039 感情
「おかえりなさい、マスター、レンタさん」
地下基地で僕たちを出迎えてくれたエルは、柔らかい笑顔を浮かべながら、そう言って頭を下げた。
ここしばらく一人暮らしだったこともあって、思った以上に『おかえりなさい』にほっこりしてしまう。
そんな僕の態度に、エルは不思議そうに首を傾げた。
「どうかなさいましたか、レンタさん」
次いで、エルの指摘に促されるように僕の方を見たヤヤも「どうかした、レンタ?」と首を傾げる。
仕草がそっくりな二人の姿に、感じていたほっこりさが増した僕は、思わず笑いながら、思ったままを伝えることにした。
「いや、しばらく一人暮らしだったから、お帰りなさいって言われたのが、思ったより嬉しくてさ、ドラマや漫画とかではよく聞くけど、本当になるんだなぁって、変に感動したんだ」
ヤヤはどこかピンとこなかったようで「へー」と、どこかふわっとした印象の声を口にする。
対して、エルは「嬉しかった……ですか?」と上目づかいで尋ねてきた。
そう改めて聞かれると、急に照れくさくなる。
それでも、その幼い容姿故か、はたまた昔の僕の姿が元だからか、頷くことは出来た。
すると、エルは「あー」と声を上げる。
「どう、した?」
想定していなかったエルのリアクションに、僕は少し戸惑いながら声を掛けた。
すると、自らの胸に手を当てて、間を置いた後で、エルは僕を見上げる。
「私にもその嬉しいという気持ちが分かったかもしれません」
驚きのわずかに籠った笑顔で、興奮気味に訴えられたエルの言葉に、僕は何とも言えない感動を覚えた。
けれど、僕よりも成り行きを見ていたヤヤの方が、感動が大きい。
「感情を理解できたってことだよね、エル!」
ヤヤの興奮に満ちた発言に、僕はハッとした。
科学にそんな詳しくない僕でも、ロボットが感情を理解するということが、ものすごい事だというのはわかる。
その期待を感じてか、エルは少し考える素振りを見せてから、大きく頷いて見せた。
「理論的に説明できない行動指針が増えた感じです。具体的には、よりレンタさんに喜んでもらいたいという指針です」
「お、うん」
エルに名指しされたものの、言葉の中身が硬かったせいか、思わず身構えてしまう。
そんな僕の反応をスルーしてエルは言葉を続けた。
「もともとのマスターのプログラムに、人に喜んでもらえるように行動指針を求めるというものがありましたが、それとは別にタスクが立ち上がった形です」
ヤヤはエルの言葉に何度も頷きながら、記録を取っているのか、手早くキーボードをたたきつつ「続けて」と先を促す。
「特筆すべきは、人という大きなくくりではなく、レンタさん個人に喜んでもらいたいというタスクの立ち方であり、その基礎となるものが、レンタさんの嬉しいという言葉でした」
「つまり、エルも嬉しいと感じた……と?」
ヤヤは手を止めると、じっとエルを見つめながらそう尋ねた。
エルは少し間を開けてから、コクリと頷く。
「レンタさんに嬉しいと思っていただけたことを、嬉しいと感じたのだと思います。そして、この言語化しにくい概念、行動指針の種こそが、嬉しいという感情に酷似したものではないかと結論付けました」
そこまでエルが言い切ったところで、興奮気味にヤヤが抱き着いた。
「すごい、すごいわ、エル! 確かにそれは感情を獲得した可能性が高いわ!」
ヤヤに抱き着かれたエルは忙しなく左右に瞳を動かした後で、真顔で口を開く。
「マスター、推定嬉しいを、エルは現在認識しています」
エルのあんまりな宣言に、僕は思わず苦笑してしまった。
「エル、そういう時は、もう『嬉しいです』って言ってしまった方が良いんじゃないか?」
僕の提言に、エルはこちらに視線を向けると、コクリと頷く。
「そうですね」
エルは改めてヤヤに視線を向けると、微笑んでみせた。
「マスター、マスターに喜んでもらえて、エルは嬉しいです」
修正報告
2021.05.23
前:おあかえりなさい
後:おかえりなさい




