EP 4
「ラーメン屋台のイケオジ(竜王)に、究極の豚骨チャーシュー丼を」
ポポロ村の広場に、突如として奇妙な屋台が現れた。
木造の質素な作りではあるが、屋根には「竜撃ラーメン」と力強い筆文字で書かれた看板が掲げられている。湯気の向こう側で、いかついイケオジが厳めしい顔でスープを攪拌していた。
その男こそ、この世界を統べる調停者の一角であり、神話の時代から続く最強の種族、竜王デュークである。人間形態をとる時の彼は、鍛え抜かれた肉体と威厳のある髭を蓄えた渋いイケオジだ。普段は空の彼方で世界のバランスを保つべく威厳を振りまく彼だが、今はラーメン屋台の店主に扮し、人生最大の難題に挑んでいた。
「……ふむ。やはり、豚のゲンコツを長時間炊き出し、血抜きを徹底せねば、この『とんこつ』なる未知の調和は完成せぬのか。佐藤太郎という男、とんでもない料理をこの地に遺したものだ」
デュークは、誰に聞かせるでもなく独り言を呟き、巨大な柄杓で乳白色のスープをかき回す。彼の視線の先には、佐藤太郎がかつてルナミス帝国に残した、二郎系ラーメンの記憶と、豚骨ラーメンのレシピが渦巻いている。
普段は尊大な彼だが、このラーメン作りに関しては一切の妥協を許さない。黄金のブレスで全てを吹き飛ばすゴリ押し派の彼が、今は丁寧に、あまりにも丁寧に骨を砕き、アクを取り、スープを炊き上げている。まさに、武人としての魂をスープに注ぎ込んでいるようなものだった。
そこへ、ルナ・イーツの配達バッグを背負い、魔導車を漕いできた拙者が通りかかった。
配達を終え、ポポロ村の拠点へ帰る途中、あまりの芳醇な豚骨の香りに、つい足を止めてしまったのだ。
「おっ、新しい屋台でござるか? これはまた、素晴らしい豚骨の香りでござる!」
拙者は魔導車を停め、屋台へと近づいた。湯気が眼鏡を曇らせる。
頑固そうな店主のイケオジが、鋭い眼光をこちらに向けていた。
「……おう。珍しい若者だな。我のラーメン、食うか? 調停者としてこの味の解明を急いでいるのだが、貴様ら人間に、この洗練された味が理解できるか?」
デュークは不愛想に、湯気の立つどんぶりを差し出した。
拙者は熱々のスープを一口すすり、目を見開く。美味い。間違いなく美味い。だが、何か……何か一つ、決定的なピースが足りない気がする。
「……ふむ。豚骨スープは素晴らしいコクでござる。だが……この濃厚すぎるスープと麺の相性を考えた時、ここにもう一つの柱があれば、この一杯は神の領域に達するでござるよ」
拙者は、自分の直感を信じて呟いた。
「この濃厚スープには、刻みネギの爽快な刺激と、口の中で溶けるほど煮込まれた……角煮並みにトロトロのチャーシューを乗せた『豚骨チャーシュー丼』にして食うのが、絶対の正解でござる。このスープは、麺よりも米を呼んでいるでござる!」
その言葉が、デュークの脳内に雷鳴のように響いた。
彼は驚いたように目を見開き、そして深く考え込んだ。
「チャーシュー丼……? 麺ではなく、飯と合わせるのか。確かに、この濃厚なスープのコクと背脂の甘みは、米麦草との相性が抜群かもしれない……! 貴様、なぜそれに気づかなかったのか!」
竜王デュークは、店主としての威厳を忘れて膝を打ち、豪快に笑った。
「面白い。食わせてくれ。貴様の言う『究極の豚骨チャーシュー丼』とやらを!」
拙者は迷わずシステムを開き、本日の労働で貯まったDPを消費した。
「『丼マスター』発動! 来たれ、ルナミス帝国・究極の豚骨チャーシュー丼でござる!」
光と共に現れたのは、丼の淵まで覆い尽くすほどの、炙りたての厚切りチャーシューが山盛りに乗ったどんぶりだ。
香ばしい脂の香りが広がり、デュークは一口食べ、二口食べ……そして、頭を抱えてその場に沈み込んだ。
