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40 公開オーディションと指名システム-1

夏休みに入る前に新展開です。

 私が通う王立学園では、8月が丸々夏休みということになっている。この世界は現代日本ほど気候や湿気の差があるわけではなく、ざっくり四季はあれどからっとした暑さや寒さで非常に過ごしやすい。だから夏休みなど必要ないかと思うのだが、おそらくこの国での夏休みは、暑さのための休暇ではない。


 8月といえば、6月から始まった社交シーズンのピークなのだ。

 貴族の学生にとってはダラダラ過ごす長期休暇とはいかない。そのほとんどの生徒は領地ではなく王都にある分邸で過ごし、がっつりと社交に励むのだ。


 休暇中の王立学園からは、夏休みの間に非常に多い課題が与えられる。それは個人だけではなく、複数人で行うグループ課題なるものも存在した。それは自由に組めるものもあれば教師側から指名されるものも、特殊なやり方をするものもある。


 そのうちの一つで重要なものが、器楽の授業の課題だった。


 夏休み明けに行われる行事の一つに、王立学園主催の『演奏会』がある。そこでは2人から10人程度のグループでの発表会が行われる。つまり、そのときに披露する曲を練習しておく、という課題だ。

 その演奏会には家族だけでなく王族や、音楽に力を入れている上位貴族なども招待される。音楽で成り上がりたい庶民に取っては絶好の機会である。

 貴族にとっても社交界で話題になる機会とあって、力を入れている者も多い。


 何より重要なのは誰とグループを組むか、である。この時に上手い者と組むことができれば、実力の底上げをすることが可能である。だが実力が釣り合っていなければ見劣りしてしまうリスクもある。

 そして、過去グループ分けを巡って非常に面倒な争いごとや決闘などが行われたらしい。今も食堂に生々しく残る傷跡は、今や著名な演奏家となった女性を取り合って決闘した結果だとかなんとか。


 それ以来、グループ分けについてはかなり慎重を期して行われているらしい。完全なる抽選であるときもあったが、流石にそれでは不満が続出したらしい。


 現在は公開オーディションと指名システム、という複雑怪奇な方法でグループが決定しているようだ。


 まずは、公開オーディション。7月に入ってからの器楽の授業は全学年が月、水、金の午後に固定され、クラスや学年を問わず演奏を聞く機会が与えられる。担当楽器と、名前、その人が演奏する時間がリスト化されて配布され、生徒たちはそれを見て自分が気になる楽器や人を探し見学に行くのだ。


 たとえば自分がヴァイオリン担当だった場合、その他、ヴィオラやチェロ、コントラバスの人間を探して四重奏をやろうとまず考える。もちろん選ぶ楽器は何でも良い。フルートとふたりでデュエットをしても良いし、室内楽のような形式で、ある程度の人数を選んでも構わない。


 7月3週目に入ると、その1週間は自分が求める人に対して打診をする期間となる。『私はヴァイオリンを担当していて、四重奏をやりたいのであなたを指名したい』と伝えるのだ。

 だがここで注意したいのが、ここでは決定を促すことはできないということだ。この期間は純粋に打診のみが行われる。

 直接言うのがはばかられる身分の場合、教師を通じて伝えることも可能である。その場合はまとめて金曜日の午前中までに伝え、放課後にリストアップされたものが各自に渡るようになっていた。


 そして4週目の月曜日に、指名が行われる。こちらは申請書に自らの名前と、グループになってほしい人を記入し教師に提出する。そして教師がそれを参考にした上で、グループを決定するのだ。


 かなり複雑な手順だが、ほとんどは打診の段階で決まるという。やはりもともと仲の良い者たちでグループを組むことが多く、打診も建前。複数人がぴったりと人選が一致した申請書を提出するのが主とか。そういうものに関してはそのまま申請が通って決定となる。


 ただし、もちろん例外はある。特に身分や容姿、飛び抜けた実力が絡む場合は。


 私は、そんな例外に思いっきり合致してしまったらしい。


 公開オーディションでは、私の時間に溢れんばかりの人で器楽室がいっぱいになり、廊下にまで鈴なりに人がやってきた。

 そして打診期間である今、私は廊下を歩くたびに告白まがいの勧誘を受けているのだ。


「ぼ、僕! 貴女と一緒にデュエットをしたいんですっ!」


 大々的なダンスパーティでもあって、それに誘われているかのような。真っ赤な顔をした男の子たちは、皆して『デュエット』を希望する。そこに下心がないと思う方がおかしい。

