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24 2つのヴァイオリンのためのデュエット

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悪役令嬢らしいハイスペックな外見でヴァイオリンを奏でるお嬢様は最高に美しいと思います。

 初めての器楽の授業の際、この学園へ来たばかりの私は『洗礼』とばかりに、クラスメイトたちの前での楽器披露を求められた。


 そのときは持参していたフルートを披露した。私にとってフルートは好きな楽器であるのだが、乙女ゲームの世界に来てウェーブのかかった銀髪に青い瞳というなんともファンタジックな外見になった結果、銀色に光るフルートとの見た目の相性が抜群すぎたからだ。

 切れ長な瞼に縁取る繊細なプラチナブロンドの睫毛をそっと震わせて、赤く薄めの唇から細やかに溢れる息を音に変える瞬間の美しさは、その場の空気を全て私のものにしてしまう。それくらいの攻撃力があると自覚したから。

 だから茶会などでは侯爵夫人のお茶会で『披露』に指定されて以来、フルートでの演奏を心がけていたのだ。


 そして学園でもフルートを披露し、その確かな技術力と、類まれなる表現力でクラスメイトを思いっきり黙らせることに成功した。


 ただ、神々しい寄りの雰囲気になったらしく、遠巻きは変わらなかった!


 そんな私だが、1番得意な楽器はなにかと問いかけられたらそれは前世の音大で専科にもしていたヴァイオリンだろう。茶会では一度披露し、セッションというアドリブ満載の場ですらその豊かな才能で夫人たちを喜ばせることに成功した。それからもちょくちょくリクエストをいただくので、披露する機会もある。

 だがこの学園ではフルートで思いっきりマウントを取ったせいかそればかり求められ、まだ一度も披露したことはなかった。


 ――そんな風に現実逃避をしていた私だが、現実はとっても容赦ない。


「何の曲をやりましょうか、キャロル嬢?」

「そうですわね……殿下のお得意な曲をお教えいただけますか? こちらの国へ来たばかりであまり詳しくなくて……不勉強で申し訳ありませんわ」

「いえ、構いませんよ。ですが、こちらの国へ来たばかりでは知らない曲も多いでしょう。貴女の好きな曲で構いません」


 どんな曲だって合わせてみせますよ、と言いたげな殿下はとっても自信に満ち溢れている。


 ああ、私ってこの不敵な笑顔に弱いんです。


 器楽教師のモニカ先生と王太子ジークフリート殿下という、この場で一切逆らえないツートップに見事ご指名を受けた私。

 殿下がそれと分からない微笑を向けた相手、キャロル・フォルケルをモニカ先生が指名した形を取り、クラスメイトからは殿下自ら乞うように選んだとは気づかれていない。と思う。多分きっと。

 殿下ご指名というお題目が最初にあったので、気づいている人は気づいているんだろうなぁ。主に後ろの席でびっくり顔を晒している眼鏡男子ヴィンツェンツとか。

 隣のエーギンハルトは憮然としているのを隠しているけど、私にはもう分かるぞ。この展開の何もかもが気に入らないんだろうなぁ……。でも私のせいじゃないと思います。


「でしたら……アルベルト・モーリッツ作曲『2つのバイオリンのための組曲』から第2楽章,op.12――『夜明け』をリクエストさせていただきたいですわ」

「ああ、良いですね。私も好きな曲です」


 にっこり笑顔のジークフリート殿下。金色の瞳が嬉しそうな色をちらっと見せて、私はまんまとときめいてしまう。

 でも同時に罪悪感。ごめんね殿下、私は確かに新参者だけど、一応侯爵令嬢なので、殿下のお好きな曲とかお得意な曲はしっかりリサーチ済みです。


 この国でアルベルト・モーリッツというのは現代で言うモーツアルトみたいな作曲家で、多彩な曲と才能を幼少よりほしいままにし、大成功の影に陰謀めいた逸話に本人の破天荒ぶりなど、波乱万丈な人生を送って亡くなっている。

 そんな彼が作曲する音楽はこの国では非常に人気が高い。困ったときのアルベルト・モーリッツと言われるほど、選択としては超無難である。

 ネットもコピー機もないこの世界では、楽譜の写しと絶対音感で曲が伝わっていく。有名な作曲家でないとぶっつけ本番が多い茶会などの場では、やりたい曲を知らない者がどうしても出てきてしまうのだ。


 だから殿下だって、実際にこの曲が好きかなんて分からない。

 王族として、国を代表する作曲家を好きなもののレパートリーに入れるのは当然だからだ。


 でも、私はこの『夜明け』が好きと知った時、殿下ってセンス良いのねって思った。

 2つのヴァイオリンが寄り添うような音から静かに始まるこの曲は、ふと目覚めた心が一日の始まりに沸き立つように輝き、最後日が出る寸前、青く薄い光が瞬くような旋律で終わる。

