43 公開オーディションと指名システム-4
説得するための説得と交換条件。
ヴィンツェンツへの説得をするならと、イヴァンは条件を出したのだが。
一体何を要求するつもりかしら……。
手に入れられるものならば、侯爵家の名にかけて用意してみせるわっ! これがヒロインイベントなら私……とか言われそうな展開だけど、それはないと思える。
その理由は、さっき殿下の名前が出たから。
自分でもよく分からないけれど、そう思ったのよ。何か企んでいる様子なのは間違いないけど、演奏会絡みではないと思うんだけどねぇ。きっと私が絡むことは全て殿下絡みになってしまうのだろう。
しかし、何を言ったのかしら、あの殿下は……。
「何か欲しいものがおありでしょうか? 私に手配できるものでしたら、ご用意いたしますが」
「ふぅん……自信満々だねぇ」
「これでも侯爵家の養娘ですから」
ドレス型の制服のスカートを摘んで優雅に礼をすれば、うーん、と考えるような声が聞こえてくる。
「じゃあ、鳥を3羽。見目の良いのが、休日の昼に水辺に降り立つんだって」
「え……えぇ、鳥、ですか……」
もしかしなくても、鳥のこと、よね。
武官に近い家の者だから、世俗的なのには興味が無いと思っていたのに。アイドルに興味があるなんて意外だわ……。
「あれ、知らない?」
「いえ……最近噂になっているのは聞き及んでいます」
「そう。だったら話は早い。その鳥を僕に見せてくれないかな。手に入れたいんじゃない、見るだけでいい」
見るだけ? 私のアイドルたちに一体何の用……ハッ、まさか男ファン?
「婚約者がね、見たいって言うんだ。席があるなら2つ用意して欲しい」
「広場に出るとの話でしたが」
「最近、食堂とかにも現れるらしくて。そういうときにゆっくりと見せてやりたいんだ」
婚約者。そういえば、彼には昔から決められている女性がいるんだったっけ。もしや、悪役令嬢が私だけだった1作目とは違って、2作目はヒロインが攻略対象に定めたらその近くにいる女性が悪役令嬢になるみたいなパターン……なのかな?
あれ、でもそれだとシーヴェルトの悪役令嬢はフィリーネってことになるの!?
気づくの遅いわよ、私……。
「婚約者様は……エンダース伯爵家ご令嬢のドロテア様でしたわよね? 現在はこの学園の1年であるとか。確かAクラスでしたかしら」
「よく知っているね、そうだよ。……ドーリーは噂が大好きでさ。最近貴族の間で話題の雄鳥に夢中なんだ」
むっとした顔で言うイヴァンはどうも、アイドルに嫉妬しているようだ。愛称で呼んでいることといい、愛し合った婚約者であるらしい。なんとも微笑ましくて、私は笑顔を浮かべてしまう。
でも、彼氏彼女でアイドル鑑賞なんて……互いに問題なのでは?
「2席でよろしいのですか? イヴァン様は興味があるようには見えませんが……」
「それは問題ないよ。ヴィンツ兄さんに妹がいるのは知っている?」
「エミーリア・ビエラー侯爵令嬢ですわよね。以前お茶会でご挨拶しましたが、しっかりなさっていて8歳とは思えない利発なご令嬢でしたわ」
茶会で披露した私のフルートを気に入ってくれて、笑顔で話しかけてくれたのようね。夫人やヴィンツェンツと同じ青色の髪がとても美しいご令嬢だったわ。
「ああ。彼女なんだが、ヴィンツ兄さんはエミーを溺愛している」
「溺愛……」
殿下ファンで同担拒否過激派の彼だが、どうやら推しはもうひとりいるらしい。
いろいろと意外な話で私がぽかんとしているのに気づいていないのか、イヴァンはどんどん話を進めていってしまう。
「彼女も鳥には非常に興味を抱いている。席を確約できるなら、先んじてヴィンツ兄さんを丸め込もう」
来週の月曜日はもう指名日で、今日は水曜日。だから、今週末のライブに招待したとしても説得は先行してやらないと間に合わない。イヴァンの言っていることは時系列的には間違っていないけれど……。
私だから確実に手配できることは分かっている。けれど、もしほかの人間だったらこんな無茶ぶりはないって思うわね。
イヴァンって本当に侮れないわ……。
