077 業腹
「生きるために不要だったからか……いえ、どちらかといえば、肌で学ばなかったからでしょう……彼女は多くの知識を有していながら、我々が保護した時点で、感情というものを持ち合わせてはいませんでした」
もう返事も出来なかった。
今の明るい感じのヤヤの中にある生い立ちとは思えなくて……いや、思いたくなくて飲み込めない。
だが、続く永田さんの言葉に、僕は衝撃を受けることになった。
「……しかし、彼女はある出来事をきっかけに、泣くようになったのです」
「泣く……」
ザワリと胸が騒ぐ。
忘れていたわけじゃない……けど、心のどこかで大袈裟に言ってるだけだと思っていた。
だって、普通、涙を知らなくて、調べて、その答えを知るなんて、あるわけ……無いと思うだろう?
でも、永田さんの言うとおりの背景がヤヤにあるなら、アレは全部本当のことで、その時ヤヤが『自分の涙を動作不良だ』と思ったって話は事実だってことだ。
許せなかった……ヤヤの受けた仕打ちも、環境も許せなかった……でも、それよりも何よりも、ヤヤの打ち明け話を、SF小説みたいだな、筋が通るななんて、軽い気持ちで考えた自分が許せない。
ムカムカと沸き起こってくる自分への苛立ちに、僕は目を閉じて荒い息を吐き出すことしか出来なかった。
「夏川さん、そこまでです!」
強い口調で永田さんに何か、制止を訴えられ、僕は呆然と彼を見上げた。
それから、僕の横に立っていた永田さんに右手の手首を握られていることに気が付く。
「え?」
訳がわからず声が出た。
「あまり強く叩きつけると手を痛めます」
言いながら永田さんは僕の右手をゆっくり机の上に降ろす。
何が起こったのか、理解出来ていない僕に、永田さんは落ち着いた口調で説明をしてくれた。
「手を机に打ち付けていましたよ……かなり鬼気迫るものがありました」
永田さんに言われた後で、僕は打ち付けていたという右手の拳を開こうとして上手く広げられないことに気が付く。
あまりにも強く握り込んでいた事実に、自分の中の自分に対する怒りの大きさを知ることになった。
「落ち着きましたか?」
永田さんは僕の前にコップに入ったお茶を起きながら、そう尋ねてきた。
「正直、自分が許せないです」
何故か素直にそう答えられた僕に、永田さんは「生きていればそういう事もあります」と告げる。
「起きてしまったこと、過去の出来事に、何か出来る人はいません」
永田さんの言葉は道理だった。
でも、だからこそ……。
「ですから、その許せないという気持ちはこれからの行動の種にしましょう。夏川さんはまだ若い、取り戻しようなどいくらでもありますよ」
僕の考えを先回りして道を示す永田さんには、敵わないなと素直に思った。
と、同時に、やっぱり『その通りだな』と思わされてしまう。
だから、覚悟も含めて、永田さんの思うつぼかなと思いながらも、浮かんだことをそのまま言葉にした。
「無自覚に、ヤヤに対して失礼なことを考えていたことを無いことに出来るとは思っていませんけど……今まで以上に、ヤヤの力になりたいと思います」