 静かだがしっかりとしていて、卒がなく、でも細やかなシャンパンの光のような夢がある。外に開くような曲だと私は思う。


 用意されていた授業用のヴァイオリンを手にした私は、クラスメイト18名からの嫉妬や羨望混じりの視線をひしと受け止めながら、隣から注がれる甘やかとも言える柔らかいがひどく胸が苦しくなるような、そんな眼差しに刺されていた。殿下の視線の意図が分からない。

 どうしてか、足がちょっとだけ震えた。でも侯爵令嬢たるもの、このくらいでビビっている場合ではない。ぐっと歯の奥を噛み締めて立ち直り、殿下をちらりと見上げた。パート分けはどうしましょうか、と問いかける。


「私が支えますから、貴女には自由に舞っていただきたい」


 上の旋律を任せるとおっしゃられる殿下は、非常にスマートな仕草で調弦を行っておられる。

 ヴァイオリンを首に挟んだまま大きな手でペグを摘み、弦で単音を奏でているお姿が非常に様になっておられて、隣に立たされた私はついその洗練された動きに魅入ってしまう。


「殿下に支えていただくなんて、とても光栄ですわ。ダンスを踊るように、サポートは殿方にお任せいたしますね」

「ああ、良いですね。いつか貴女とも踊ってみたい」

「夜会でお会いした際は、ぜひ」


 侯爵令嬢なので殿下と踊る機会はきっとあるだろう。その最たるものは、私のデビュタントだ。


 デビュタントと言われる社交界、主に夜会へのデビューイベントがある。この国で貴族の子供は18歳までにデビューしないといけないと決まっていた。

 祖国ミュールズ王国では卒業パーティがデビュタントを兼ねているので、ほとんどの者が18歳になってからのデビューとなる。なので、卒業パーティに出なかった私は祖国ではデビューしていないのだ。


 私は現在17歳で、今年中に18歳となる。なので、卒業するまでにはこちらの国でデビューしていないとまずかったりする。

 この国で一般的な貴族はたいてい16歳から17歳でデビューする。なので遅い方ではあるがまだセーフという感じだ。ちなみに準備は義母を中心に着々と進めているところです。


 とはいえ殿下という社交界の花、いや獲物? がいるこの世代は、16歳の誕生日後即座にデビューする者が多い。夜会は貴族の婚活会場の場も兼ねているというのが定石。もしかしたら殿下にお目通りが願い、王太子妃となれるかもしれないからだ。子息の方も令嬢のデビューが早めなので、合わせて早めとなっている。

 この国では貴族らしい政略結婚から自由な恋愛結婚まであって厳格な決まりはない。

 陛下がこの国の侯爵令嬢との恋愛結婚だったということもあり、殿下も現在政略的な婚約者はいなかった。


「それでは準備はよろしいですか」


 モニカ先生がパンパンと手を叩き、そしてデュエットは始まった。


 視線を合わせて、呼吸を合わせて。すうっと弦を引いて、最初の音を奏でる。滑らかな滑り出し。

 殿下の音はさっき聞いたものよりもっと安定していて、私のことを支えると言ったのは本当のようだ。自由に舞って良いというリクエスト通り、私はハイペースで音を自分のものにした。偉い人だからという遠慮は一切なかった。音楽の世界では実力が全て。王子様だからって容赦する気は更々ない。それが私のプライドであり、誠実さだと思っている。


 午後の日差しが差し込む教室は、ヴァイオリンの音以外なにも聞こえなかった。

 もしかするとクラスメイトたちが思わず腕を震わせたときの衣擦れの音や、驚き息を呑む音がしていたのかもしれない。

 けれど、私にはちっとも聞こえなかった。


 殿下の奏でる音と、私が奏でる音が混ざり合っていく。ときに重なって膨れ上がり、柔らかくも芯の通った、ともすれば戦っているような。そんな、手加減しない音を立てていることにすっかり舞い上がっていたからだ。


 楽しい。

 楽器は一人でも音を奏でられるけど、重なった時により魅力を増すと思う。


 夢中で音を追って、曲は暗闇から青い光に満ち、やがて夜が明けて終わる。

 微睡んでいるような、すでに覚醒を終わらせているような。小さな窓から差し込みはじめた柔らかい光が段々と強くなっていくイメージを頭の中に浮かべている間に、音楽は終止線にたどり着いてしまった。


 あっという間だった。物足りないくらい。

 もっと、彼と音を紡いでいたいと、私は直感的に感じていた。


「――、素晴らしい演奏でしたわ」


 モニカ先生が珍しく声を上ずらせていた。クラスメイトは、目を見張ったり、ぼうっと魅入ったままだったり。私は少し息を上げていて、殿下をちらりと見上げる。


 彼は嬉しそうに瞳の色を輝せ、普段は誰にも見せないような、とても無防備な笑顔を惜しげもなく浮かべていた。


 その瞬間私は今更ながら思ったのだ。

 これはもしかして再び訪れたヒロインイベントなのでは、と――。

どんどんヒロインイベントらしきものに囲い込まれているお嬢様。

だんだん恋愛要素に振ってきましたが、プロデューサー活動も広げていきたいです。

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