EP 7
「喋る魔植物と毒舌ネギの襲来は、最高のサラダ丼で解決でござる」
ポポロ村の朝は早い。
ルナ・イーツの拠点となっている我がボロアパートの庭先は、今日も今日とて平和……かと思いきや、少し様子がおかしかった。
昨日、うっかり畑に撒いてしまった「陽薬草」の栄養剤と、どこからか迷い込んだ「変異体ネギの種」が混ざり合い、とんでもない化学反応を起こしていたらしい。
「ギャーーーッ!! 離せェッ! 私はまだ死にたくないィィィッ!!」
「……たまんねーなオイ! そこのルナミス新聞のエロ本のページ、めくる手が遅いぞ! もっとページをめくれッ!!」
庭先で、人参マンドラが足をバタバタさせて走り回り、玉ねぎの「たまんネギ」が庭の垣根にひっかかって、新聞を読みながら毒舌を吐いていた。
庭の土からは、ムキムキの筋肉を誇示する「肉椎茸」が地面を突き破って生えてきている。この村の魔力濃度は、時々、農作物をアグレッシブに進化させすぎるきらいがある。
「やれやれ、今日も元気な野菜たちでござるな。これは『収穫』のし甲斐があるというもの……いや、待てよ。マンドラが走っているのは……脱走でござるか!?」
私は慌ててホウキを構えた。昨日の「海老天丼(死蟲機)」に続き、今日も今日とて食材が向こうから暴れてやってくる。この拠点は、食材確保の難易度がやけに高い。
たまんネギが「ゲヘヘ、この俺を食うつもりか? 食えるもんなら食ってみやがれ、俺の皮を剥けば涙が止まらなくなるぞ!」と挑発してくる。
「うるさいでござる! 皮ごとまとめて、特製どんぶりに昇華させてやるでござる!」
私は走り回るマンドラの足をホウキで払い、転んだ隙にひっこ抜く。
マンドラは「ギャー!!」と悲鳴を上げたが、私は一切動じない。これもまた「収穫」という名の日常作業だ。
そばでロード氏が、「ヨシキ、朝っぱらから農家のおじさんみたいやな。ワテは今日の朝飯、その肉椎茸のステーキ丼がええわ」とニヤニヤしながら、庭の肉椎茸を引っこ抜いている。
「肉椎茸ステーキ丼……良い響きでござるな。よし、たまんネギの毒舌も、熱々のタレで黙らせるでござる」
私は庭で大暴れする魔植物たちを、テキパキと捕獲し、その場で調理場へと運んだ。
元・牛丼屋のワンオペバイトの腕が、今ここで炸裂する。
肉椎茸を厚切りにして、熱した鉄板の上でバター醤油と合わせて焼く。香ばしい香りが立ち昇り、たまんネギの毒舌をかき消すように甘い香りが広がる。
走り回っていたマンドラは、細かく刻んでポテトサラダ風の薬味に。
そして、たまんネギは皮を剥かれ、油でじっくりと炒められて「甘み」の塊へと変貌した。
「『丼マスター』発動! 来たれ、究極の魔植物丼でござる!」
DPを消費し、究極の白米と特製タレを召喚。
焼き上がった肉椎茸ステーキ、キャラメリゼされたたまんネギ、そしてマンドラの薬味を山盛りに乗せた『肉椎茸と幻野菜のローストビーフ風丼』が完成した。
ちょうどその時、庭先には常連客である竜王デュークと、魔王ラスティア、そして皿洗い係のリリスが揃って現れていた。
「……おう、今日は随分と騒がしいと思っていたら、魔植物の暴走か。だが……この香りはなんだ?」
デュークが鼻を動かす。ラスティアも「あら、なんだか美味しい匂いがするわね!」と目を輝かせている。
「お二人とも、ちょうど良いタイミングでござる。この暴れ回っていた魔植物たち、全部『肉椎茸と幻野菜の丼』に変えておいたでござるよ!」
私は3人にどんぶりを手渡した。
リリスは、先ほどまで自分の頭をハサミで切ろうとしていたたまんネギが、どんぶりの中でトロトロになっているのを見て、少し引きつった笑いを浮かべたが、一口食べると即座に表情を変えた。
「おいひぃ……! たまんネギさんの毒舌が、甘くて濃厚な旨味に変わってる……!」
デュークも肉椎茸を噛み締め、その弾力に驚きの声を上げる。
「これは……ッ! ただのキノコではない! まるで最高級の黒豚の脂を纏ったかのような、暴力的な旨味だ! これをあのような暴れん坊から作ったのか……!」
最強の強者たちが、庭で暴れていた化け物を、どんぶりの中で綺麗に平らげていく。
私はその様子を見ながら、ロード氏と共に「やはり、この村は食材が豊かで最高でござるな!」と笑い合った。
魔植物たちの断末魔? そんなものは知らない。美味しい丼の前では、すべてが等しく「食材」なのである。
だが、その光景を遠くから見つめる者がいた。
ポポロ村の村はずれ、霧の中に身を潜める影――炎上神ワイズの契約勇者、ミラースである。
彼は妖刀「哭刀」を背負い、冷徹な視線で我々を観察していた。
「……ふん、愚かな。ただの魔植物をあのように扱えるとは、やはりあの配達員、只者ではない。だが、これならどうだ?」
ミラースは手の中にあった小さな魔導結晶を指で弾いた。
すると、拠点であるボロアパートの周囲に、不可視の結界が展開される。それは、周囲の魔力濃度を異常なまでに高め、拠点そのものを『ダンジョン化』させる呪いだった。
