39 陰謀が渦巻く社交界です-2
※お盆のため更新が空いてしまいまして申し訳ありません。
思わぬ再会があります。
商会の人間が多くやってくる夜会で、私はドリンクを片手に人の顔を見ていた。当然だが知らない人間ばかり。事前に調べておいた大手商会の当主や子息、令嬢の特徴を思い出して、名前と顔を一致させていく。
逆に、見慣れない貴族であるはずの私のことはすでに皆知っているかのような顔つきだった。この国唯一にして絶対的な王太子殿下であるジークフリート殿下に気に入られ、ファーストダンスを踊った侯爵家令嬢。令嬢は珍しい銀髪に青い瞳である。そんな情報と共に、学園での逸話も含めて広まりまくっているようだ。
「これはこれは、フォルケル家のご令嬢では?」
「はじめまして、貴方は、ヘイル商会の……」
「わたくし如きを良くご存知で。ヘイル商会の当主、エンリコ・ヘイルと申します」
大手のぶどう酒商会の若き当主である男は、抜かりない笑顔を浮かべて手を差し伸べた。商会風の挨拶である握手で対応した私は、にっこり笑顔を惜しげもなく浮かべる。
「噂通りお美しいご令嬢ですね」
「まあ、お世辞がお上手ですのね。貴方のところのぶどう酒はとても芳醇で味わい深いと聞いています。父が気に入って手に入れていますわ」
「でしたら、とっておきのものがあるのでご紹介しましょうか、貴女の生まれ年のぶどう酒です。きっとお義父上もお喜びになるかと」
「そうね……そろそろ義父の誕生日が近いの。融通してくださる?」
「貴女の願いとあらば」
気障っぽく手を取られ、指先にキスの真似事をされる。
私はにっこり笑顔を浮かべた後、さりげなく最近の市場の話題を振ってみる。
「この間、学園の友人と噴水広場へ行きましたの。あちらはとても活気があって良いですね」
「あそこはこの国で唯一許可を取らずに店や催しができる場所ですから。ですがお気をつけください。日曜日には淑女を攫う悪魔が出るらしいですよ」
「まあ、人さらいですか? それは物騒ですね」
「いえ、攫うのはご令嬢や御婦人の心ですよ。彼らはとても見目麗しく、聞いたこともないような音楽を奏でるとか」
「音楽ですか、それは興味深いですね。ヘイル様もご興味が?」
「いえいえ、わたくしなどはむしろそんな美男子に嫉妬する立場ですよ。――ここだけの話、妻が夢中でね、嫉妬しているんです」
「ふふ……愛妻家でいらっしゃるのね」
大手商会の当主らしい、スマートな立ち振舞いに合う爽やかな風貌。舌も滑らかだし、さぞかしモテ男なんだろうと思ったら愛妻家とは。ギャップに微笑ましくなりつつ、これじゃ彼らに間接的に出資することになる『小規模劇場』事業にはとても乗り出しそうにない。
最近新しいことを始めたいという噂を聞いて当てにしてたんだけど、残念ね。
会話が途切れたタイミングで自然と離れ、私は次の会話相手を探そうと歩き出した。
そのとき、ふと知っている顔を見た気がして右側を向く。
あら、あの方は……。
やはり知っている顔だった。私は近くにいた給仕に頼んでドリンクを新しいものに変え、そちらへ近づく。
「はじめまして、キャロル・フォルケルと申します。お話してもよろしいですか?」
「ええ、ええ。貴女、怖いもの知らずねぇ」
「えっ?」
その人は、真っ白の杖をついたおばあちゃん。噴水広場でアイドルのライブを見ていた人。私は同好の士に悪い人はいない精神でなんの躊躇いもなく話しかけたのだが、どうやら夜会ルール的にそれはかなり大胆な行動だったらしい。
近くにいた商会当主や子息らしき男性が何人か、驚いたような表情でこちらを見ていた。
「私は偏屈なおばあちゃんだから、こうやって若い子に声をかけられるなんてほとんどないんですよ」
「……ご迷惑でしたか?」
「とんでもないわ。ひとりでとても退屈していたの。孫に連れて来られたんだけど、あの子ったら商談だ何だって私のことなんて置いてきぼりなのよ」
そこでふと思い出したように、彼女は名乗った。
「申し遅れてごめんなさいね、私はアンネッテ。アンネッテ・グロックと言います」
「よろしくお願いします、グロック様……」
ん、待って?
