12 ついにデビューライブです
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ついにライブの日がやってきました。
ライブ決行日は休日の昼。
乙女ゲームの世界だからかこの世界は1週間は7日あり、閏年があり、1年は365日だった。休息日は週に1度。
私は休日の昼に狙いを絞った。王都の中心地にある噴水広場では、朝に出る市場のあと、昼前から夕方まで大道芸や音楽隊、露天などが立ち並ぶ。夜は屋台や出店が出て酒や食事を楽しむ。
そこで店や芸をするために許可を取る必要はない。
だから、私は特に事前告知を打たずにライブをしようと思っていた。
つまり、ゲリラライブだ!
「さあ、準備はいい?」
朝の市場が終わった頃に場所取りをして、ドラムセットを中心に、他の楽器もセッティングした。
見慣れない楽器を通行人はちらちらと気にしているようだ。今はまだ立ち止まっている人はいないが、遠巻きに注視されている気がした。
新しいものはそうそう頻繁に生まれるものではない。ここ最近はお茶会で特筆して話題になるような流行は生み出されていないようだった。
そんな停滞感に一石を投じる、ここから波紋が生まれていく期待にドキドキする。
少し離れた場所に荷運び用の立てるくらいの背の高さの屋根付き馬車を置き、その中でスタンバイしている私たちはスタートの時を待っていた。
「あ~、緊張します……」
「エレーナ、大丈夫よ。……それより、カッコ良いわね」
「そうですか? まさか男の格好をするなんて思ってもみませんでした」
「悪いわね。でも男の中にこれみよがしに女子が混じってると反感が生まれるかもしれないし……今後も続けていきたいから気をつけたいの。でも、エレーナはすごく美人だから、男装も似合うわ」
「は、恥ずかしいです……」
「ふふ」
バックバンド組の他の3人と同じように、仕立ての良い絹のシャツにスラックスを身に付けたベース担当のエレーナは、長い髪を高い位置で結んでいるのと、服がいつもと違うだけで随分と洗練された雰囲気になったから驚く。
本人は男装姿をそれなりに気に入っているようで、居心地が悪そうではあるが、嫌がっている様子はなかった。
「エレーナ、似合ってるよ!」
「本当? ベルティは口がうまいからな……」
「ほんとだって、綺麗な近衛兵士の男って感じする」
「それって褒め言葉なのかしら……」
ヴァイオリンのベルティはツンツン髪で三白眼というちょっとヤンキーっぽい見た目のわりに要領が良く、口も上手い。
近衛兵士というのは王族の傍仕えなので、貴族でも見目の良い者が選ばれることが多い。エレーナは訝しんでいるが、褒め言葉に入ると思う。
フォローなのか、からかってるのか良く分からないけど……。
トランペットのカールとドラムのクルトはベルティの後ろでちょっとぽーっとした顔をしていた。
「エレーナって美人だったんだねぇ」
「……彼女はもともと美しいぞ」
「ちょっと、ふたりとも! 何か言った!?」
バックバンドの4人はもともと同じ場所で働く同僚のようなものだ。そんな彼女の意外な一面に驚いているようだ。
「だって普段は地味~なドレスで地味~に髪も首の後ろで縛りっぱなしって感じじゃないか」
「ちょっとカール、女性に対して失礼じゃない?」
貴族の三男坊らしいカールの口の悪さに、ぷりぷり怒っているエレーナはとっても可愛くて、私はつい笑ってしまった。
「お、お嬢様までっ!」
「あら、私のことはプロデューサーって呼んで、って言っているじゃない」
「あ、すみません……プロデューサー」
「良し」
庶民相手の商売なので、令嬢がやっていると露見したくはないのだ。私はプロデューサー業をこの国の社交界での成り上がりのために利用する気は毛頭ない。
ただただ、私の欲望のためよ!
