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35 夜会攻略しましょうか-2

夜会で人脈を広げていきます。

 すでに広間は大勢の人で賑わっていた。

 義父にエスコートされて会場へ入った私は、不躾なほどのたくさんの視線をその身に受ける。


 うう、すごいプレッシャーね……。


 デビュタントは新参者としてもともと注目される。私はそれ以上に、これまで姿も見せなかった侯爵家の令嬢であること、そして学園では殿下から目をかけられていることも噂に上っているのだろう。必要以上に見られている気がする。


 どうせなら、美しい娘だ……みたいな好意的な視線に晒されたかったなぁ。


 そういう目もあるはあるが、それよりもどんな者なのかと訝しむような視線のほうが多いように思えた。ちょっと萎縮して、足が止まりそうになるが表に出さないよう平静を装う。


「キャリー、あちらへ行こうか。私の友人を紹介しよう」


 義父に連れられて向かったのは伯爵家当主を中心とした面々。義父の同級生や同年代の者が多いせいか、かなり友好的に出迎えられる。


「彼女がキャロル、私たちの義娘だ」

「はじめましてご令嬢、ハロルドとは古くからの友人なんだ」

「初めてお目にかかります。キャロルと申します」

「なんとなんと! 美しいご令嬢だ」

「お褒めに預かり光栄です」


 その場にいる何人もに丁寧に頭を下げ、輪に入れてもらう。彼らは分を弁えているので、いきなり義娘などと紹介されても、不躾に理由や出自を聞いてくる者はいなかった。

 彼らは私を気遣ってくれて、学園での話などを聞きたがる。


「あの食堂はまだ変わっておらんかね?」

「柱に大きな傷があるのですが……あれは昔起こった決闘によるものだと聞いたことがありますわ」

「ああ、懐かしいな! それは我々の世代についたものさ。名誉を賭けて決闘した者たちがいてね」

「そうだそうだ、そのときに飛んでいった剣が柱を傷つけたのだ!」

「ふふ、なるほど。あえて残しているんですね」


 口も良く回る伯爵家当主がそんな風に過去を語るのを楽しく聞く。彼らはそれぞれ手にぶどう酒や果実酒を持っていた。私もやってきた給仕から果実のジュースを取って口にする。

 この国ではお酒は夜会デビュー後より解禁となるが、私はデビュタントということもあり今日飲む予定はなかった。


 楽しい会話は尽きなかったが、次第に彼らは仕事の話にシフトしていった。タイミングを見計らい、私は義母と共にその場を辞す。


「またぜひ語らおう」

「ええ、ぜひ」


 そんな声が口々に飛んできて嬉しかった。

 義母とふたりきりになり、広間の奥へ進んでいく。


「キャリー、お友達は来ているの?」

「はい、学園の友人が来ているはずです……が、見当たらないですね」

「そう。私はこれからアルマのところへ行くから、貴女もいらっしゃい」

「はい、お義母様」


 アルマとはビエラー侯爵夫人の名である。上位貴族夫人である彼女に夜会で挨拶をする、という行為はとても重要なので、義母がついててくれるのはありがたい。

 義母に聞かれたのは友人フィリーネのことで、彼女ももちろんこの夜会に出席すると聞いている。だが、人混みに紛れているのか全く見つけられなかった。


 またあとで見かけたは話しかけようと決め、義母についていく。ビエラー侯爵夫人はとても美しい夫人で目立つので、すぐに見つけることができた。

 お茶会では何度も顔を合わせているので、私はリラックスして挨拶を交わす。


「まぁまぁ美しいわね、キャロルさん」

「お褒めいただき恐縮ですわ、アルマ様」

「銀の髪が美しい絹糸でできた芸術品のようよ。ドレスの刺繍も見事だわ」

「お義母様が手配してくださったんです」

「カロリーナ、これはベック商会のドレスかしら?」

「ええ、よく分かったわね。ふふ、無理を言って頼んでしまったわ。大事な義娘キャロルの記念すべきデビュタントですもの」


 ベック商会とはこの国でも国外でもかなり有名な商会だ。紡績から織物を主とし、ドレスの仕立てまで全てを請け負ってくれる。流行を作るとも言われるベック商会の絹地やデザインは非常に人気で、なかなか注文することができない。

 義母は侯爵家のコネでも使ったのか、かなり強引に予定をねじ込んだようだ。


 準備期間は二ヶ月ほどでしょうに、さすがお義母様だわ……。


 そうして話しているとビエラー侯爵夫人のご友人である伯爵夫人たちが集まってきたので、私は話をしつつもちらちらと辺りを見回し、友人を探す。


 フィリーネ、どこにいるのかしら……あ、発見!


