とりあえず放置して、陽菜ちゃんを落ち着かせることにする。
「ひ、陽菜ちゃん、エルが困ってるから……」
だが、自分の世界に突入してしまっている陽菜ちゃんに声は届かなかったようだった。
「エルちゃん、可愛い、こんな妹が欲しかったんだよ、元々はお友達が良いなって思ってたけど、妹だよね、妹なら着せ替え人形にしても合法だよね、レンのエルはさせてくれなかったけど、エルちゃんは良いよね、レンじゃないもんね、あれ、レンだっけ?」
速い……。
いつもの数倍は速い口調で陽菜ちゃんはとんでもないことを言い放っていた。
一方、そんなマシンガンのごとき言葉の浴びせかけに、エルは目を回しそうになっている。
それを見た瞬間、僕の頭の中は『実力行使』というただ一つの単語で埋まった。
「あっ……」
多少強引に、陽菜ちゃんの手からエルを奪い取り、彼女の視線から隠すように、僕自身の背を壁にして体を丸める。
「ちょっと、何するの、エル……じゃなくて、レン? いや、もうどっちでも良いけど、邪魔しないで!」
興奮気味に、最早滅茶苦茶な内容の言葉を、陽菜ちゃんがぶつけてきた。
思わず腰が引けそうになるが、僕の腕の中に収まったエルが少し震えているように感じ、そういうわけにはいかないとなけなしの勇気を振り絞る。
「落ち着け、陽菜ちゃん。まだ自己紹介もしてないだろ? そんなんじゃ、エルが怖がる!」
多少声が震えていた気もするけど、それでも僕は言い切った。
それが功を奏した……か、どうかはわからないけど、陽菜ちゃんは「はっ!」と口にする。
直後、コレまでの暴走を認識したのか、頬だけでなく耳まで赤く染めて、深々と頭を下げた。
「ご、ごめんなさい。あまりのかわいらしさに理性を失っていました」




