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36 夜会攻略しましょうか-3

ファーストダンス前哨戦です

 ファンファーレの間に、広間にいた全員が頭を下げた。そして近衛兵団長に先導され陛下、王妃、そしてジークフリート殿下が王族専用の扉から入場される。


「皆の者、面を上げよ」


 麗しいアルトボイスである陛下の言葉に顔を上げ、王座の前に立つ彼らを私は仰ぎ見る。


 うわ~、すごい。王族って感じ……。


 陛下はイケオジで、王妃は絶世の美人、そしてジークフリート殿下は顔も礼装も本当に素晴らしいの一言だった。

 黒のジュストコールとジレは輝く金色の精緻な刺繍が描かれている。ビロードの黒は殿下の髪のように濡れて見え、まるで野生の黒豹のような、しなやかな色気を醸し出していた。そして自信に満ちた相貌が、彼を王太子たらしめている。


 ついぼーっと見上げてしまって、ハッとして頬を赤らめる。いけない、と思うけれど、きっと年頃の令嬢はみんな同じことをしていたと断言できるわ!


「――今年もこうして何事もなくシーズンを迎えることとなった。今宵は存分に楽しんで欲しい」


 宰相の挨拶に続いて陛下の夜会開始のお言葉があり、すぐダンスが始まった。

 1曲目は陛下と王妃が仲睦まじく中央へ出、踊り始める。ジークフリート殿下とほぼ同じくらいに身長がある陛下と、陛下の鼻頭ほどに視線が来る王妃が密着する姿は非常に絵になる。

 この国での流行の最先端とも言える王妃のドレスは、トレーンが長めに取られた非常に動きにくそうなものだったけれど、陛下のサポートがよほど上手なのかヒールを引っ掛ける無様な様子など一切見当たらなかった。


 へぇ……陛下とも踊ってみたかったなぁ。


 刻一刻と殿下とのファーストダンスが迫る中、緊張で胸が痛い私は陛下と王妃のダンスに没頭するふりをした。だが私は広間の中央を見ているはずなのに、左側遠くにある王座の方が気になってしょうがない。


 何でかって、ジークフリート殿下がこっちを見ている気がするからよ!


 このダンスが終わればすぐデビュタントの名前が発表され、そしてファーストダンスという名のお披露目タイムとなってしまう。今日のデビュタントが何人かは分からないが、身分が上の順で踊ることになるのでトップバッターが私になることは容易に想像できる。


 殿下と……推しの殿下とファーストダンス……。

 以前なら飛び上がって喜んだだろうに……いや、今だって正直ときめいてはいる。だが、周りのいろいろとか、殿下の一筋縄ではいかない感じとか、そういうことを総合的に判断すると……。


 厄介。


 その一言に尽きた。ため息出る……。


「キャリー、どうかした? 顔が真っ青よ」


 ぽそり、と耳元で声が聞こえた。ちらりと視線だけで見るとそこにいたのはフィリーネで、私の様子がおかしいと気づいたのか心配してくれているらしい。


「ファーストダンスがね、憂鬱で……」

「ええ、どうして? 陛下はとってもダンスがお上手よ? 私、緊張し過ぎでうっかり足を踏んづけかけたけど、さり気なくフォローしてくださったの」


 とても楽しい経験だった、と笑うフィリーネが羨ましくなる。私だってイケオジな陛下相手ならこのドキドキはもっと軽やかなはずだ。

 緊張するけど、優しくリードしてくれそうっ! 大人の魅力! とか言ってたと思う。


「違うのよ、フィリーネ。私は呪われているとしか思えない……」

「えっ、どういうこと……」

「フォルケル侯爵令嬢」


 げ、この声はエーギンハルト! イヤだったが渋々声がする方を向けば、赤髪に濃紺のジュストコールが非常に目立つ、王太子殿下の側近候補が腕組みして立っていた。


「エーギンハルト様……」

「こちらへ来てもらおうか」

「……はい」


 フィリーネは一歩下がってしまうし、蛇に睨まれた蛙のごとき状況でもう逃げられない。ファーストダンスがすぐだからか、殿下のイトコ直々にお出迎えらしい。

 もしかして逃げないようにですか、と聞きたくなる私は今完全にひねくれてしまっている。


「こんなに奥にいては、ジークが迎えに行くのに時間がかかりすぎる」

「申し訳ありません」


 実際はこんなものだ。はいはい、殿下のおみ足を煩わせるなんて不敬ですね!


