EP 8
「炎上勇者のカメラワーク? 知らぬが、拙者の丼は待ってはくれぬでござる」
ポポロ村の拠点に現れた影は、アバロン魔皇国軍が誇る暗殺特化型兵器『影蟲』だった。
この魔物は影そのものに溶け込み、相手の影から物理的な刃を突き出して心臓を貫くという、魔族の軍隊でも指折りの暗殺種だ。ミラース将軍が、良樹の首を取るべく放った本気の刺客である。
その夜、拙者はいつものように、明日の朝食メニューを考えていた。
「ロード氏、明日の朝は贅沢に『肉厚シイタケと朝採れダンジョン草の卵とじ丼』なんてどうでござるか?」
「おん、ええな。昨日の草、摘みすぎて冷蔵庫が閉まらへんし、丁度ええわ」
我らが平和な夜の会話。
拙者の影の中に、ぬらりとした黒い刃が音もなく浮き上がった。影蟲が、ターゲットの頸動脈を正確に狙い、必殺の突きを放つ。
「……死ね、愚かなる……ッ!?」
影蟲の刃が、良樹の首に到達する寸前だった。
だが、その瞬間。
『ボワァッ!』
拙者の背中から、何かが弾けた。
昨晩の晩飯でロード氏が残した『脂っこい余韻』を、システムが「脂汚れ」として自動的に反応し、拙者の服に付着していた油汚れを浮かび上がらせるため、自動洗濯魔法が発動したのである。
この世界の魔導洗濯システムは、衣類に付いた油分を熱で分解する仕組みだ。拙者の背中を包んでいた極小の熱源が、影の中に潜んでいた影蟲の「本体」をダイレクトに直撃した。
「ぎゃぁぁぁっ! 熱いッ! 私の影が……脂肪分解酵素で……っ!?」
影の中から飛び出してきた黒いトカゲのような怪物は、熱湯をかけられたように身をよじり、のたうち回った。
「ん? 何か庭で妙な声がしたでござるか?」
拙者はきょろきょろと周囲を見渡す。そこには、洗濯魔法の余波でひっくり返り、あえなく白目を剥いて昇天した影蟲の死骸が転がっていた。
「……あれ。なんだこれ? ……また変なトカゲか? 随分と黒くて、カサカサして……もしかして、タンパク質が豊富なのでござろうか?」
拙者は死骸をまじまじと観察した。
昨日のエビ(死蟲機)に続き、またしても食材の気配である。
「ロード氏、これ……唐揚げにしたら、意外と食えるのではないか?」
「おん。見た目からしてエビよりは固そうやけど、揚げればカリカリになって美味そうやな。……ってか、これワテの影の中から出てきたんか? 暗殺者か何かなんか、これ」
ロード氏はようやく影蟲の正体に気づいたようだったが、あくびを噛み殺しながら爪で死骸を突っついた。
「まぁ、暗殺失敗した無能な雑魚や。ヨシキが美味そうに食うなら、ワテは文句言わん」
「よし! では早速、夜食として『影蟲のカリカリ唐揚げ丼』を作るでござる!」
私は迷わず影蟲を揚げた。
昨日手に入れたばかりの「揚げ物セット」が大活躍する。
ジューッという軽快な音とともに、真っ黒な外殻が黄金色に変化していく。それを特製の甘辛タレに絡め、熱々のご飯の上へ。
「完成! 『影蟲の特製・カリカリ唐揚げ丼』でござる!」
一口食べたロード氏が、目を輝かせた。
「おっ、なんやこれ!? エビよりも香ばしくて、ナッツみたいなコクがあるやんけ! これ、いくらでも酒が進むわ!」
「なんと! これは大当たりでござるな! ……あ、しまった、ニンニクを忘れていたでござる」
私は昨日の『たまんネギ』の残りをすりおろして、唐揚げにかける。
ニンニクの香りと、カリカリの影蟲の食感が、深夜の胃袋を強烈に刺激した。
我々は、魔皇国が送り込んだ最高級の暗殺者を、ただの「晩酌のつまみ」として完璧に処理したのである。
* * *
【モニター室にて】
沈黙が流れた。
画面の向こうで、ミラース将軍は愛用の妖刀を床に落とした。
彼が半年かけて育成し、魔皇国軍の中でも最も影に溶け込むスキルを持つ最高傑作が、ただの「カリカリの唐揚げ」に調理される様を、彼は一言も発せずに見つめていた。
「……揚げた。あの配達員、私の最高傑作を、揚げた」
モニターの横にいた魔族の部下たちが、震えながらお茶を差し出すが、ミラースはそれすら無視した。
彼はデスクの引き出しから、魔皇国軍の『軍用プロマイドガチャ』を取り出し、カードを確認した。そこには自分の姿はなかった。
「……私に、暗殺者としての才能がないのか。それとも、あの配達員が……」
その時、モニターの隅に、ルナミス帝国軍が配備している「3型戦闘糧食」の広告が流れた。ミラースは、画面の中の不味そうなオムレツと、配達員の作るカリカリの影蟲丼を交互に見比べる。
「あいつの丼の方が、明らかに美味そうなんだよ……ッ!!」
ミラースはデスクを台パンした。
彼の目から涙がこぼれ落ちる。暗殺者としてのプライドなど、もうどこにもなかった。
あるのは、自分だけが美味い丼にありつけないという、魔族としての深い悲しみだけだった。
「……次だ。次は私も、あそこに行って、直接交渉してやる。暗殺? そんなことはどうでもいい。私は、あのカリカリ丼が食いたいんだ……ッ!!」
ミラース将軍の心は、完全に「丼」に屈した。
魔皇国の精鋭将軍たちが、次々とただの「グルメおじさん」に堕ちていく様を、天界のオリンはただ無言で胃薬を握りしめて眺めるしかなかった。
……こうして、また一人、強者が丼の虜になった。
良樹の知らないところで、彼の拠点は、魔界の将軍たちの憩いの場と化していく。
明日には、また別の、強烈な食欲を抱えた刺客がやってくるだろう。
「ふぅ、美味かったでござる。明日は……そうだな、あの冷蔵庫ダンジョンで獲れた『水晶イカ』でも試してみるか?」
私は呑気に皿を洗いながら、次の食材のことを考えていた。
このポポロ村の拠点が、大陸全土を巻き込む巨大なグルメ・レストランへと進化しつつあることも知らずに。
影の中で、新たな刺客の気配が揺れる。
だが、その刺客もまた、いずれ「丼」の具材として美味しく変換される未来が待っている。
この物語に、シリアスな敗北など存在しない。ただ、最高の食と、最強のペットと、鈍感な主人公がいるだけなのだ。
「明日は、どんな丼でござるかな?」
拙者はハーモニカをポケットにしまい、満足げに眠りにつく。
明日の朝、どんな食材がキッチンで暴れ出すのか、楽しみで仕方がないでござるよ。
お読みいただきありがとうございます!
評価・ブックマークで応援いただけると励みになります。




