14 ある少女は”現場”を知る
評価100ptありがとうございます!
とっても嬉しいです。
今回はちょっとしたインターバルで、ある少女視点です。
ノイシュテッター王国の貴族の内でも、下位にあたる男爵の娘であるわたし。
わたしは昔から、令嬢らしくない子供だと言われて育った。
花や美しいドレスや宝石よりも、自然や笑顔や子守唄が好きだった。
良く屋敷を抜け出しては広々とした領地の原っぱに寝転がって、お昼寝をしたり、歌って過ごした。
淑女の嗜みとして、この国の民である矜持として、音楽は欠かせない。
だがたいていの貴族は歌うことはさほど重要視せず、楽器を奏でることに重きを置いていた。
なぜかというと、この国で楽器に合わせて歌う主な職業といえばその歌で物語を紡ぐオペラ歌手だからだ。その職業で必須なのは会場中に響き渡る大きく豊かな声。必然的に体は大きくふくよかに鍛え上げなければならず、貴族の白くほっそりとした体を美とする淑女がこぞって目指すはずもない。
わたしくらい庶民に近いと、歌手を目指すのはありかもしれないけど……。
オペラ歌手には遠く及ばないが、裕福な商人や騎士が集う酒を飲み交わすような夜の食堂で、金糸雀のような声を上げて歌を披露する『職業歌手』なる職はある。だが彼女らはその歌で男を魅了し、あわよくば求婚されることを主目的としている。そのせいで、貴族の女性にはむしろ嫌煙される職業に違いなかった。
歌うことが仕事になればいいのにな。
領地では『天使の歌声』などと言われるほど、柔らかく癒やされる歌声を持つ彼女は常々そう思っていた。けれど、そんなことは子供心にも難しいと感じてはいた。
この国では才能ひとつで上り詰めることは可能だが、誰もがやっていないような新しいことを始めるには人脈と金と説得力が必要だった。それは王都から遠く離れた決して豊かとは言えない領地で生まれ育った男爵令嬢のわたしには、痛いほど身にしみていることだ。
そんなわたしも領地を離れる時期がやってきた。
この国の子供たちは全員別け隔てなく学校へ通う。その中でも、貴族には王立学園で学ぶ義務があった。
王立学園は、その名の通り王族の名の下に100年以上前に発足された。もちろん王城を取り囲む王都にその学び舎があり、入学年齢の16歳になると領地から遠い者は王都にある各自の別宅か、寮に入ることになる。
わたしの家は領地にしか存在せず、王都に貴族の別宅を持つほど裕福ではなかった。社交シーズンに父が王都へ行くときは、知り合いの子爵の別宅にお世話になるか、王都にある宿で寝泊まりしていたのだ。
だからわたしは16歳から寮で暮らしていた。二人部屋で、同じような境遇の男爵家の令嬢と部屋を共にした。2年も一緒に過ごせば軽い諍いはあってもそれなりに融通をきかせ合うようになる。今は互いに干渉しすぎず、本の貸し借りをしたり、一緒に宿題をやっつけたりと仲は良好だった。
学園生活も最初は刺激的だったものの、2年も過ごせばすっかりなじむ。順風満帆と言うのは、言い換えれば同じ速度でずっと時間を過ごしているとも言いかえられる気がする。
わたしはまっすぐ卒業への道を歩んでいて、その日が来れば親が決めた人の家に入り、そこで一生を過ごすのだろう。
穏やかで、退屈な美しい国。
わたしは完全に平和ボケして、すっかり斜に構えていた。
だが、そんな安穏とした日々は、ある休日に突然ぶち壊された。
それは、最終学年に上がる春休みのことだ。
領地へ帰るには片道1ヶ月を要する。卒業する日まで帰ることはないと分かっていたので、がらんどうの寮の中、わたしはその日もゆったりとした庶民用のドレスを身に着けて寮を出た。市場で買い物に勤しむためだ。
寮では朝と夕方に食事が出て、昼も学園に食堂がある。だから市場に行く必要は全くないのだが、わたしは朝の清々しい空気の中で土のにおいがまだ残るつやつやした野菜や果物を眺めるのが好きだったし、そういう市場にはパンや甘いお菓子も売られているからおやつを仕入れるのには絶好の場所だった。
その日はたまたま、ちょっと寝坊してしまって市場は半分ほど閉まっていた。
「おばさん、ありがとう」
「良いよ良いよ、リーナちゃんのお陰で無事に売り切れたからね! これで今日はもうゆっくりできる」
市場が閉まるギリギリに訪れたわたしにも愛想よく売れ残りのベーグルを安く売ってくれたパン屋のおばさん。わたしは朝食代わりのそれを噴水広場に置かれたベンチに座ってぱくりと口にした。寮の朝食の時間は過ぎていて、すっかり食いはぐれてしまっていたのだ。
長期休暇中は、希望すれば寮で昼食を用意してもらえる。だが、今日はその寝坊のせいで伝えられなかった。そういう日は外で食べるしかない。
時間的にも朝食兼昼食になりそうだし、昼の出店にはきっと揚げた芋や肉の串焼きが売られるだろうから、それを楽しんでもいいかな、と考えていた。
水が止まった噴水をぼんやりと眺めながらベーグルを食べきる。
「さて……まだお腹空いたわ」
そろそろ出店も出る頃だし、育ち盛りでベーグルひとつではとても足りない。追加を買いに行こうかと腰を上げた。
そのとき、ふと目に入るもの。それは見たこともない楽器だった。小さなティンパニのようなものとシンバルが横向きに置かれ、それが溶接した鉄で繋げられていて、ちょっとした機関のようだと思った。
寮のお風呂を炊く装置や時計塔の裏側では、加工された木や溶接した鉄が複雑に絡み合っている。そういうものを王都に来てからは度々見かける。
