41 公開オーディションと指名システム-2
いつかのデジャヴな会話。
その日の朝、私はなぜか早起きした。三文の得、なんて言葉を思い出しつつ伸びをしていたら、クリスはしっかり早起きにも対応して紅茶を用意してくれる。
カーテンが開かれた部屋はいつもより早い時間とはいえ、すでに明るい。白夜で日の出が3時位なのだ。
「今日はとても良い天気ですし、良い日になりそうです」
にっこり笑顔のクリスに見送られ、私は早めに馬車に乗った。
実は昨日、うっかり私物のフルートを置き去りにして帰ってしまったのだ。別に思い入れのある品というわけではないが、自分の持ち物を置きっぱなしにしたままというのはなんとなく落ち着かない。
「おはよう……ございます」
なんとなくデジャブを感じながら後ろの扉から室内に入った。目の前には突っ伏している緑髪の人、シーヴェルト・ヘンゲン。起きているのは分かっていた。案の定彼は、私の言葉が終わる前に身体を起こしてこちらを見上げる。
「こうして朝に会うの……なんだか懐かしいね、キャロル嬢」
「2ヶ月ほど前でしたでしょうか」
今は知っている。この男が殿下の実質的な護衛であることも。そして、良く眠っているのはブラフであることも。
なのにわざとらしいあくびは堂に入っていて、本当に寝起きのように見える。
「ねぇ、キャロル嬢は演奏会、何の楽器担当だったっけ」
「フルートですけれど……」
突然そんなことを聞かれて驚く。確か彼は ヴィオローネ担当だったか。
殿下を除いた攻略組で去年も組んだとかで、今年もその5人でユニットを組むのは決定事項というのが噂だった。去年はエーギンハルトがいなかったので、そこには当時3年の人がいたとかいう話は、有名なので私も当然のように知っていた。
そしてこのグループというのはメンツ的に、私が知らない乙女ゲームのイベントなんだろうなぁと察することができる。ヴィンツェンツとディートリヒはイトコ同士だが、ディートリヒはこれまで姿を見たことすら稀だ。もちろん去年組んだということなのでそれなりに交流はあるんだろうけれど。
そういえばこの世界はいつから始まっているのか、なんて詮無いことを考えてしまう。私がここで意識を芽生えさせた瞬間か、それともそんなものは全く関係ないのか。卵が先か鶏が先か。答えの出ない問いだ。
「グループ、決まった?」
「いえ……」
「なんだか大変みたいだね、引っ張りだこで」
クス、と笑うシーヴェルトは緑の髪をかきあげる。けだるい仕草が非常にお似合いだ。私の脳内では先程から警笛が鳴り響いている。この展開はまずいのでは。このままだとヒロインイベントに似た何かが私に襲いかかってくる気がした。
そういえば私のルートは何なんだろう。私がヒロインイベントのようなものにエンカウントしまくっているのは流石に自覚している。もし私がヒロインに成り代わってしまっているなら、一体誰が攻略対象なのか。
やっぱり殿下……なんだと思うけど……。でもそれなら、演奏会に参加されない殿下はこの『演奏会イベント』はスルーなんじゃないのかな。まさか今の状態でハーレムエンドなんておこがましいことは言えないし。ああでも、全員がお友達、なトゥルーエンドという可能性もあるか。いやそれもないか。エーギンハルトとヴィンツェンツの好感度がマイナスな自信がある。
ルートのことを考えてもしょうがないことは分かっているが、どうしても考えてしまう。ここが乙女ゲームの世界であるという前提は、私にとって非日常とも言えるこの日々で正気を保っていられる唯一の命綱である。
「積極的な殿方には少々辟易していますの」
「だったら、それを明快に解決する方法があるんだけど、提案に乗る?」
「その提案に乗ったら、他の敵を増やしそうですね」
「はは、キャロル嬢はやっぱり面白いね」
普通の子ならふたつへんじなのに。なんて。見くびったようなことを言ってくる。殿下といいエーギンハルトといいシーヴェルトといい、非常に自分の顔や身分に絶対の自信をお持ちであるようだ。そりゃ乙女ゲームの攻略対象なんだからイケメンで金持ちなのは決定事項ですけどね?