キャロラインの頃は王妃教育のための勉強漬けだったし、国も堅苦しい雰囲気で娯楽なんてお茶会の噂話くらいだった。
更に前世ではずっと音楽漬けで、好きなことではあったけれど自由は少なかった。学校や習い事ではコンクールやオーディションでギスギスして、音楽一族な親戚内では名声のための足の引っ張り合い。
『音を楽しむ』ということをすっかり忘れてしまっていたから。
――だから乙女ゲームとか音ゲームとか、ハマっちゃったのよね。ちょっと息抜きにできる娯楽って感じで。でも、今はそれもこの世界にはないわけで。
私は、楽しいことに飢えているのよ。
「さてと。そろそろ時間ね。スタンバイしてもらおうかな」
「あ……はい」
「……4人とも今日が初ライブね。がんばりましょう!」
「「「「はいっ!」」」」
4人は元気に返事をしてくれて、軽く手を合わせてぐっと小さく気合い入れをした。
そして4人は荷馬車を降りてステージへ。そこでは場所取りをしてもらっていた。商会ギルドで雇っておいた主に荷運びのときに使う平民の日雇いたちだ。
人を立たせておかないとあっという間に他の人に場所を取られちゃうからね。
バックバンド4人にアイドル3人で7人いる上、ダンスで結構場所を取るから、そこは準備を怠らなかったわ。
日雇いたちと入れ替わりに立った4人は予め伝えていたように、音合わせをしていると見せかけあてちょっとしたメロディを奏でてもらっておく。
こうすることでそろそろステージが始まることが分かるし、ベースやドラムという未知の楽器に興味を呼び寄せることができるからね。
人の興味は……うん、まぁまぁね。
若い男ばっかり4人ってことで女性の反応がまずまずだわ。やっぱり、私の見立ては間違ってない。
「……さてと、あとは貴方達の出番よ」
フードのついたマントをかぶって姿を隠してもらっていた3人の方へ振り返る。
「お嬢様、じゃなく、キャロル様……」
「プロデューサーって呼ばれたーい」
「……プロデューサー」
「クリス、緊張してるの?」
「……はい」
クリスは不安そうな顔だった。ついに本番ということもあるだろうけれど、これまでずっと女性の格好をしていたものね。
私は近寄って、小刻みに震える美しい手に自らの手を重ねた。
「大丈夫よクリス。何かあったら、私が守るわ」
「貴女は守られる側の方です」
「今の私はプロデューサー。プロデューサーは、アイドルを見出して育てて、守るものなのよ」
にっこりと不敵に笑うと、クリスの震えはゆっくりと解けていった。
後ろに立っているシリルとチェスターは、流石に泣き言は言わなかったし、手も震えてはいないようだ。
それでも、私はクリスの手を離してから2人の手をそれぞれ握る。
ちょっとひんやりしているその手を温めるように。
「みんな、がんばってね。私、今日のライブをこの世界で一番楽しみにしているの」
たくさんレッスンした。基礎レッスンから一緒に始めて、歌もダンスも、教えて、振り付けて、一緒に歌って踊って。
訳も分からないまま、ここまでついてきてくれた。そんな3人へのお礼は、惜しみない拍手と歓声だと思っている。
がんばったことが報われる。
それって、すっごく気持ちいいことだと思うから。
「さ、私に見せてね。最高のステージを!」
***
フードをかぶった3人がステージに立ったとき、人はまだ注目していなかった。
他にも色んな芸をする者たちがいて、そっちに気を取られている。
日の光がいっぱいに降り注ぐ噴水広場。そんなところに不釣合いな灰色のマントは注目を浴びるには地味過ぎるようだ。
そんなとき、響き渡るようにトランペットが奏でられた。
大きく、長く、美しく。
切り裂くような早いメロディはこれまで聞いたこともないような音の群れ。
「なになに?」
「わっ、可愛い!」
そんな声がちらりと聞こえる。カールの茶髪の巻き毛に小さな体が天使みたいに可愛く見えるのは、認識が変わらないようで安心する。
私は目立たないように庶民の服を着ていた。ステージを真ん中から全て見渡せる、少し後ろ寄りの場所に立つ。私の前には立ち止まる者、まだ気づかずに通り過ぎる者たちでざわめいている。
広場の真ん中には噴水がある。それが1時間に1回、数分水を止めた後に一気に吹き上がる。そのタイミングを狙って、アイドルの3人がフードを取り去るように調整した。
さばっ、という大きな水の音。
その瞬間、ばさりと音を立てて、3人はその姿を表した。
「なに!?」
「わあっ!?」
中心に立つシリル、右側にチェスター、左側にクリス。それぞれ赤、青、緑の色を基調にした燕尾服を身に着けている。襟部分には精緻な金色の刺繍。それは庶民ではなかなかお目にかかれないようなものだ。それぞれのカラーのジャボの中心には揃いの金色のブローチ。
派手な色の衣装とそれを身に付けた男たちに、一気に視線がそこへ集まった。
瞬間、トランペットのバックで静かにシンバルの音を立てていたドラムが激しいビートを刻む。ベースがそこに混じり、トランペットの音に寄り添うようにヴァイオリンが奏でられる。
人々は足を止めた。
見たこともないステージ構成に驚き、一体何が始まるのかと、視線は釘付けになっているようだった。
音楽に合わせて、3人はステップを踏む。
そして、さんざん練習した、歌い出し――。
「君の笑顔が見たい~♪」
「君と手をつないで歩いていきたい~♪」
「君を守ってあげる~♪」
その声は、ちょっと掠れていたけど及第点。思ったより響くみたいで良かったわ。
マイクもスピーカーもアンプもない世界でどうしたものかと思ったけれど、バックバンドにも負けていない。張り切って発声練習と腹筋を鍛えた甲斐があった。
ダンスもすごく良かった。
チェスターの力強い動きや、シリルの優雅な所作や、クリスの繊細な美しさがこれでもかと個性をぶつけ合っているのに、どこか調和して見える。
衣装を靴まで全部そろえたお陰かな?