 さっさと背を向けるエーギンハルトを追いかける。ちょっと、足速い! こっちは足元が悪いドレスなんだから気を使って欲しい……。

 必死に追いかけていると、ほんの少しだけ歩調が緩んだ気がする。と思ったら彼は一瞬立ち止まった。


「不服そうだな」

「どうしてこんな展開になっているのか非常に疑問です」

「そんなことは私もだ」


 憮然としたエーギンハルトの表情に少しだけ胸がすく思いになるが、そんな気分になったところで殿下の思う壺ではないだろうか。再びエーギンハルトは歩き出して、私はまた背中を追った。


 どうせこの展開も、殿下がアレコレ画策したに違いない。


 ああ、私ってばまたひねくれてる。でもね、この何度も回転するジェットコースターのような展開に、私はすっかり辟易しているのだ。


 ヒロインでもないのに! どうして私と殿下のフラグがここまで乱立してるのぉ!


「だが、ひとつ言っておくとジークがファーストダンスの役目を留学後より開始するという話は、あの国へ行く前から決まっていたことだ」

「……そうなんですの」

「たまたま偶然、この国へやってくることになったキャロル嬢がすでに17歳で、早々にデビューせねば貴族の仲間入りができないという事情は理解できる。そしてデビューが社交シーズン始まりの夜会になることはセオリー通りだ」


 でも何でよりによってこのパーフェクトなタイミングで、と言いたいんですね。エーギンハルト様。分かる、とっても分かる……。ああ、胃が痛い。


「それに、下手に家柄の悪い男爵令嬢などと初のお役目となるよりは、歴史あるフォルケル家の義理とはいえ令嬢である貴女が選ばれたことは非常に無難だ」


 無難ときた。たしかにあまりに身分差があると晴れやかなお役目デビューに釣り合わないと……。殿下のご寵愛が願えそうな上位貴族は、婚活市場に乗るために16歳の誕生日で早々にデビューしてるか、まだデビューの年齢に達さないかどちらかで適役がいなかったのだろう。


 しかしこのエーギンハルトの持って回った言い回し……。


「……結局、エーギンハルト様はこの展開をお喜びであると?」

「そう聞こえたなら、貴女はかなり耳が悪いな」


 ぴしゃりと言われてむっとした気分になる。ならどう答えれば正解だったのか。

 エーギンハルトは最後まで機嫌が悪かったが、一応案内役を途中放棄するようなことはなかった。周りに誤解を招かないようにか一度も手に触れることすらない。


 そして、エーギンハルトが立ち止まったところで私も足を止める。玉座に近すぎず遠すぎず、非常に無難な位置取り。


 玉座は幅のある5段の階段の上にあって、私の目線がちょうど殿下の腹部辺りになる。ちらりと見ると、教室の前後くらいの距離にいる殿下とばっちり目が合ってしまった。


 あぁ、やっぱり好きなお顔だなぁ……麗しすぎる……。


 どれだけ意地悪なことをされても、理不尽な展開になっても、やっぱり殿下のお顔がめちゃくちゃ好みなことにかわりはない。ついきゅんきゅんしてしまう胸元を押さえそうになるが、すんでのところでこらえて両の握り拳を重ねて覆い隠した。


 そうしている間に拍手が起こる。陛下と王妃のダンスが終わってしまったようだ。彼らが玉座に戻ると、この国の宰相であるビエラー侯爵が今日デビュタントする子息と令嬢の名前を読み上げた。

 時期が悪いのか、今日のデビュタントは子爵子息と男爵子息、そして侯爵令嬢である私のみだった。


 続いて、ファーストダンスの役目に本日より殿下が加わられることが厳かに発表される。


 瞬間、悲鳴のようなざわめきが広間を覆った。主に同世代のご令嬢だろう。

 彼女らは瞬時に理解したのだ。出自も分からないぽっと出の侯爵令嬢が、殿下の初めてのお役目の相手役になると。


 殿下は宰相の言葉が終わってから一拍置いて、何の気負いもなく階段を降りてくる。そして、まっすぐ私の元へやってきた。すぐに手がこちらに差し出される。

 殿下の大きな手をついじっと見つめ、そしてそろりと彼の顔を見上げた。


「キャロル嬢。貴女のファーストダンスの相手役という、栄誉ある役目を携われてとても光栄に思います」


 それはこっちの台詞です。喉元まで出かかった声をぐっと飲み込み、私はその手をそっと取った。

 楚々として優雅な動きに、ほうっと感嘆のため息が溢れた、気がする。


 触れた殿下にしか分からないほど微かに指先が震えているのは、武者震いってやつよ! きっと!

次はついにファーストダンス!

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