26 ある少女の”推し”は……
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お久しぶりのある少女視点です。
わたしはあの日からずっと、熱に浮かされたように日々がおぼつかなかった。
春休み中なのをいいことに、あれから毎日噴水広場に通った。
翌日は同じ時間に行ったけどいなかった。
その翌日は朝からベンチに座っていたがダメだった。
座ったままじりじりと待ち、橙色の夕日が噴水広場を差し夜の出店が準備を初めてようやく、大人の時間の始まりは学生にふさわしくないと思い出してトボトボと帰宅する日々。
あの素晴らしい時間をまた過ごしたい。熱に浮かされるあの瞬間に出会いたい。あの時間以外は、わたしはただ空虚に待ち続けるだけ。
そんな途方もなく長い空虚が報われたのは、翌週の日曜日のことだった。
彼らだ! やっと見られた! すごい! すごい!
キラキラと輝くような世界にわたしはどっぷりとはまり込んでいた。たった10分ほどの時間を渇望して、また翌日行ってみたけど彼らはいなかった。
そのときようやく冷静になって、次に見られるのは日曜日なのだろうと悟った。
わたしは2度目の公演のあと、わたしと同じように”彼ら”に魅入られたのであろう女性と出会った。正確には、余韻が残ったぼうっとした頭で、フラフラと歩いていった近くの喫茶に腰を下ろした瞬間、ちょうど彼女も同じように斜め前の席に腰を下ろしたのだ。
ぱっと目が合った瞬間に分かった。わたしたちは”同じ”であると。
「あの……さっきの、見ました?」
「はい。わたし……先週も見たんです」
「えっ! 先週もあの方たちはいたんですかっ!?」
意気込むようにして果実水が入ったカップを持ち前の席に移動してきた彼女はミーナという名前で、わたしと名前が似ていることもあり非常に親近感が湧いた。彼女は近所にある金物屋の店員で、今日は休みだったので買い物に出てきたという。そこで彼らを見かけ、たった1回で心を奪われた。
「あの赤い服を着ていらした方がとても素敵だったの! まるで異国の王子様みたいだった……」
「分かるわ。彼ってとても整った顔立ちだった。それに、真ん中で堂々と踊っている姿は素晴らしかったわ」
「分かってくれる!?」
ミーナは感激にキラキラと目を輝かせ、明日も休憩時間に広場へ行くわ、と言ったので、わたしは彼らは毎週日曜日にあの場所に現れる確率が高いと伝えた。
そして翌週、わたしはミーナと一緒に彼らを見て、そして同じように彼らに魅入られた女性を喫茶で発見した。
彼らを知っている者と知らない者の差はすぐに分かる。彼らを知っている者は、夢を見るような瞳でぽうっと遠くを見つめているからだ。一度見た素晴らしい景色を決して忘れないように、何度も何度も思い返しているのだ。
そしてわたしは夢うつつのまま、新学期が始まったことを知った。クラスは学年が上がれどもちっとも代わり映えのしないメンバーで、わたしは退屈な日常がまた始まるのだと憂鬱な感情が浮かんでいた。
けれど、少しだけ教室の中には変化が訪れていた。留学していた王太子殿下の側近、エーギンハルト様が登校されていたのだ。つまり、近々殿下がお戻りになられるのだろう。
そして前の席に座っている女性もまた変化だった。クラスメイトだが身分が高いゆえに交流がなかった銀色のストレートの髪をした侯爵令嬢の髪が、銀色のウェーブの髪になっていた。イメージチェンジかと思ったが、どうも別人らしい。
エーギンハルト様がとても警戒しておられるようなのだが、同じクラスとはいえ上位貴族の面々のやることに、男爵令嬢であるわたしはとても関与する気になれない。知っておくに越したことはないが、かかわり合いになれるはずもない別世界の出来事だ。噂話も聞こえてくるが、話半分に聞き流していた。