「これで、貴様らの拠点は『難攻不落のダンジョン』として公式に認定された。帝国の探索部隊が、貴様らを討伐対象として押し寄せてくるだろう。さあ、どうやって切り抜ける? それとも、ここで終わりか?」
ミラースは薄ら笑いを浮かべ、霧の中へ消えていった。
そんなこととは露知らず、私はリリスから渡されたどんぶりを受け取り、最後の一粒まで食べ尽くしていた。
「……ふぅ。満腹でござる。ロード氏、明日の配達ルートはどこでござるか?」
「おん。明日は、村の西側のダンジョン調査やで」
「ダンジョン? また面倒な……まぁ、通り道で山菜の一つも拾えれば良いでござるな」
私は呑気に立ち上がり、ホウキを握った。
庭先に広がるのは、もはやただの庭ではない。帝国の探索部隊が血眼になって探す『高難易度ダンジョン』だ。
だが、今の我らにとっては、それはただの「巨大な食材貯蔵庫」に過ぎない。
「よし、明日も精一杯、善行を積んで丼を食べるでござるよ!」
そんな拙者の後ろで、ロード氏がふと空を見上げる。
彼の目には、この拠点の庭が、すでに怪しげな魔力で歪んでいるのが見えていた。
「……まぁ、何が湧こうと、ヨシキの丼には勝てへんやろな。……ワテの飯を邪魔する奴がおったら、その時は指パッチンで灰にしたるか」
ロード氏は小さくそう呟き、尻尾で地面を叩いた。
彼の加護のもと、この場所は神々の遊び場であり、最強の胃袋が集う聖域であり――そして、やがては大陸全土がその噂に震え上がる『異世界一の超特級危険エリア』へと変貌を遂げようとしていた。
翌朝。
玄関を開けた私は、庭に咲き誇る、昨日まで存在しなかった『光り輝くダンジョン草』を見て、目を輝かせた。
「おぉっ! これは……また珍しい山菜でござるな! これなら『絶品ダンジョンサラダ丼』が作れるでござる!」
私はホウキを捨て、早速その光り輝く草を摘みに行く。
その様子を、物陰から帝国軍の偵察隊が震えながら観察していた。
「……おい、嘘だろ。あの草は『触れるだけで肉体が崩壊する』という禁忌の猛毒草だぞ……。それを、素手で……しかも、美味そうだとか言いながら摘んでいる……!?」
偵察兵たちの悲鳴が上がる中、私は鼻歌混じりで、世界を滅ぼしかねない禁忌の植物を、朝食のサラダへと変えていく。
平和だ。本当に平和でござるな。
私は今日も、最高の丼を食べて、最高の仕事をする。その繰り返しが、まさか世界の破滅や崩壊を救っているなんて、思いもしないまま。
* * *
(天界のモニター室にて)
「……ダメだ。もうダメだ。あの配達員、猛毒草をサラダにして食ったぞ……。何を食べても平気な体質なのか? それとも、あのトカゲが何かをしているのか?」
オリンは、今月三箱目の胃薬を飲み干した。
その横で、ルチアナが興味津々にメモを取っている。
「へぇ……。あの草、毒抜きすれば最高のスパイスになるんじゃない? ねえ、今度良樹くんに送ってみようかな」
「やめろぉぉぉッ!! これ以上、あの拠点をバケモノの集会場にするなァァッ!!」
オリンの絶叫は、今日も天界の冷たい壁に弾き返された。
神々の思惑など、良樹には一切関係ない。
彼はただ、目の前の、最高に美味そうなサラダ丼を、相棒と共に黙々と食らうだけである。
「ロード氏、今日の味付けは少しピリッとするでござるな」
「せやな。でも、この刺激がまたクセになるわ」
二人の食卓は、今日も最高に美味い。
そしてその足元で、何かが土の中から這い出てこようとしている。
それは、ミラースが送り込んだ『次の刺客』――。
だが、良樹が次に摘み取るのは、山菜か、それとも――。
「さぁ、明日はどんな丼でござるかな?」
拙者はハーモニカをポケットにしまい、魔導車のペダルに足をかけた。
物語は、さらなる狂乱の日常へと突き進んでいく。
……そして、その夜。
村の境界にある巨大な結界が、何かによって内側から『食い破られた』という音が、村中に響き渡った。
「おん? なんか庭で妙な音がしたな。……まぁええわ。明日も腹減るし、早よ寝よ」
ロード氏は、あくびをしながら瞳を閉じた。
その隣で、私は明日のお昼ご飯のメニューを妄想しながら、深い眠りにつく。
そんな拙者たちの枕元で、忍び寄る影が、ようやくその凶悪な姿を現し始めた。
それは、ミラースの切り札。
アバロン魔皇国軍の『暗殺特化型・影蟲』。
今度こそ、良樹の首を狩るために送られた、本物の脅威である。
……果たして、この「影」は、どんな美味しそうな食材に変換されるのだろうか。
そんな期待(と、少しの不安)を胸に、私は再び明日へ向かって歩き出すのである。
世界は今日も、拙者の出す「丼」によって、奇跡的なバランスで守られている――のかもしれない。
……そう、かもしれないのだ。
明日の朝、庭にどんな『食材』が咲いているかも知らずに。
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