 ここでグループになれば夏休み期間に何かにつけて連絡を取り、練習という名の逢瀬を行うことができるからである。


 上位貴族のご子息は、演奏で成り上がる者などほとんどいない。嫡男とならば、更に顕著だ。彼らが探しているのは家格の釣り合う見目麗しいご令嬢で、この機会にツバをつけておこう、という算段が全く隠れていなくてうんざりする。

 殿下からのなんやかんや、というのにもめげないご子息たちは、子爵子息や伯爵子息などの中でも、成り上がりたい気持ちが強すぎる者に多い気がする。

 まるで景品にでもなった気分だ。


 はぁ……いい加減にして欲しい……。


「ありがとうございます。お言葉、覚えておきますね」

「よ、よろしくお願いしますっ!」


 そう言うと去っていく男の子。今のは1年生だったかな。Sクラスでヴィオラを担当していたんだったか? 最初に名乗りと共に伝えられたはずだが、こういうのがしょっちゅうあるので、もう全く思い出せない。


「大人気ねぇ……」

「フィリーネ、逃げたわね……」

「だって、私邪魔者じゃなかった?」


 一緒に廊下を歩いていたはずのフィリーネが戻ってきて、面白そうな笑顔を浮かべている。完全に面白がられていた。そんな彼女はとっくに打診をし合ったとか。下級生に親しい女子生徒がいるとかで、その絡みで去年も同じメンバーなの……なんて言っていた。


 裏切り者め……。私はつい胡乱な瞳でフィリーネを見てしまう。


「フィリーネがいなかったら、私はどうすればいいの……」

「まぁ、今は打診期間で話をするのは自由なんだから、仕方ないじゃない?」

「そうかもしれないけど、こんなんじゃまともに廊下も歩けないわ……」


 人気のない廊下を通っているはずなのに、すぐ声をかけられるのだから。


「今まで魅力的な提案はなかったの?」

「ないわよ、ひとつも。下心ありありの貴族のご子息ばかりよ」

「ご令嬢は遠慮しているのかしらね?」

「そんなわけないじゃない。ただでさえご令嬢には嫌われているっていうのに……」


 殿下といろいろなことがあり、貴族のご令嬢にはとことん嫌われている私なのだ。しかし打診期間に入って、この学園で今1番こういう声をかけられているのは間違いなく私だろう。告白まがいのデュエットの誘いばかりで、悪目立ちしているとも言う。


 それもこれも殿下が……うぅぅ、ずるいわ、殿下は。


「王族は演奏会免除なんてずるい……」

「万が一殿下が参加されたら、打診する貴族が男女問わず詰めかけて、教師がリスト作成で過労死するわよ」

「そうよね……」


 殿下は最高の身分に麗しい容姿、飛び抜けた実力と全てを備えているのだ。そんな彼と組みたい人間などごまんといるし、立っているだけでトラブルになる気しかしない。


「でも、残念ね。殿下とキャリーのデュエット、とっても素敵だったのに」

「これで殿下と組むなんてことになったら、私はこの学園から追放されても不思議じゃないわ……!」


 恐ろしいことを言い出さないで欲しい。私は本気でぶるぶると震えた。社交界では身分が守ってくれるので表立った嫌がらせはないが、学園内ではあからさまに無視とか、されているんだから! 本当に女子の集団って怖いわ……。


「まぁ、キャリーなら大丈夫。きっとなんとかなるわ」

「そうかしら……私は今から不安で仕方ないのよ……」


 私は特にやりたいことはない。まぁせっかくグループを組むのだから、実力ある人と演奏したいという希望くらいはあるけれど。

 なので公開オーディションはかなり真面目に聞きに行った。実力ある人はかなり多く、途中からアイドルのバックバンドにスカウトしたい人を見つけに行く気分になっていたけれど。

 とにかく穏便に、面倒なく乗り切る。そう私は決め込んでいた。夏休みにはアイドル活動をもっと本格化したいと考えていたから、演奏会の練習をしている場合ではないのだ。


 そんな風に自分の考えに囚われていた私は……。

 フィリーネがあっけらかんと笑っているのに理由があるなんて、ちっとも気づかなかったのだ。

殿下とお嬢様のフラグは立たないようです?

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