 彼女は私が見たことがない、年上の友人たちと話しているようだった。話が途切れたタイミングで自然にその場を辞し、私はそちらへ向かうことにする。ドレスや髪を見せてと言われていたし、私自身も同世代の貴族との輪を広げておきたい。


「フィリーネ、良い夜ね」

「キャリー! ああ、さすがの美しさね。それに今日の髪型、とっても良いわ!」

「まあ、ありがとう」


 髪フェチのフィリーネはうっとりとした目で結い上げた私の髪を見上げていた。後ろに纏めつつ、ウェーブがかかった髪を後れ毛として垂らす。サイドも少し出していて、歩くたびにふわりと揺れる様は人の目を引いているようだ。


「さすがキャリー……月の女神の化身のような美しい髪……」

「フィリーネ、そろそろ紹介してくださる?」

「ああ、ごめんなさい、ベアーテお姉様。キャリー、紹介するわね。彼女は私のイトコでベアーテ・ゲッツェ。2つ年上よ」

「はじめまして、ベアーテ様。私はキャロル・フォルケルと申します」

「フォルケル侯爵家のご令嬢ね。フィリーネ共々、よろしくお願いしますね」


 他の方ともにこやかに挨拶を交わす。このグループはフィリーネのイトコを中心にした輪らしく、2つ年上のお姉さま方がメインらしい。伯爵家や子爵家のご令嬢や夫人となった方々で、私はこの辺りの年齢の方とはぜひ仲良くしておきたいと積極的に会話を交わしていた。

 会話の内容といえばやはり私のドレスについてで、デビュタントということもあるからかとても褒めてくれて気分がいい。


「あ、キャリー。あの辺り、気をつけてね」


 会話が途切れた瞬間、ふとフィリーネに言われて目を向けると、うちのクラスの男爵令嬢のグループがこちらをちらちら見ていた。彼女らの私への印象はとっても悪いので、現在でもほとんど会話らしい会話はない。その輪の中にはリーナの姿もあったが、彼女はやはりこちらを見てはいなかった。


「それより、あなたの後ろ側にヴェロニカ・ダブロフスキー侯爵令嬢がいらっしゃるわよ」


 銀髪の悪役令嬢。同じ銀髪だからか伯爵令嬢が口に出してきた。要注意人物として警告するような口調だ。


「ああ、彼女が……」


 ちらっと肩越しに見てみると、彼女は同い年くらいの男性数人となにか会話をしているようだったが、あまりいい雰囲気には見えなかった。彼女が一方的に怒っているような顔で、周りの男性陣は困った顔でそれを宥めているような。


「相変わらず姦しい方」


 伯爵令嬢は口元を扇子で隠し、目では笑っていたが口元は笑っていないんだろうと察した。


「ああ、彼女。ああしていつも男性を侍らしているわよね。ああいう無節操なのを隠しもしないところ、評判があまり良くないわ」

「そうなんですね……」

「貴女も気をつけてね、キャロルさん」

「はい。ご忠告ありがとうございます」


 ベアーテも口を挟んできた。ヴェロニカは社交界でも悪い意味で有名らしい。もちろん学園でもいい噂は聞かないが、私がAクラスに見にいった時は1人でいたので、ああして男子を侍らせているのは意外だった。


 あれから私自身忙しくてリサーチできていなかったけれど、Aクラスで取り巻きを見つけたのかしら?


 そんなことをぼんやり考えつつ顔を前に戻し、脳裏に残る彼女の派手な顔つきに合う悪役っぽい笑顔を反芻していた。


「同じ銀色の髪でもキャリーとは全然違うわね。彼女の髪は結局触れなかったけど、キャリーの髪質とは見た目だけでも全然潤いというものが違うわ!」

「ふふ、ありがとうフィリーネ」


 親友の欲目かもしれないそんな会話にちょっと照れていたら、喉が乾いてきた。私は輪を外れてドリンクを取りに行く。

 給仕が銀のプレートに乗せたドリンクはカラフルで、つい悩んでしまう。


 オレンジにするか、リンゴにするか……うーん、あまり飲みすぎるとコルセットがやばいし……。


「どこの出自とも分からない女が侯爵令嬢ですって」


 そんな声がふと聞こえた。冷静にドリンクを取ってちらっと視線を動かしたが私の周りにすでに人はいない。言われた内容からこちらに向かって言っているのは明白だった。しかし、いかんせん人が多くざわついているので誰が言ったか分からない。


 そっか、義父の愛人の子供とかいう風に思われてる可能性もあるんだ。


 私自身の出自に関して、これまで明確に言及されたことがなかった。だがそれは単純にそういう人と会わなかっただけなのだと遅まきながら気づく。

 お茶会では義母の仲の良い方々としか会ったことがなかったから、そういう悪意には晒されなかったのだろう。


 でも、これからはそうはいかないようだ。


 私の出自は問題あるものではない。隣国の公爵令嬢なのだ。だが、それが明るみに出ることは、イコール祖国での醜聞が伝わるということになる。

 厄介だなと思った。だが、同時に、それが何だとも思った。


 この国は実力主義。まだまだ貴族の力は大きいけれど、それ以上のことをなせば悪い過去なんて蹴散らすことができるわ。


 私は今まで以上に気合を入れてがんばらないとと、改めて心を決めた。


 そのとき、王族の入場を伝えるファンファーレが、高らかに鳴り響いた。

言葉の意地悪は夜会ではお約束ですね。

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