3人は最初、不安そうな顔を隠していなかった。でも、サビに入る頃にはもう、笑顔だった。楽しそうに音楽に乗り、歌詞を紡ぎ、体を動かす。
そんな動きに合わせて無意識に観客が体を小刻みに揺らしているのが目に入って、じわりと胸が暖かくなってきた。
あー、最高。この日のために生きてきたっ!
私は目を離さないまま、感極まって泣き出しそうだった。
必死にレッスンした全てが報われるような気がして。美しい音と歌とダンスに感激して。心が痛いほどに高鳴っている。
……っと、まだ始まったばっかりよ。私! このライブも、アイドル活動も!
観客の視線は動く3人に合わせて揺れ動いている。
後ろから見ると、そののめり込み具合が分かる。まだ驚きに包まれている男たちとは違い、見目の良い男たちの集団に女性の目はすでに煌めいていた。
「すごい……!」
「なにこれっ!」
立て続けに2曲が終わる頃には、そんな声がそこかしこで聞こえるようになった。
……。
…………。
………………。
曲が終わって3人が立ち止まると、一瞬しんとした。
私はごくりとつばを飲む。
どう? 反応は? 私のやったことは、受け入れられる?
時が止まってしまったような空間に焦れている間に3人が揃って頭を下げると――思い出したように、拍手が響く。
ワァァァァーー!!
拍手や掛け声はこの国の文化で、素晴らしいと思った物には惜しみなく与えられる。どうやら無事に受け入れられたようだった。ほっと息を吐く。
「こんなの見たことない!」
「すごかったよー!」
「あの人、すっごいかっこいい!」
拍手と歓声の間に聞こえてきた声にはにんまりと笑った。
少女たちだけでなく、有閑マダムといった上級商人の奥方と思われる人たちも、興奮に頬を染めているように見えた。男たちの反応は音楽に対してだけだろうが、それでも歓声は聞こえてくるから安堵する。
ああ、良かった……。
じわじわと実感が湧いてきて、腕がしびれるみたいに鳥肌が立った。そうしてゆっくりと私が感激を噛み締めている間に、打ち合わせ通り3人はフードを被り直して荷馬車に戻った。バックバンドもあっという間に去り、入れ替わりに日雇いたちがあっという間にドラムセットを片付ける。
そこには何もなくなってしまった。まるで夢みたいに。
時間にして10分もなかったかもしれない。そんな、あっという間の出来事。
でも、この場全ての視線を釘付けにした自信はある。その証拠に、人々はまだ歩き出せない。ざわざわと言葉が交わされる。情報収集のために私はこの場の日常が戻るまで待機するつもりだ。
「なんだったんだろー、今の」
「でもすごくなかった?」
「騎士様がいたの、すごくかっこいいのよ!」
「ねえ、今すごかったのよ。あなた、遅れてきて損したわよ」
こういうのを親バカならぬプロデューサーバカっていうと思うんだけど……。
「うちの子たち、最高にカッコ良い!」
高揚感に溢れて、私はひとりガッツポーズした。
どきどきデビューライブでしたー!




