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第五話  ぬくもり

   第五話  ぬくもり


 女王の部屋は私の部屋とほぼ同じで、唯一無いものはテーブルだけである。今は主の居ないこの部屋も、ピエールの話では毎日掃除をして綺麗にしているそうだ。

「ここが女王の部屋よ。」

私は明かりの付いた女王の部屋のベッドへ向かった。

「あれ、あれ。」

アランの声に振り返れば、彼は先ほど閉めた扉を調べている。そういえば一方通行だということを言っていなかった。

「その扉はこちらからじゃ開かないわ。一方通行よ。」

 私はなおも扉を調べるアランへ言った。

「そうか。けど、あの仕掛けって解いたままだと他の人も通ってこれるんじゃないの。」

アランは私を見て言った。アランの考えはわかる。この仕掛けを他の人間が知っていれば、悪用されてしまう恐れがあるということだ。しかし、その心配は無い。

「あの仕掛けを理解しているのは私とこの部屋に住んでいたお母さんの他にピエールだけよ。それに、毎朝ピエールが図書室へ行った時に十冊の本が正確に並んでいることを確認してくれる。その時、順番が間違っていればその都度直してくれるわ。そうすれば、再度並び替えない限り扉は開かない。」

私はアランに言うと、再びベッドへ向かった。そして、ベッドのそばに着く。

私はベッドを触り、頬を付けて今は居ない母親のぬくもりを感じようとする。

今は居ない母親の使っていたもの。触れるたびに記憶が甦るようだ。私が小さかったあの日、やさしいお母さんとお父さん。いつまでも包まれていたいと思ってしまう。お母さんが死んでからは、何度もこの部屋に来たっけ。

少しでも、ほんの少しでもいいから。最後にお母さんのぬくもりを感じていたかった。

しかし、そのひと時はすぐに終わりを告げる。

「ここが女王の部屋だってことはわかったけど、その女王様はどこにいるの。ここには居ないみたいだけど。」

背後から近づいてくるアランの声に、私は現実に引き戻される。

「お母さんは死んだわ。少し前にね。」

私はベッドから顔を上げて言った。このひと時を邪魔された気分は本当に良くない。本当に、本当に良くないんだ。私は無言のまま再びベッドに顔を埋めた。

「わかったよ。僕は向こうに居るから。何かあったら言ってよ。」

アランは私にそう告げると、部屋の端に座り込んだ。

私はそれを目視で確認した後再度ベッドに顔を埋めた。ごめんね、お母さん。こんな娘でごめんなさい。

私は見えない母親を抱きしめて、ベッドに仰向けになった。そして、目をつむる。

「お母さん。私、決めたから。」

私は自分だけに聞こえるように呟く。そして、目を開いて続けた。

「だから、見守っててね。」

私はベッドから起きると、アランのそばへ行った。アランは、うずくまって小さくまとまっていた。

「アラン。起きて。」

アランは私の声でゆっくりと顔を上げる。その顔は歪んでいて少し見苦しい。

「ソフィー。もういいのかい。」

 私はアランの言葉に頷く。もう、いいんだ。

「私があなたを呼んだ本当の理由。これから私たちがすることを教えるわ。」

私はアランにそう言うと、彼のそばに座った。

「話す以外にもまだあるんだね。」

私はアランを見て頷く。彼を呼んだ理由は、ただ話を聞くためだけじゃない。本当に私が変わるために呼んだんだから。

「私が変わるために。私自身が変わるために。これから言うことを私と一緒にしてほしいの。いいかな。」

私はアランの目を真剣に見た。もう、後戻りはできない。

「うん、わかったよ。そんな真剣な顔で頼まれたらやらなきゃいけないし、やらなきゃ帰してくれないんでしょ。」

アランは半ば諦めぎみに言った。そうだ、ここまで来たんだから最後まで付いてきてもらおう。

「具体的に変わるって言っても、具体的に何をするのかな。話す以外に。」

 アランは私を見て言った。彼自身すべき事が分かっていないようだ。

「私が変わるために。私があなたと同じ人間になるために手伝ってほしいの。」

アランは私の言葉を聞くとすぐに驚きの目で私を見た。

「な、なんで。なんでそんなことするの。僕の世界よりもこっちの世界のほうが絶対いいよ。見た目はちょっと僕らとは違うけど、食べ物を食べないで済むし争いもしていないみたいだからさ。」