ちなみに他の攻略対象は、そこまで会話をしていないから判定不能だ。
「俺は面白い方につくって言ったでしょ。だから今回も面白い方につこうとおもうんだよね」
「その場合の『面白い方』というのは?」
「もちろんジークだ」
「……なぜ殿下が?」
びっくりした。なぜここで殿下の名前が出る。まさか演奏会イベントにも絡んでくるの?
「まぁ、演奏会は関係ないんだけど。広い意味でね」
全く良く分からない。首を傾げると、面白がるような顔をされた。
シーヴェルトはいつもこうだ。煙に巻いて楽しむような話し方をする。チャラ男キャラはこういうのが多いので、他のゲームでもどうしても好きになれなかった。
「ねぇ知ってた? 俺とフィリーネが付き合ってるの」
「へ……?」
侯爵令嬢らしからぬ間抜けな言葉が出てしまう。私は慌てて取り繕うとしたのだが、ポカンとした顔をばっちり見られてしまったようだ。くは、と笑われてしまった。
「キャロル嬢ってそういう顔もするんだね」
「……あ、髪」
フェチ、と言いかけて口を噤む。そうだ、フィリーネは髪フェチだった。
「ああ、そうだね、フィリーネは君の髪にもご執心だ」
シーヴェルトは肩より少し長いところまで髪を伸ばしている。上位貴族らしくしっかり手入れしているのかツヤツヤだ。フィリーネが好きなのは間違いなかった。
そういえば昨日はフィリーネがやたらと意味深だった。その解答を知って、私は混乱しすぎて真っ白になった頭をどうにか切り替える。
「いったいいつから」
「まぁそんなことはいいじゃない。で、俺はキャロル嬢、君のことに少しばかり詳しい」
彼女の親友だから。という言い振りだった。もしかしなくてもフィリーネはそれとなくシーヴェルトに漏らしたのではないだろうか、演奏会のグループ組で私が困っているとかなんとか。
それが、殿下に伝わって? 殿下が何かを考えた? そしてシーヴェルトが面白い方についた??
全く何もつながらない。頭の中は疑問符だらけだ。
「殿下は、」
「この場合は関係ないね。ジークは演奏会には一切関与してないよ」
「なら、面白い方というのは」
「それは、内緒」
イラッとしたけどどうにか抑え込む。シーヴェルトとの会話にはイライラさせられることは分かっている。だが、殿下が何かを企んでいるならぜひ知っておきたいのだ。私は平穏無事に、この世界を生き抜きたい。殿下の気まぐれなご寵愛を受けてまた国から追放されるような展開は絶対に避けたかった。
「……良く分からないですが、演奏会のグループに誘っていただいたということで良いでしょうか?」
「うん、それで良いよ。俺たちのグループにフルートはいないし、やりたい曲にフルートが必要なんだよね。良かったらどう? 実力はよく知っているから」
器楽の授業で何度かフルートも披露している。ヴァイオリンが1番得意な私だが、演奏会の担当楽器はフルートと決めていた。合奏を前提とするなら、フルートの方が良いかと思ったのだ。ヴァイオリンはどうしてもこだわりが強くて、ソロや少人数向きだと自分で分かっているから。
「……そのご提案、お受けします」
「そう、良かった。……でも」
シーヴェルトは、一筋縄ではいかないチャラ男らしく、不敵に笑った。
「エギンとヴィンツにまだ言っていないんだ。後は任せたよ?」
そんな司令は聞いていません!!!
詳細を聞かないまま提案を受け入れることの愚かさを、私は思い知ったのだった。
シーヴェルトとフィリーネのお付き合いの理由は髪フェチ1択です。




