37 夜会攻略しましょうか-4
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ファーストダンスです。
面白がる視線半分、嫉妬と憎悪の視線三分のニ、残りは我関せずと判断できない……ってところかしら。
殿下にエスコートされ、広間中央に立ったばかりの私に向けられる視線の種類を分析してみる。憎悪は適齢期のご令嬢と、その親ってところ。あとはフォルケル家とあまり仲良くないところもかな。
最近、アイドルのことくらいしか主だった噂がなかったものね。派手な不倫や婚約破棄なんかのセンセーショナルなのもなかったし。これから体良くやり玉にあげられるんだろうなぁ……。
憂鬱な気分で殿下と向き合っていたら、頭の上でふふっと笑い声が聞こえた。一体いつの間にこんなに近くへ。
「殿下……」
「ジークって呼んでくださいね」
「お断りします」
「ではその呼び方は改めてください。以前も言いましたが、私たちはクラスメイトでしょう?」
「ジークフリート様……」
良くできました、と言わんばかりに手と腰を取られるタイミングで前髪に唇が寄せられた気がして、私は固まる。触れてはいなかったようだが、かなりギリギリの位置まで近づいていた。遠くからは髪にキスしているようにも見えただろう。
案の定、悲鳴のようなざわめきがそこかしこで聞こえた。
あ、あんまりあからさまなのは止めて欲しい……!
「ジークフリート様、あまり近づかないでください……」
「ダンスを踊るのに?」
「それにしても近すぎます! 私たちは未婚です、弁えないと……」
「ほら、始まりますよ」
私たちの準備が整ったと判断されたのか、指揮者が指揮棒を持ち上げていた。私は切り替え、耳慣れたワルツの旋律に合わせて自然と足を滑らせた。練習のために何度も聞いた曲。考えずとも身体は勝手に動く。
流れたワルツはこの国に古くから伝わるもので、作曲者も分からないほど歴史あるものだ。デビュタントを歓迎する意味で使われるその曲は、大事な場面では非常によく流れる。誕生日会だったり、結婚式だったり。
私がそれを思い出してなんとも言えない気持ちになっていると、殿下はぐっと腰に添えている手に力を込めてきた。まるで、集中していない私を咎めるかのように。
……と、思ったら。
「私が支えますから、貴女には自由に舞っていただきたい」
そんなこと、今言うのはずるいわ!
器楽の授業で一緒にヴァイオリンを奏でたとき、その言葉を聞いた。あのとき『いつか貴女とも踊ってみたい』と言われて、まだたった一ヶ月。
あのとき、殿下は知っていたのかしら? 手続きは義母に任せていたので、私がデビューすることを王城に伝えたのがいつかはハッキリとは知らなかった。
でも、私があのとき言った言葉に嘘はない。
『夜会でお会いした際は、ぜひ』と言ったことは本心からだった。
「……ジークフリート様に支えていただくなんて、とても光栄ですわ」
だから、あの日の再現のような言葉を伝えた。殿下の目を見据えて、はっきりとした言葉で。上の方にある彼の目は、驚いたように少し開いた。
でもそれは、すぐに柔和に細められる。嬉しそうな笑みにドキドキした。
「実現して嬉しいですよ」
そんなことを、そんな嬉しそうな声で言わないで欲しい。
腰が抜けそうなほどの蕩けた声は、私にしか聞こえないほど小さい。なのに、耳にこびりついたように聞こえて、全然離れてくれなかった。
「そう……ですか」
「ですが……もしお役目がなくとも、きっと私は今日、貴女へダンスを申し込んでいたでしょう。跪いて、乞うように」
あああれは、二度とやらないでください!!!