叡智の結晶である蒸気機関車も届かないような僻地に住んでいたわたしは、そういった機関に非常に興味を持っている。とはいえ複雑な文様のようなそれを見るのが好きなだけで、解明しようなどと思ったことはない。
「何かが始まるのかしら?」
この辺りでもよく見かける荷運びの男たちが3人、その楽器を取り囲むように立っていた。特に楽器に触れることもなく立っているだけなので彼らが場所取りであるのは明白で、問いかけたところできっと答えは返ってこない。
わたしはそれが何なのか教えてもらえないかと思って、じっと見つめていた。学園ではこの世界で生きるための基礎知識や、淑女のマナーくらいしか習っていないわたしには、ひとりで解明することなど不可能だと思ったからだ。
希望すれば専門知識を学んだり、研究することができる王立学園へ通っていながら、わたしはすっかり日々の平和に身を任せることに慣れきっていた。
子供の頃に抱いていたような良く分からない衝動のような不満や、ここから抜け出したいなどという向上心のようなものを、すっかり失ってしまっていたのだ。
何にも心をときめかせることをすっかり忘れていたわたしが、久しぶりに心を動かすこととなったのがそれだった。
晴れた休日、噴水広場で突然始まった知らない音楽と歌と踊りという、未知なる希望のような、子供の頃の無責任な憧憬のような、ただ手が震える感動のようなそれ。
それは、きれいな男の人の形をしていた。
「なに!?」
その声はわたしが発したものだったのか、近くにいた違う人が発したものなのか判断がつかない。わたしも頭の中では同じ言葉を発していたから。
それほどに見たことがない情景だった。
最初に4人の男の子が音楽を奏で始めた。
その音は聞いたことがないものも混じっていて、細かく震えるシンバルの音になぜか心が高鳴った。
低い音、トランペットの音、ヴァイオリンの音。
メロディも聞いたことがないような気がするけれど、頭の中に残る前に音は途切れて、また違うメロディが奏でられる。
練習しているのだと気づいて、わたしは無意識に一歩、前へ出た。
辺りでは人が立ち止まったり、歩いていたりして少々混雑している。けれどわたしは小さな体を生かして人の間を縫って歩き、かなり近くまでやってきた。
わたしの中でなにかの予感がしていて、今これを見逃すと一生後悔すると言っていたのだ。
なんだろう、すごく……わくわくする。胸が勝手に高鳴るの。
すぐに、トランペットの音が奏でられた。
辺りにいる人が一斉に立ち止まってそちらを向く。その音の大きさは、しっかりと練習を重ねて実力を持っている者が立てられるものだ。
耳を引く大きさに注目し、すぐにその大きな音が奏でている音楽に魅入られる。この場の誰もが聞いたことがないメロディだと直感的に思った。
わたしは釘付けになりながらも、辺りの反応を探っていた。自分だけが心ときめかせているのではないと知りたかった。わたしだけがこの未知を理解できると、つまり異端だと、思いたくはなかったのだ。
そんな心配はあまりにも杞憂だった。見目の良い男の子が美しい音楽を奏でているだけで、下働きの女の子や休暇を楽しむ商人の娘が目を輝かせないはずがない。ほう、と吐かれる息は熱っぽく、この場の誰もが圧倒されていた。
「わあっ!?」
そしてついに、わたしはその3人を見たのだ。
フードに隠れていても大きな体なのが分かった。それがあっさりと暴かれると、しなやかに動くことをすぐ知った。
お腹から出ていることが分かる声は、低くて綺麗に響いていた。ちょっと緊張しているのかな、と思ったけど、すぐに美しいハーモニーを奏でて、うっとりと聞き入ってしまう。
耳だけでなく、目も忙しかった。彼らは歌いながら、音に合わせて踊っていたからだ。
それは社交界のためのダンスの授業でやるようなゆったりしたものではない。サーカスで見るようなおどけたものでもない。ただ音に合わせて、体が自在に動いていた。きっちり音に合っているのに、少しも窮屈には見えない。
音と一体化しているように見えたし、歌に合わせてポーズを取っているようにも見えた。
その歌詞は騎士のように強引で、優しくて、躍動感溢れる魅力に溢れていた。心を奪う恋の歌だった。彼らはそんな歌詞に合わせてこちらに手を伸ばしてくる。
ついその手を取りそうになって、わたしは無意識に伸ばしかけた手を慌てて引き寄せ、胸の中で握りしめた。
すごい、なにこれ、こんなの……知らない!
輝くような時間はあっという間だった。今見た夢のような、良く分からない衝撃のような光景を反芻している間に、噴水広場の前の一角はぽっかりと場所を開けていた。
いつもなら少しでもスペースがあれば大道芸を披露するピエロが立つか、露天販売の絨毯が敷かれるのに、今は誰一人としてそこに近付こうとはしなかった。
ただその余韻を少しでもかき集めようとするかのように、立ち止まった人々の熱心な視線が、その空間に寄せられていたのだ。
「すごい……」
ざわめく人並みの中、わたしはぽつりと呟いた。子供の頃に夢見たような、いや、それ以上のものがそこにはあった。
昔わたしが何も持っていなくて、諦めた夢。
そんな熱量がそこにはあった。
「なんで、どうして、今……出会ったんだろう」
わたしは悔しいのか嬉しいのかわからない涙を、一筋零す。
心をすっかり凪がせたわたしを湧き立てたもの。それに次会えるのはいつなのだろうと、震える鼓動を手で押さえつけながら、願った。
次回より、『お嬢様、学園へ行く編』が開始となります。
もちろんプロデューサー業もやっていきますよ!
よろしくお願いします。