「かしこまりました。情報を入手しましたらご連絡させていただきますわ」
「うん、分かった。僕は大抵ここか演習場にいるから」
「分かりました」
私は善は急げとばかり、器楽準備室を後にしたのだった。
***
私は現在、こっそりと覗き見をしている。
翌日である木曜日、朝から早速演習場に顔を出した私は、一つの封筒を用意していた。そこに書かれているのは7月21日の日曜日に行われる18回目のライブの場所である。ちょうど、噴水広場は避けてあれから何度か利用している市民館の予定を押さえていたのだ。ついでに席も見やすい場所をリザーブ席として用意した。
市民館は会議などで使うためのホール形式になっているので、ゆったりとした階段状になった部屋の中に椅子が備え付けられているのだ。『ファンの集い』の面々は前を陣取り立ち上がって見ているが、貴族のご令嬢にそれははしたないと思わせてしまうだろう。やや前列の中央席という見やすい場所だから、文句は出ないと思う。
ちなみに貴族に手を回されないように、施設を借りる際は何箇所かを同時に借りておくといった小細工も行っている。
そろそろ無償でやり続けるには道楽じみてきたわね。祖国で持っていたドレスや宝石から換金した、私の手持ちのお金はまだまだあるけれど。
そろそろ資金繰りのことも考えていかないと。
そんなことを考えている間に、覗き見相手の会話はヒートアップしてきた。
「なぜだっ!!」
「だから、シーヴェが言ってたんだって。キャロル・フォルケル侯爵令嬢をフルートに誘いたいって」
「くっ……あいつの目は確かだが、あの女を仲間に引き込むなどありえんっ! いくらジークの願いがあろうとも私は……!」
「はいはい落ち着いてよヴィンツ兄さん」
イヴァンによるヴィンツェンツの説得現場を見ている私ですが、彼には本当に嫌われているらしい。
何もしてないのになぁ。
まぁ、殿下が大好きなら推し被りってことになるから仕方ないのか……。
ところで『ジークの願い』とは……。エーギンハルトは『ジークの望み』。シーヴェルトは『面白い方』とか『広い意味』とか言っていた。イヴァンは『ジーク絡み』……。
うーん、全く分からない。
「そもそも、なぜお前があの女の味方をする?」
「僕はただの伝言係。あと、ひとつヴィンツ兄さんにいい話だよ。エミーが、茶会で聞いた彼女のフルートにご執心らしい」
「何だと……」
「ぜひお聞きたい、そうだよ。彼女が出るなら演奏会も見学に行きたいと夫人に言っているらしいし」
「なぜ……! 兄である私が出るというのに、エミーは忘れてしまったのかっ!?」
「ヴィンツ兄さんはエミーを可愛がりすぎなんだよ。引かれてるの理解しなよ」
なるほど、可愛がりすぎて妹からうんざりされているブラコン兄……。ちょっと、ヴィンツェンツのキャラほんとめんどくさいんですけど……。直接話したくない……。
「でも、キャロル嬢が出るなら必然的にヴィンツ兄さんのことも見るんじゃないかな。なんて言ったってヴィンツ兄さんはヴァイオリン担当だし。メロディ同士で近くに立つでしょう?」
「なっ……!」
えーそれはそれで嫌なんですけど……。
ちなみに担当楽器はヴィンツェンツのヴァイロインにエーギンハルトのヴィオラ、イヴァンのチェロにシーヴェルトのヴィオローネ、ディートリヒのピアノである。立ち位置がヴィンツェンツの隣になるのは間違いない。
まぁでも……それくらいで逃げていられないわ!
殿下の影はチラチラしているけど、演奏会に彼は出ないんだもの。遠くにある王族席から見られる当日くらいしか、接点はないでしょう。
それに、このグループでの行動が決まったら……夏休みの間に、私はやりたいことがあった。
そのためには苦手なヴィンツェンツでも、どうにか攻略してみせましょう!
「……分かった、了承しよう」
イヴァンの説得もうまくいったようだ。私は物陰でガッツポーズをしたあと、誰にも見られていないかときょろきょろ辺りを見回した。
ヴィンツェンツとお嬢様の直接対決を書くのが今から楽しみなような憂鬱なような。




