18 お嬢様の美味しいおやつタイム
感想いただけてとっても嬉しいです!
ありがとうございます! これからも楽しい話を書いていけたらな~と思っています。
短いようで長かった始業の日を終え、私は部屋でゆっくりと身体を休めていた。
「はぁ~……」
「お嬢様、ため息など吐かれて、どうかされましたか?」
「クリス……」
今日も美貌のメイドはお着せを隙なく着込み、長いまつ毛を憂いに震わせている。私のことを案じてくれているのだと一目で分かり、ふっと微笑んだ。
「気にかけてくれてありがとう。大丈夫よ」
「差し出がましい言葉でしたか?」
「そんなことないわ。嬉しい。それに、この紅茶もとっても美味しいわ」
「ありがとうございます。こちらの家……というより、こちらの国は嗜好品も品質が高く豊富です。こちらの紅茶も、北側の高原から春にだけ取れる特別な茶葉だそうですよ」
おそらくファーストフラッシュというやつだろう。マスカットのようなみずみずしいフレーバーはどこか懐かしく感じた。私は美しい意匠を凝らしたカップを指で支え直し、温かい紅茶を口にしてほっと息を吐いた。
私が疲れてそうだから珍しいお茶を用意してくれたクリスの気持ちが嬉しかった。
そんな様子を、クリスは物憂げに見下ろしてくる。
「学園で何か憂い事がありましたか?」
「そうね……色々あってちょっと疲れたのかも」
「お知り合いもいない中、『小さな社交界』に出られるのは大変かと存じます」
クリスはワゴンから新しいお菓子を用意しながらそう囁いた。ガラスでできたローテーブルの上には、すでに大量のお菓子が乗っているというのに。私のことを心配して、甘いお菓子で慰めようとしてくれていることがすぐに分かって嬉しくなる。
あぁ、本当に私の部下はいい子だ。
美人だし、誠心誠意尽くしてくれて、仕事までできるとはもはや言うことがない。
「いつもありがとう、クリス」
「そんな、お嬢様にお礼を言っていただくなど恐れ多いことです。それに、メイドとして、お嬢様をお支えできるのは私の喜びなんです」
「ふふ……それでも、私は嬉しかったし、感謝を伝えたかったの」
「お嬢様……!」
感激の涙を零すクリスは美しく、私は目の保養だなぁ、と笑みを深めた。
穏やかな時間に、荒れていた心も凪いでいく。しばらくゆっくりと紅茶とお菓子を楽しんだあと、私は口を開いた。
「ところでクリス、練習の方は順調?」
「ええ、お嬢様。シリルとチェスターと共に空き時間に練習しまして、新曲のダンスはタイミングが合うようになりました」
「さすがね」
私は3度のライブを経て、そろそろ新曲に取り掛かるべきだと準備を進めていた。曲が終われば何も言わず去っていく今のスタイルでは、曲数を増やさないとそのうち行き詰まるだろうからね。
「楽器の方はどう?」
「お嬢様、私どもは楽器を嗜む土壌がありませんでしたので……ご容赦いただけたら」
「まぁ、そっちはおいおいね」
困った顔になられてしまった。
パフォーマンスぽく楽器も使えるようになって欲しいなと思って教え始めたんだけど、こっちは前途多難のようだ。
クリスたちには本業もあるし、あんまり負担ばかりかけられないよね……。
うーん、でも何か見栄えがするものが欲しいんだよなぁ。
今の噂話は『見目の良い男子が歌って踊っている』という感じで、なんともまぁ中身がないような気がしてならない。『聞いたこともないような曲』もそれなりに浸透してきているようだが、こちらは主に聞いているのが庶民のためか、そこまで価値が広まっていないのだ。
やっぱりチェスターにバク転を覚えさせるか、シリルに流し目とウインクを覚えさせよう。
チェスターの大柄だがしなやかな身体でバク転したら絶対目を引くし、シリルの正統派優男な外見で優雅にウインクしたら絶対キャーってなる! ていうか私がなる!!
「ふっふっふ……」
「お、お嬢様……?」
「ああ、なんでもないのよ。新しい計画を脳内で立てて楽しんでいただけ」
「そうですか……」
クリスは薄々、私がキャロラインではないと気づき始めているような予感がある。さすがに毎日目覚めから就寝まで一緒にいる存在の前で、完璧に取り繕うのは不可能なのだ。
でも、考え事してるとついぽろっと口から言葉が出ちゃうのよね。外ではやらないように気をつけているけれど、プライベートスペースにいるとどうしても気が緩んでしまう。
それでもクリスは甲斐甲斐しく仕えてくれているのだから、何かできればいいなぁと思うけど……。
「クリスは、何か欲しいものとかある?」
「私は、お嬢様が笑顔で健やかでいらっしゃるのが生きがいなのです」
「そ、そう……」
そう言うと思ったけど、ぽっと頬を染めながらそんなことを言われたらうっかり勘違いしかねない。女性の服を着ているとはいえ、クリスは男なのだ。それも、極上に顔が良い。
まぁ、私の推しは王太子なのは変わりないけど!