それより、わたしは早く日曜日になってほしいと、そればかり願っていた。
週末、わたしはいそいそと噴水広場へやってきていた。
この頃になると彼ら目当てでやってきた女性の顔見知りも増えていた。彼女らはそれぞれ好きな殿方を決めているらしく、その人たちが1番見えやすいところに立っていた。
わたしは誰が1番とか、そういう感覚はとくに持っていなかった。ただただ作られる世界に魅入られていた。あの空間を愛していた。だから毎回立つ場所は変えていた。
その日の公演も素晴らしかった。
それからのわたしは6日を無為に過ごし、残った1日をただただ渇望する生活を送っていた。
その間に学園では学力テストがあったが、いつもと同じく順位は平均値だった。男爵令嬢としては上の方になるだろうか。
成績を気にするのは上位貴族と下位貴族の男子で、下位貴族の女子はむしろあまりにも順位が高いと軋轢を生んでしまう。わたしはこの間までそれを不満に思っていた部分もあったが、今となってはどうでもいい話だった。
その次のライブでは、彼らの衣装に少し変化があった。それぞれの色のネクタイを巻いて、胸元には赤い薔薇の花。これまでの王子様らしい出で立ちとは違って、騎士のようだとわたしは思った。
それに、いつもは2曲が終わればすぐに立ち去ってしまう彼らだが、今日は新しい曲をやってくれた。歌と歌の間で赤い色の素敵な殿方がウインクを投げかけ、最後には胸元の薔薇の花もふわりと手放した。
緑色の美しい殿方が投げた薔薇を、わたしは運良く手に入れた。その薔薇からは芳しい香りがして、わたしは夢中でその残り香を追いかけるように、彼らの去った道を走っていた。
彼らの足は早く、わたしはすぐに見失ってしまった。これまでは余韻とともに”仲間”が集まる喫茶へと足を運ぶのに、それも忘れてさまよっていた。
もしかしたら立ち去った彼らに偶然出会えるかもしれないと、きっとありえないのだろう希望に無意識にすがって。
そんなとき、わたしはある男性を発見した。それは公演が始まる前に楽器を守るように立っていた男の人で、わたしはそれを見るなりフラフラと近づいた。
ちらりと見えた荷馬車の中にあの楽器があることを確認して、わたしはその男性に向かって、一方的に、まるでうわ言のように言い募った。
「すごく良かったです。全員好き」
「はぁ」
わたしは伝えられたことがただただ満足で、すぐにその場を立ち去った。
それからもわたしは彼らを求め、そして仲間と語らっていた。
この頃になると、平日の夜は毎日仕事終わりの女の子たちと庶民が良く利用する”ある食堂”に集まるようになっていた。橙色のランプの下、狭い店内にひしめき合うように座ってあれこれと語り合う。男爵令嬢であるはずのわたしだが、庶民に混じり込んでも誰からも違和感を指摘されなかった。学生であることも大きかったのかもしれない。
彼女らのキラキラ輝く残滓のような言葉たちを聞き、わたしは熱をつのらせていく。
ある公演の日、貴族の女性がこれ見よがしに着飾ってやってきた。わたしたちはなにあれ、という視線を隠さなかったが、彼女は意にも介さない。彼らが歌って踊っている間遠巻きに見ていた彼女は、何かを指示したのか連れてきた男たちに彼らを追いかけさせた。
赤い色の彼が捕まったが、何かを言ってすぐに立ち去っていた。おそらく庶民であろう彼が貴族を出し抜けるなんてすごいと、わたしは目を見開く。
その日集まった喫茶では、彼らへの感想を語り合う前にあの貴族の話になってしまう。
「あれってもしかして……貴族が騎士様を連れて行っちゃうのかしら!?」
「そんなのイヤだわ。あたし、ずっと彼らを見たいもの!」
「そうよ。どれだけ仕事が辛くても、一週間に一度見られるだけで元気になれるのよ!」
泣きそうになりながら、わたしたちはそんなことを言っていた。それは毎日毎日、人を変えて続いた。”ある食堂”の奥の小さなスペースはすっかりわたしたち専用になっていた。