「これは……! ラーメンなどという次元を超えている! 濃厚な豚の旨味が、タレと絡み合ったチャーシューと共に、米の甘みを引き立てておる……! これぞ、我が求めていた調和の果てか!」
最強の竜王が、道端でどんぶりを抱えてガツガツと食らいつく。
そのあまりの美味しさに、彼は我を忘れて、屋台のラーメンを差し置いてどんぶりを完食した。
「素晴らしい……! 貴様、我が専属の味見役にならんか!? この『チャーシュー丼』の研究を、我と共に極めようではないか!」
それ以来、竜王デュークは「ラーメン屋台のサイドメニュー研究」と称して、頻繁に拙者の拠点を訪れるようになった。時には屋台を引いて、時にはそのままの姿で。
* * *
天界の管理室。そこには巨大なモニターが設置され、下界の様子が克明に映し出されていた。
「……デュークが、人間の辺境でラーメン屋を?」
報告を受けた世界神オリンは、心底うんざりした表情で、デスクに置かれた胃薬を流し込んでいた。
彼の目線の先では、世界の均衡を守るべき竜王デュークが、エプロン姿でチャーシューを炙っている姿が映っている。
「しかも、あの竜王が……人間の作る丼に心酔し、週に三回も店を休んで『味の研究』に行っているだと……? 調停者としての威厳はどうした! あそこには、始祖竜と……リリスまで居着いているというのか!?」
オリンのデスクには、ルナミス新聞の競馬欄を愛読するルーベンス(魔族穏健派)が、デュークの屋台の常連になっている証拠写真が置かれている。
さらに、魔王ラスティアに至っては「デュークのとこのチャーシュー丼、うちの軍のMODULE型糧食ガチャのシークレットより美味いじゃない!」と激怒し、勝手に屋台に乱入して酒盛りを始めている始末だ。
「胃が……胃が痛い……。オリン、また胃薬を頼む……!」
オリンは崩れ落ちた。だが、そのモニターに映るチャーシュー丼の匂いは、密輸されて天界の神々の間でも「一度食えば死ぬほど美味い」と評判になり始めていた。
もはや、誰もこの「聖域」には手を出せないのである。
ルチアナはオリンの隣で、「ねえ、私にも今度あのチャーシュー丼、奢らせてくれないかしら?」と頬杖をつき、オリンは「貴様もか!」と叫ぶしかなかった。
* * *
拠点に戻ると、デュークが満足そうに屋台を引いて帰った後だった。
リリスが一生懸命、皿を洗っている。昨日の「海老天丼」に続き、今日も極上のチャーシュー丼の賄いを食らえて、すっかりこの拠点の労働力として定着してしまったらしい。
「ヨシキ様! 今日のお客さんは迫力が凄かったですね! あんなにカツ丼(昨日の残り)やチャーシュー丼を食べてくれるなんて!」
「全くでござる。あのイケオジ、随分とラーメンに情熱を燃やしていたな。美味しいご飯を食べてくれる客人は、大歓迎でござるよ!」
拙者は呑気にハーモニカを取り出し、夕暮れに向けて『Amazing Grace』を奏で始めた。
その背後で、ロード氏が呆れ顔で呟く。
「……ヨシキ、お前ホンマに最強の竜王まで手なずけてもたな。ワテら、どんだけ安全で美味しい暮らし送っとるんや……。このままやと、ワテら食う寝る遊ぶだけの豚さんになりそうやで」
拙者の奏でる寂しげなハーモニカの音色は、今日も平和な辺境に吸い込まれていく。
だが、その音色に導かれるように、次の『刺客』がこの拠点へと近づいていることを、拙者はまだ知らない。
何しろ、次の客は、ただの屋台の客ではなく――世界を火の海にせんとする『炎上神』の尖兵なのだから。
「……おや、ロード氏。あの空から降りてくる光、星にしては近すぎないでござるか?」
拙者が指差した先に、キラキラと輝く謎の『契約勇者』の姿が見えた。
どうやら、また一人、美味しい丼を求めて(あるいは、陰謀を抱えて)新たな来訪者がやってきたようである。
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