廊下で会話したときに跪いて手の甲にキスされたときのことを芋づる式に思い出して、私は挙動不審になってステップをミスする。ふ、不覚……。
「おっと――ふふ、貴女も動揺してミスをするんですね」
「ジークフリート様のせいですっ」
慌てる前に、あっという間にリカバリーされた。ドレスの中の出来事なので、きっと観客には見つからなかっただろう。殿下は非常にダンスがお上手である。
危ない危ない。粗相なんてしたら、今後ダンス下手の烙印とか押されかねない。
キャロラインがしっかりレッスンしていたからか、私も特訓せずとも上手なダンスを踊ることができていた。もちろんこの国のダンスを覚えるために練習も怠っていなかった。それに、毎日のようにアイドルダンスの練習もしているから、魅せる動きは習得済みだ。
私たちのダンスは非常に絵になっているようで、嫉妬と憎悪の視線はやや薄れ、あっけに取られたようなものや更に面白がるようなものが増えた気がする。面白がっているのは夫人が多いかしら。
ああ今まさに、お茶会での絶好の話題を自ら提供してしまっているわ……。
殿下は食い入るような視線にも動じず非常に余裕のご様子である。王子様スマイルを唇に浮かべたまま、世間話なんかしはじめた。
「そういえば、休み明けは6月の実力テストですね」
「ええ、そうでしたね」
「楽しみですよ。貴女の視線を独り占めできる貴重な日です」
つい殿下の背中や項を見ていたことを思い出して項が熱くなる。あの時の甘く叱るような流し目は今でも脳裏に蘇る。
ひっじょうに、エロかったのよ……。
羞恥に血が巡りすぎて、目眩がしそうだ。さっきからの密着ダンスで殿下の体温もなんだか伝わってくるし。
腰はコルセットで防げると思ったのに、なんだかちょっと下の方に降りてきている気がして……。
コルセットの終わり部分って、もうほとんどお尻なのよ!? これ以上手が下に降りたら完全にセクハラだって言ってやりたい。
セクハラってこの国ではなんて言うのかしらっ!?
「次も手加減はしないでくださいね? キャロル嬢」
「もちろん。ジークフリート様もケアレスミスにはお気をつけくださいね」
「あれはわざとですから、もうしませんよ」
「え……?」
多分殿下にとって1番仲が良く、腹心であろうエーギンハルトが『ケアレスミスが多い』と言っていたのに? 彼の認識違いをわざと指摘しないでいた? それとも、エーギンハルトがそう信じるほど幼い頃からずっと?
「あまりに完璧だと、畏れられるものですから。適度に手は抜かないと」
完璧な自覚がおありな、不敵な王子様。いい意味で自信満々で、かつ意地の悪いところは素の性格なのかもしれない。にやりと浮かべる笑みは、堂に入っている。
ぞくり、と背筋が震えた。彼の手に伝わってしまっただろうかと不安になる。
私はすっかり動揺していた。
「エーギンハルト様も知らないようなことを、どうして私に言ったんですか?」
「きちんと言っておかないと、貴女は油断するかもしれないでしょう?」
「しません」
「だったら、私のことをもっと知ってほしかったからです」
だったらって何! と思いつつも、私はその殿下の言葉にすっかり骨抜きにされてしまった。イトコで、子供の頃から常に傍に置いている者すら知らない秘密を告げるなんて。
まるで、信用していると言われたような気がした。あの男よりも傍に置かれた気がした。
「ずるいです、ジークフリート様……」
そんなことを言われてしまったら、完璧な殿下に近づきたいと思ってしまう。絶対に殿下と肩を並べ続けたいと思ってしまう。
――好きだ、って思ってしまう。
今まで『推し』なんて言ってかけていた強固なフィルターが取れ、生身の彼が私の心に入ってきてしまう。まだ恋もろくに知らないキャロラインや私に、その感情は甘ったるくも痛かった。
こんなの、だめ。私じゃなくなっちゃう。
「キャロル嬢?」
「……何でもありません」
私は取り繕った。侯爵令嬢の笑みを浮かべて、この場を切り抜けると決めた。
ここ、夜会は私にとって戦いの場なのだ。甘い想いにうつつを抜かしている場合じゃない。
それに、あんな甘い蜜みたいな感情に身を浸していたら、私は溺れてしまいそう。何も手につかなくなりそうで、それが怖かった。
そんなことを考えている間に曲は終わりを告げる。しんとした広間の中央で、私達はゆっくりと足を止めて見つめ合った。
「また、踊ってくれますか?」
「ジークフリート様が望まれるならば、いつだって」
片眉を上げた殿下は面白がるような表情だった。調子に乗るよ? と視線が雄弁に語っている。意地悪な彼を調子に乗せてしまう言葉かもしれないと一瞬後悔したけれど、それはすぐ霧散した。
少しでも、殿下が驚けばいい。意趣返しのようなそれはうまく行ったようで、私はゆったりと口元に笑みをたたえた。
手を伸ばしたくなるようなその笑みとは裏腹に、密着していた身体を一歩下がって離した。スカートを持ち、頭を下げる。
「ジークフリート殿下、僥倖な時間でしたわ。私、キャロル・フォルケルはこの場を持って貴族の仲間入りができたこと、光栄に思います」
瞬間、拍手が鳴り響いた。複雑な気持ちはありつつも、それは概ね好意的な音をしていた。
お嬢様が自覚しました。攻略するはずが攻略されるお嬢様……。