その公演の翌日に、学園に殿下が戻られた。だが、わたしは彼らのことが心配で心配で、同時に公演のことを思い出すのに必死で、殿下のことなんて全然目に入らなかった。
1年の頃、隣のクラスだった殿下に皆がするように淡い想いを抱いていたこともあったはずなのに。今だって器楽室でクラスの誰もが殿下を見ているというのに、わたしも同じように目を向けているはずなのに、その視線の先に彼らを見ていた。
彼らには、彼らの作る素晴らしい世界には、何も及ばないと思ってしまう。
わたしにとって彼らは”夢”で、夢には何だって敵わない。
木曜日の夜。わたしはまた寮を抜け出して”ある食堂”へやってきていた。
その日は6人の女性が集まっていた。年令も職業もバラバラで、上は孫がいるという40代の女性から、下は学生であるわたし。他の者はみんな独身か既婚でも子供を持たない働く女性だった。
「あの、少し良いですか?」
「なんですか、一緒には飲みませんよ」
「まぁそう言わずに」
女性ばかりで集まっているのは珍しいのか、こうして男性が混じってくることはたまにあった。だからいつものようにそうやってあしらっていたのだが、ふと違和感を覚えてわたしはその男性を見る。覚えがある、と思った瞬間に立ち上がっていた。
「待ってください。――あなた、わたしがいつか声をかけた方ですか?」
「ええ、あの言葉はしっかりとプロデューサーに伝えさせていただきました」
プロデューサー? と、聞き慣れない言葉に一同は首をかしげる。
「楽器を運んでいる者、といえば、僕は1杯くらい奢ってもらえますかね?」
「はい。わたしが払います」
「リーナちゃん!?」
20代の女性の1人が慌てたが、わたしは遮って、男性が頼んだぶどう酒の代金分の硬貨を押し付けた。そして、みんなを見回して言った。
「この人は、彼らの関係者です」
えっ、とか嘘、とか、そういう声が聞こえて、わたしは男性に向き合った。きっとこの人は、何かを伝えに来たのだ。男爵令嬢のわたしには分かる。
貴族というものは自分が欲しいものは必ず手に入れないと気が済まない人種だ。そうなると彼らが危ないから、きっとそのプロデューサーという人が対策をしたに違いない。
「話が分かってありがたい。プロデューサーはこの『会合』の存在もご存知です。そして、伝言を申し使ってきました。ぜひ、ここに来る全員にお伝え下さいと」
「何でしょうか?」
「はい。<次の日曜、鳥は噴水広場には現れない。硝子の円屋根の下、天使の光差す場所が新しいステージだ>以上です」
その言葉だけを告げるとぶどう酒を飲み干して、男性は去っていった。わたしたちはその場所のことがすぐに分かった。硝子の円屋根なんてこの王都どころか、この世界にひとつしかない。叡智の結晶、蒸気機関車の終着駅を彩る美しい建物。
「本当かしら?」
「あたしたちの話に聞き耳を立てて、からかってるんじゃ?」
その懸念は当然だと思った。だがわたしは本当だと確信していた。貴族を出し抜くには情報戦が必須である。それは貴族の常識だ。この場所ではわたしにしか分からない。だから最年少だなんだと言っている場合ではなかった。
今までは話を聞くばかりだったわたしが、強い口調で主導権を握る。
「いえ、本当だと思います。少なくともわたしは、日曜日は噴水広場でなく、駅に行きます」
「リーナちゃんがそう言うなら……」
「明日から、みんなに伝えましょう。でも、わたしたち以外には決して伝えないでください。この話をするのはこのテーブルでだけ」
「どうして?」
「――あの貴族の女性から、鳥を守るため」
彼らは誰かに囚われる存在ではない。彼らは自由に羽ばたく鳥なのだ。
少女は元気にファン活動していたようです。
めちゃくちゃ楽しそうです。