アランは新たな事実に驚愕していた。無理も無いと思う。

私はこの世界のほうが、アランの世界よりもずっといいものだと思う。だけど、彼らは私たちよりもずっと人と人との繋がりや親子の繋がりがあると思う。自分の中から産まれる子供は、作られた子供よりもずっと可愛いのだろう。そして、私は彼らの世界の女の子たちがすごく可愛いと思えた。だから、そんな女の子のようになりたいと思えた。だから、決めたんだ。

「それに、どうやって僕らのような人間になるの。」

アランはやはり人間になるための方法について聞いてきた。

「私がアランたちと同じ人間になるためには、一つだけ方法があるの。」

「方法ってどんなものなの。それと僕が呼ばれたことはやっぱり関係あるんだよね。」

私の言葉にアランはすかさず聞いてきた。

「今このお城の地下のある部屋に、望んだ事をかなえてくれる玉があるの。それがあれば、私はあなたと同じ人間になれるはず。」

「な、なんでそんなものがあるの。うまく行き過ぎてない。」

アランは信じられないといったふうに私を見ている。そんなことできるはず無いといった様子だ。

この事実は簡単に信じられるものではないだろう。私も最初は信じる気にはなれなかった。しかし、ピエールからの話と王様の言葉。この二つが、可能性を大きくした。

その玉は王様が沢山の兵士を使い必死になって探し出したものらしい。使い道は、お母さんを生き返らせるためだそうだ。

私はお母さんが生き返ることは望む。再びお母さんに抱きしめてもらいたいからだ。

しかし、それをしようとしているのは王様であるお父さんだ。あの日、お父さんのせいでお母さんは死んだんだ。それを、お母さんを生き返らせることで自分の過ちを帳消しにしようとする行為が嫌で仕方が無い。だからお母さんには悪いけど、お父さんの計画を阻止することにした。もう、決めたんだから。

「とにかく、その玉があることは事実なの。王様が見つけてきたらしいわ。だけど、王様がその玉を使用する理由が納得出来ない。だから、王様が使用する前に私が使っちゃおうってわけ。」

私はアランへ必要な情報を自分なりに簡潔に言った。

「つまり、その玉を手に入れてこいってこと。」

 私はアランの言葉に彼が大体のことを理解したことがわかった。私は立ち上がって左手を腰に当てた。

「あなただけが玉を取りにいくわけじゃないわ。私も一緒に行くからね。一緒に行けば、玉を手に入れたその場で使えるじゃないの。」

 私はアランを見下ろしながら言った。彼を一人で行かせれば、勝手に玉を使われる可能性がある。それに、彼と一緒に居ればいざというときに私を守る盾に出来る。

「さてと、そろそろ行くわよ。」

「え、もう行くの。」

アランはもう少しここに居たいととでも言うようだ。

「こんなところにじっとしていたら、何時か誰かに見つかっちゃうわよ。それに、玉を手に入れるのなら今この時間体がちょうどいいの。だって、この時間体は昼間よりも警備が手薄になっているんだもの。」

 私は一呼吸置くと、扉を見て続けた。

「とは言っても、既に見つかっちゃってるから地下へと続く階段へ行くまでが面倒かもね。」

私はアランにそう言うと、彼に手を差し伸べながら続けた。

「ほら、早く行くわよ。」

アランは私の差し伸べた手を掴んで立ち上がった。

「そうだね。行こう。」

私たちは女王の部屋の扉を開けて廊下を見た。遠くから声が聞こえてくるものの廊下には誰も居ないようだ。

私たちは女王の部屋を出て廊下を走り出した。

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