EP 5
「炎上勇者のカメラワーク? 知らぬが、拙者の丼は待ってはくれぬでござる」
空から舞い降りたのは、眩いほどに磨き上げられた聖鎧を纏い、オリハルコンの剣を背負った美青年だった。
彼が降り立つたびに、足元に魔法陣が展開し、無駄に花びらが舞う。
その肩越しには、空中に浮遊する小型の魔導球体――ゴッドチューブ配信用の撮影カメラが追従していた。
「ルナミス帝国の辺境に住まう、魔物を食らう者よ! 我が名は勇者ゼロス! 貴殿の持つ不穏な力……世界の平和を脅かす黒幕の疑いがあるとして、今ここで正義の鉄槌を下す!」
ゼロスは白い歯を輝かせ、決めポーズをとった。空中カメラがその勇姿をアップで捉える。
配信先にはワイズ神がいて、何万人もの視聴者が「ゼロス様、行け!」「この辺境の怪しい屋台をぶち壊せ!」とコメントを流しているはずだ。
だが、拙者はポカンとしてそれを見ていた。
(……この人、昨日から配信回してるようでござるが、ずっと同じポーズでござるな。背中、凝らないのでござろうか?)
「えーと、勇者殿? ここはただのルナイーツ配達員の溜まり場でござるよ? そんな物騒なことを言わずに、まずは冷たいお茶でも……」
「黙れッ! 貴殿の出すその『丼』……人々の精神を魔力で堕落させ、従順な家畜に変える禁忌の兵器だという証言を得ている!」
ゼロスはカメラ映りを気にしながら、演技じみた怒りを露わにする。
背後の村人たちは、この胡散臭い演技を冷ややかな目で見ていた。昨日、デューク竜王の屋台の行列に並んでいたおじさんが、「おい勇者、邪魔だぞ。俺のチャーシュー丼の番が先だ」と野次を飛ばす。
「ふん、愚かな……! これを見よ、この聖なるミスリルマントを!」
ゼロスがマントを翻した瞬間、ポイと使い捨てのポポロシガーの吸殻を地面に捨てた。
次の瞬間、彼は大げさにカメラに向かって跪き、その吸殻を「正義の心」で拾い上げた。
完璧なカメラワーク。炎上神ワイズの演出指示通りだ。
「……あ、あの勇者殿。そのポイ捨てしたゴミを拾うシーン、今の撮影班の人も見ていたでござるよ」
拙者がつい口を挟むと、ゼロスの顔がピクリと引きつった。
配信中のコメント欄では「今の拾うとこ、映っちゃってんぞwww」「マッチポンプ乙」という辛辣な書き込みが爆速で流れる。
「うるさい! 貴様ごとき下民が、我が正義を汚すな!」
ゼロスは焦り、ステータス跳ね上げスキル『マネー』を全開にした。彼の体が神々しく光り輝く。
しかし、中身の肉体が追いついていない。彼は自分の重さに耐えきれず、不格好に転びそうになった。
「あ、危ないでござる!」
拙者は慌てて彼を支えようとした。
その時だった。ロード氏がボソリと呟いた。
「……邪魔くさいなぁ。あのカメラ、落としたろか」
ロード氏が小さく『時間早送り』を魔導カメラに向けて放つ。
数秒後、カメラの魔導バッテリーが寿命を迎えたように火花を散らし、黒煙を上げて墜落した。
「なっ!? 我の配信機が!? き、貴様ら何をした!」
ゼロスは真っ青になった。配信が切れた。カメラがなければ、彼の勇者活動はただのイタい若者のポーズに過ぎない。
カメラを失い、自信を喪失したゼロスは、ただの「整形しただけのイケメン」としてその場に立ち尽くした。
「腹が……減った……」
あまりの動揺に、スキル『マネー』の副作用が襲い、彼はその場にへたり込んだ。
拙者は溜息をつき、まあこれも何かの縁だとDPを消費した。
「……ちょうど良いカツ丼が余っているでござる。食べれば落ち着くでござるよ」
半ばやけくそで差し出した『カツ丼』を、ゼロスは震える手で受け取った。
一口。二口。
彼の目から、ポロポロと涙がこぼれた。
「……な、なんだこの味は……。私が食べていた高級レーションとは、まるで違う……。温かくて……こんなに美味いものが、この世にあったのか……っ!」
炎上勇者の鎧の中で、彼の心は完全に溶けていた。
ステータスの跳ね上げによる肉体の疲労と、ワイズ神に命じられた殺伐とした指示。それらから解放され、ただの空腹な若者として、彼はカツ丼を啜り続けた。
「……美味い。これが、真実の味か……。今まで、私は何のために戦っていたんだ……」
ゼロスはカツ丼を食べ終わると、ミスリルマントを泥だらけのまま脱ぎ捨て、力なく座り込んだ。
「……しばらく、ここで皿洗いをしてもいいか? 私には、戦うよりこのカツ丼を作る皿洗いのほうが、向いている気がするんだ」
配信機を壊され、スポンサーを失った元勇者は、こうして拠点の新しい皿洗いとして迎え入れられた。
一方で天界では、ワイズ神が画面の向こうで「カツ丼で堕ちたァァァァッ!?」と台パンし、そのあまりの滑稽さに、見習い女神のリリスがこっそり保存してゴッドチューブに裏垢でアップしたため、ワイズ自身の評価が大暴落するというオチがついた。
「いやぁ、今日も平和でござるな」
拙者は昨日の天丼セットの残り香を楽しみながら、竜撃砲のエア操作を再開する。
その隣で、元勇者が真面目な顔で皿を磨いている光景を見て、ロード氏は「お前、ホンマに何者なんや……」とトカゲの顔で遠い目をした。
だが、安らぎは長くは続かない。
ポポロ村の村長が駆け込んできた。
「良樹さん! 大変だ! 魔皇国の将軍が、この村に『視察』に来るというんだ!」
今度は、もっと「濃い」客がやってくる気配がした。
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