027 用意
プシューと空気が抜ける音が響いた後で、開いた扉の中へとエルによって案内された僕は、思わず「わっ」と声を上げてしまった。
すると、そんな僕に笑みを浮かべながらエルは「どうですか?」と尋ねる。
「ど、どうって……」
尋ねられた僕は直ぐに帰そうと思ったんだけど、部屋に置かれた機材の数々に驚いてしまっていた。
基本的には、おじさんの持っている機材、つまりは僕が動画を撮るのに使った機材ほぼそのままが置かれている。
違う点と言えば、目の前にあるのは、それらの最新機材だと言うことだった。
「マスターが、レンタさんの声の加工を逆解析して、機材の癖から使っていたであろう機材を揃えました。どれか、使えない機材はありますか?」
エルにそう説明された上で尋ねられた僕は、機材の接続を軽く確認した上で、パソコンへと目をやる。
「えーと、アプリは……」
「触っていただいてかまいませんが、一応コチラがインストール済みのリストです」
エルはそう言うと、また僕の目の前に先ほどの空中ディスプレイを出現させた。
そこには有名どころから、聞いたこともないような動画、音声、音楽の編集ソフト、オマケに人工音声系のソフトなんてのもリストアップされている。
あまりの数に、忙しなく目を動かしていると、エルはまた別の空中ディスプレイを出現させた。
思わずその新たなディスプレイに視線をやる。
そのタイミングでエルは、新たに出現させたディスプレイに映るものを説明してくれた。
「コチラは、マスターがレンタさんが使っているだろうと予測したソフトの一覧です。既にデスクトップにショートカットアイコンを設置してあります」
言われて確認してみれば、確かに僕の使っているソフトそのものがリストアップされている。
「コレも解析をして?」
「はい。音声が圧縮される際に微妙な癖が残ったり、経由したソフトによって足跡のようなものが出現すると、マスターは言っています」
「そ、そうなんだ」
実際そんなことが出来るのかどうかは全くわからないが、ヤヤがそう言うのならそうだろうと思うことにした。
頭の中では、アダムが僕の家に不法侵入して、機材から何から調べ尽くしただけかも知れないけど、それを言い当てたところで今更どうにか出来るわけでもない。
というよりも、僕の頭の中は目の前の機材に触れてみたいという思いでいっぱいだった。
そんな僕の耳に、この機材の所有者であるヤヤからの許可が、スピーカー越しに与えられる。
『いつでも初めてくれて良いよ、レンタ』
その言葉に直ぐにでも目の前の機材やパソコンに飛びつきたいという衝動を抑えて、僕はヤヤに尋ねた。
「僕はコレで、動画作りを再現すれば良いんだね?」
おそらくはその手法を応用して、エルに歌い方を記録するんだろう。
これからの工程をそう予測した僕は、静かにヤヤの返答を待った。
けれど、ヤヤの性格なら直ぐにでも『そういうこと』とか返してきそうだったのに、何も返してこない。
思わずエルを見たが、わからないと示すように小さく左右に首を振るだけだった。
仕方が無いので、僕は「ヤヤ?」と声を掛ける。
すると今度は間を置かずに、ヤヤの声が返ってきた。
「あー、ごめん、そうだな、じゃあ、あの曲が良いな」
返ってきたヤヤの声に、僕は、緊張したり、泣きながら話す時のような掠れがあるのを聞き取りつつ、敢えて、触れないことに決める。
コチラに僕とエルが写ったことで、先ほどの管制室みたいな部屋にはヤヤしかいないのだ。
誰の目もないと、感情が強く出やすくなったりする。
一人暮らしで何かと思い当たる節のある僕は、だからこそ、敢えて触れないことにした。
代わりに僕は、ヤヤに尋ねる。
「あの曲って、僕……エルが最初に歌ったフランス語の歌……だよね?」
それは僕にとっても思い出の曲で、難しいフランス語の歌だけど、おじさんが繰り返し聞かせてくれた母さんの歌の中で最初に覚えた曲でもあった。
修正報告
2021.05.23
前:創設召された上で
後:そう説明された上で
前:障っていただいて
後:触っていただいて
前:もう一つ出現させたディスプレイに映るものを説明してくれた。
後:新たに出現させたディスプレイに映るものを説明してくれた。
前:即席のようなものが
後:足跡のようなものが