線が細くて華奢な、月の化身のようなクリスは美しいと思う。
けど私は圧倒的な王子様オーラを持ち、それなのに快活で朗らか、頭脳明晰なのにちっとも奢らない、優しくてとにかくカッコいいジークフリート殿下がひたすら私のツボに入るし、推せる、と思うのだ。
殿下、アイドルに興味ないかなぁ。スカウトしたいなぁ。
まぁ無理なのは分かっている。この国で一番大事にされている男の人だ。きっと楽器は上手だろうしダンスもワルツなんか惚れ惚れするようにリードするんだろうけど、アイドルとして歌って踊るなんてことは絶対にしてくれない。不敬だ! って言われちゃうよね。それでも夢を追いかけることはやめられないのだけど。
あ~いつか、私が本当に好きだって思えるくらいカッコいい人を、アイドルとしてプロデュースしたいなぁ。
夢はでっかいほうがいいよね! 叶う叶わないは置いといて、願うのはタダだ。
私は拳を握って、ぐっと天へ向ける。にこっと笑みを浮かべた。すると、斜め上からクスクスと笑い声が溢れてくる。
「ふふ……お嬢様、すっかり笑顔になられて」
「あ、私ったら……はしたなかったわね」
脳内で百面相していたようで、すっかり気分が持ち上がっているのは良かったけど、クリスに笑われてしまった。誤魔化すように紅茶を飲み干せば、すぐに新しい紅茶が用意される。
「ところで、アイドルを始めてから困ったこととかはない?」
「はい、私は普段はこの外見ですから、街へ出ても誰にも気づかれることがありません」
「そういう意味では家からあんまり出ないシリルより、たまに外も警備しているチェスターからバレちゃうかもしれないわね……」
彼は護衛騎士としてフォルケル家の門前で警備をしたり、たまに義母に連れられてお茶会での送り迎えの際に馬車の横につく仕事に駆り出されることもあるのだ。
私の部下だけど、家に仕える形になるのでしょうがない。チェスターは硬派な見た目どおり素直で初心だから、義母がすっかり気に入っているのだ。
「そういう懸念は1度目のライブのあとにお嬢様がおっしゃっていましたから、今は前髪の流れを普段と変えたり、目元にほくろを書いていることで少しは目くらましになっているかと思いますが……」
「でも、顔は一緒だからね。バレると厄介だし、そろそろ場所を変えるべきかもしれない……」
噴水広場は許可も取らなくて良いし、人も多いし、流行の発信地とも言われる商店街も近いし、便利な場所だけど……目立ちすぎるという懸念はあるんだよね。
「ですが、彼女たちが悲しむのでは……?」
「ああ、毎回来てくれる子たちね……ふふ、もうファンがつくなんて、さすがよね!」
たった3度のライブしかしていないのに、夢中になった庶民の女の子が休日の昼に欠かさず来てくれるのだ。もちろんそんな固定客はまだ数人で、殆どは通りすがりの人なんだけど。
それでも好きだと思って休日の時間を使ってくれることには感謝しかない。私はやりたいことを紙に書きつけたアイドル計画のためのリストを上から順繰りに見下ろしていく。
いつか箱でライブをやるのが夢だけど……そのためには少なくとも1時間分は曲のストックがないとね……。
しばらくは噴水広場でゲリラ的にライブを続けて固定客を掴み、できればファンがライブの情報を得られるようにしたいな。今は同じ時間にやっているけど、正体がバレそうになるなら、せめて時間や曜日を変えないといけないし。
あとはちょっとMCとかできればいいんだけど、これも何を言うかも慎重に決めないといけないし、話すことでボロが出ないか心配。
今は歌って踊って動いているから顔をしっかりと見れないけど、立ち止まって話していると見放題だし、そうすると身バレの確率が上がっちゃう。
「色々、まだやることも懸念事項も多いわね……」
だからこそやりがいがあるのだけど。
学園生活も心配だけど、プロデューサー業も心配ばっかり。
でもわくわくとする気持ちは抑えられなくて、私は美味しいお菓子に舌鼓を打ちながら、またリストに新しい文字を綴るのだ。
ちょっと閑話な感じ。
そろそろライブさせたいけど推し殿下とのアレコレも書きたい……悩み中です。