グロック、グロックって……ええっ!?
「グロック商会の……」
「まあ、私の商会をご存知?」
「それはもう……」
とてつもなく有名ですから。
グロック商会といえば、化粧品から美容品までを扱う、女性のための商会。美容商会の中でも最大手で、中世ヨーロッパにありがちな鉛や水銀の毒性にいち早く気づいて王族に進言した優良商会でもある。
現在は植物などを使った安全なものを開発し、女性の美に一役買っているのだ。非常に高級だが大人気で、貴族はもちろん、商会の令嬢や夫人も大枚をはたいて購入しているとか。
「グロック商会の化粧品や美容品はとても品質が高くて有名だと聞き及んでおりますわ」
「まあ、ほほ。貴女こそ、とても有名じゃない」
殿下のご寵愛を受けているとか。そんな微妙な評価は嬉しくもなんともない。
ただ、たまたま同級生で、テストの点数で一目置かれているだけ。あの完全無欠な王子様は、気まぐれで毛色の違う女性をからかっているだけなのだ。
そんなことよりも私は、確立した足場が欲しい。
婚約破棄されたくらいで、国から追い出されるような虚ろな立場のままではいたくなかった。
それはきっと、私の心の中にずっと巣食っている闇だ。
アイドルを育てるのは、この国で成り上がるためではない。この国にしっかりとした足場を確立して、ひとりでもやっていけるようになりたいのだ。もう、誰に裏切られても理不尽に屈したりしないように。
「ねえ、貴女。私さっきから考えているのだけど。――貴女とどこかで会ったかしら?」
「どうでしょう? 6月にデビューしてから、いろいろな夜会に顔を出させていただきましたから」
「そうよねぇ、きっとどこかで会っているんだわ。だからなんだか……懐かしいような気持ちになるのね」
「ええ、きっと」
噴水広場で会ったときの変装は完璧だったはずなんだけど、声は繕っていなかった。そのせいかと内心でヒヤヒヤしつつも、表には出さないよう気をつける。
それより、彼女がもし『小規模劇場』の案に乗ってくれたら……。ああ、でもそうなったとき、彼女にパトロンになりたいと言われたら断りきれなくなるかもしれない。そうしたらアイドル達が取られてしまうかも。
そんな人じゃないとは思いたいけど、でも……。
グロック商会は女性のための商会。さらに最大手。ここが後ろについてくれたらそこら辺の貴族夫人ではとても太刀打ちできない。非常に魅力ある商会だと言える。宣伝の面でも、貴族女性に話を通しやすくなるかもしれない。
でも、1人でこの人と、立ち向かえるのかな……。
グロック商会の当主はとっくに代替わりしているが、顧問職となった夫人が商品開発について実質の実権を握っているというのは有名な話だ。未亡人である彼女は「ひとりで退屈だから」と商会に積極的に顔出ししている。
「それより貴女、ご存知? 噴水広場のこと」
「先ほど、淑女の心を攫う悪魔が出ると聞きましたわ」
「まあ、それは言い得て妙ね」
彼女はころころと楽しそうに笑って、あれから何度か目撃したアイドルについて楽しそうに話してくれた。私は彼女を一度見かけているが、場所が離れていたしウイッグの色も違ったので話しかけはしなかった。だが彼女の言いぶりだと、何度か足を運んだようだ。
「この間ね、ご令嬢に声をかけられたのよ。存在感はとても薄いけど、瞳が輝いている子。その子が次の公演の場所を知っているんですって」
『ファンの集い』にも顔を出すようになったのか。そうなると余計に、彼女は『ファン側』の人間となった。そうなると、ビジネスで相手をするのは難しい。
すごく条件は良いのに。でも、ファンを仕事相手にするのは……。
前世で見目が良い同級生が、ネットに演奏動画をアップして話題になり、アイドルのようになったと聞く。それからスポンサー志望の声がかかった。彼女の動画がきっかけになったとか。
彼女はそのうちの一つを受けたが、結局すぐに解消した。身体を求められたと聞いている。噂だし、本当かどうかはわからない。
でも、愛は時に理性をゆるがす。
純粋に技術だけで見てもらえない可能性が高くなる。
とても残念だと私は考えながら、彼女と会話を続けた。
ファンとビジネス、難しいですね
お嬢様は婚約破棄からの追放が結構なトラウマです。




