34 夜会攻略しましょうか-1
夜会デビューです!
「うぅ~痛い痛いっ!!」
「お嬢様、もう少し我慢してくださいませ!」
「もう無理よぉ~っ!」
柱に抱きついて、私はうめき声を上げる。
ダメダメ、これ以上締められたら内臓が出ちゃ、ああっ!
「クリス、それ以上はダメっ! ご飯食べらんないっ!」
「お嬢様、夜会で食事などできると思ってはいけません」
「うぅぅ……」
今日はついに夜会デビューの日である。6月初日は土曜日。大きな夜会というのは土曜の夜に行われることが多い。まぁ、社交界シーズンはほぼ毎日どこかしらで夜会が行われているが。
6月早々に行われる王族主催のパーティはシーズン開始の合図でもある。それは盛大に行われるし、ほとんどの貴族が招待されるため重要な夜会だった。
そんなことを考えるのは、今は完全に現実逃避だった。
白いドレスを身に纏う前の苦しい儀式。コルセットという枷に腰を限界まで引き絞られる。
悪役令嬢らしい体型を持つ私。それなりに細い方だと思っていたのだけど。
コルセットはそんなこと気にしてはくれず、無慈悲なほどのくびれが完成する。
「はぁ、はあっ……」
「ほらお嬢様、ドレスを」
「うん……」
言われるがまま、白いドレスを身につける。胸元に銀の糸で細やかな薔薇が刺繍され、腰には控えめなリボン。襟ぐりは丸く、スカートはふわりと広がっている。
うなじを出すように纏めた髪やメイクはすでに済んでいる。クリスの手でサファイアと銀のアクセサリを身につけ、完成となった。
「――お嬢様、お美しいです……!」
「ありがとう……」
クリスは感激したように言ってくれるが、私としてはあれだけ苦しめておいて何を……という気分である。ちなみにクリスは女装男子だが、私は子供の頃からの付き合いである彼の前で着替えることに一切の抵抗がない。今更、というやつである。
それに、クリスなら1人でコルセット締めてくれるけど、他のメイドに頼むと数人がかりでよってたかってやられるのだもの……。
その間の過剰すぎる賛辞や、姦しい会話、合わないコルセットの締め具合などなど、何かと気苦労があって面倒だった。できれば私のコルセットを締める権利は一生クリスに与えてあげたい。きっと本人は感極まって喜ぶだろう。
「お嬢様もようやく正式に夜会デビューとなりますね。おめでとうございます」
「ありがとう、クリス」
祖国で夜会デビューという名の卒業パーティ直前にあんなことがあり、結局私はデビューすることなくこの国へとやってきた。クリスはきっとあの時悔しかったのだろう。今はようやく苦労が報われるというような達成感のある表情をしていた。
はぁ、それにしても白いドレス……か。
毎日学び舎で顔を見ている同級生たちは、16歳の誕生日でとっくにデビュー済みのはずだ。殿下と同い年という、子孫をつなぐのが大事な貴族の世界で有利な立場。夜会デビューしないと婚活市場に入ったことにはならないから。
だから私は新参者の上に、遅れてデビューするせいで殿下とファーストダンスを踊るという、後からやってきて美味しいところだけ持っていく、というような状態なのだ。ファーストダンスを踊った後のご令嬢たちの反応が怖すぎる。
そこのところは、かなり憂鬱だわ……。
ため息を噛み殺しているとノックの音がし、私は応えを返す。現れたのは義母だ。
「まぁまぁキャリー、とても似合っていてよ」
「ありがとうございます、お義母様」
「ハロルドもお待ちかねよ」
「まぁ」
私室で待機しているのだろう義父は、そわそわしているらしい。ふふ、と笑みを浮かべて私は義母と共に部屋を出る。
「いってらっしゃいませ、お嬢様」
恭しく頭を下げるクリスに見送られて。
***
「キャリー、本当に美しい」
「お義父様ったら、それ何度目ですか?」
「何度だって言いたいよ」
義父の過剰な賛辞に苦笑いをしながら、私は王城の広間への道を歩いていた。義父と合流して3人で馬車に乗って王城に入ったのは先程のこと。侯爵家は専用の馬車止めがあるのでスムーズに王城入りすることができる。
下位貴族となると、かなり遠い場所に馬車を止めることになるし、数が多いので列になってしまう。なので余裕を持って早めに来ることが多いのだ。
私たちは遅めに到着しても問題ない身分だけど、それでもデビュタントということもあり十分な余裕を持って屋敷を出た。
「お義母様も、なんとか言ってくださいませ!」
「あらあらキャリー、私達の義娘が美しいのは当然でしょう?」
「もう!」
ふふふ、と楽しげに笑う義母にも散々からかわれ、私はうなじをうっすらと赤くしながら2人と待ち合わせなどにも使う控えの間へ入った。
そこで軽く身なりを整え、すぐに広間へ向かうことにする。王族がやってくる前に、挨拶したい人や紹介したい人も多くいるという。
「大丈夫かい? キャリー」
「はい。ご心配ありがとうございます、お義父様」
「君は私達の義娘だ。何かあってもフォルケルの名前が君を守ってくれる」
そんな風に優しくされると、くすぐったいけれど申し訳なくも思う。本物の娘じゃないのに、本物の親よりも大事にされている。不思議な縁だと思った。
キャロラインの身体の中に私がやってきてから……きっとたくさんのことが変わった。それを私は自覚しつつも、あまり考えないようにしてきた。
プレイしたことがないゲームの世界。そんな場所はたった一度きりの人生と同じだ。何もかも手探りになるしかない。
あぁ、でも私はいま二度目の人生を生きているのか。とても不思議な気分だ。
「キャリー?」
「あ、今行きます」
心配そうな顔でこちらを見ていた義母に釣られて前へ進む。廊下と広間をつなぐ大きな扉はもう目の前だ。私は緊張で冷たくなっている手をきゅっと握り、腕を差し出してくれている義父に近づいた。そっと手を乗せていると、義母は後ろについてくれた。
なんだか守られている気がして、胸がくすぐったい。
扉の前で待機していた近衛兵が準備が整ったことを察して扉を開けた。
この扉の向こうには、私がまだ知らない世界が待っている。きっと楽しいことばかりじゃない。貴族の世界は現代日本よりもきっと厳しいものが待っているだろう。
私はこの国の人間じゃないから、積み上げてきたものがない。人間関係も、一からやらないといけない。
でもめげてはいられない。優しい義父や義母の期待に応えたいし、何より私がこの世界に馴染んでいきたいと思っている。
貴族の世界という意味ではなく、この国という意味でもなく。この乙女ゲームに似ているけど違う、私がやってくることになったこの世界に。
よーし、がんばろう!
王子様とのダンスとか、すでにデビュー済みの同級生とか、一筋縄ではいかない大人たちとか、攻略しないといけないことはたくさんあるだろう。
でもめげずに、ひとつひとつクリアしていこう!
私はそう気合いを入れて、大きな扉をくぐった。
とにかく前向きなお嬢様です。




