EP 2
「死蟲機が襲ってきたので、海老天丼の具にした」
ポポロ村にある、ルナ・イーツ配達員の待機所兼ボロアパート。
夕日に染まる縁側に腰掛け、拙者は愛用のハーモニカで『荒城の月』を物悲しく吹き鳴らしていた。
本日の配達業務はすべて終了。迷子の猫を飼い主に届けたことで「人助け」の善行判定が下り、なんと一気に1000DP(丼ポイント)を獲得するという大盤振る舞いだった。
「ふっ……夕暮れに響くこの旋律。己の背負った宿命の重さに、つい涙がこぼれそうでござるな」
「ヨシキ、近所迷惑やからそのピーヒョロ鳴らすのやめえや。腹減ったわ」
横で腹を出して寝転がっていた相棒のロード氏が、大きなあくびをしながら文句を言う。彼が関西弁でツッコミを入れてくるのも、すっかり日常の風景となった。
さて、1000DPもあることだし、今夜は少し豪華な飯にするでござるかな。
そう思い立ち、ハーモニカをポケットにしまおうとした――その時だった。
『ジジジジジジジジジジ……!!』
突如、空が不自然なほど暗くなった。
見上げると、上空を覆い尽くさんばかりの真っ黒な群れが、不気味な羽音を立ててこちらへ押し寄せてくるのが見えた。
全長2メートルはあろうかという、巨大な甲殻類のバケモノの大群だ。鋭い鎌のような前脚、ぬらぬらと光る外殻、そして無数に蠢く節足。
「ひぃぃぃっ!? な、なんだあれは!? バケモノでござる! 完全に拙者たちを殺しに来てるフォルムでござるよ!」
拙者は中二病設定をかなぐり捨て、縁側から転げ落ちてパニックに陥った。
どう考えても、ただのデリバリー配達員が相手にしていい存在ではない。ドワーフ製の竜撃砲を構えようにも、腰が抜けて指先ひとつ動かない。
「ああ、鬱陶しい虫やなぁ……。せっかくのくつろぎタイムやのに」
ロード氏は面倒くさそうに起き上がると、空に向かってため息をついた。
そして、前足の指を軽く鳴らす――指パッチンをした。
『パチンッ』
その瞬間、世界から一切の音が消えた。
襲い来るバケモノの群れがピタリと空中で静止したかと思うと、見えない巨大な力に捻られるように、一瞬にしてその外殻がボロボロと崩れ落ちたのだ。
グロテスクな甲羅や鎌が消え去り、空からボトボトと落ちてきたのは……白く透き通った、巨大な『むき身』の塊だった。
「……え?」
拙者は目をぱちくりと瞬かせた。
庭に散乱している、全長2メートルほどのプリプリとした白い身。尻尾の部分には立派な扇状のヒレがついている。
このアホみたいなデカさ。そして、この甲殻類特有のフォルム。
「……あれはもしや、『特大エビ』でござるか!?」
「おん? まぁ、エビみたいなもんやろ。殻は固くて食えへんから、ワテがちょっと魔法で剥いどいたで」
「おおおっ! ロード氏、ナイス下処理でござる!」
なんという有能な相棒だろうか。巨大な空飛ぶエビの群れを、魔法ひとつで完璧な『むき身』にしてくれるとは。
拙者の脳内で、恐怖は一瞬にして「極上の食材との遭遇」へと変換された。これだけ見事なエビが手に入ったのなら、やることはひとつしかない。
「『丼マスター』発動! 来い、究極の天丼セットでござる!」
本日の人助けで稼いだ1000DPを豪快に消費し、システムを起動する。
光と共に縁側に現れたのは、地球の最高級料亭で使われる『極上の衣と秘伝の天つゆ』、最適な温度に保たれた『最高級の揚げ油が入った魔導鍋』、そして炊き立ての米麦草(白米に限りなく近い主食)が盛られた『特大のどんぶり』だった。
「さぁ、揚げるでござるよ!」
拙者は急いで手を洗い、ロード氏が下処理してくれた特大エビ(の身)をぶつ切りにして、衣をたっぷりと纏わせた。
ジュワァァァァァッ!
油に投入した瞬間、食欲を狂わせる暴力的な香りが弾けた。
「おおっ……ええ音やなぁ。油の匂いがたまらんわ」
「カラッと揚がったところに、この秘伝の天つゆをくぐらせて……ご飯に乗せる! 完成、『極上特大・海老天丼』でござる!」
どんぶりから溢れんばかりに盛られた、黄金色に輝く巨大な海老天。
甘辛い天つゆの香りが湯気と共に立ち昇り、拙者とロード氏はたまらずかぶりついた。
「サクッ……プリッ!!」
「……美味ぁぁぁぁっ!?」
拙者は目をひん剥いた。なんだこのエビは。
サクサクの衣を突き破ると、中から弾け飛ばんばかりの弾力を持った身が顔を出す。噛み締めるたびに、エビ特有の濃厚な甘みと旨味が口いっぱいに広がり、それが秘伝の天つゆと絡み合って脳髄を直接揺さぶってくる。
ホカホカのご飯と一緒に掻き込めば、もはやそこは天国だった。
「アカン……ヨシキ、これアカンわ……! 外はサクサクやのに、中はぶりっぶりや! 天つゆの甘辛さが、身の美味さを限界まで引き出しとる……!」
「でござろう!? この辺境は、こんな天然のデカエビが獲れる最高の立地でござるな。ロード氏、おかわりはどうでござる?」
「おん! なんぼでも食えるわ!」
空飛ぶバケモノが襲ってきたという恐怖は完全に消し飛び、拙者たちは無心で極上の海老天丼を貪り続けた。
* * *
薄暗いダンジョン『天魔窟』の奥深く。
モニターが壁一面に並ぶ部屋で、道化師の仮面を被った男――魔人ギアンは、床を転げ回って発狂していた。
「あばばばばばっ!? ウソだろ!? なんだ今のふざけた光景は!!」
モニターには、先ほどまで彼が意気揚々と出撃させた『死蟲機』の部隊が映っていたはずだった。
死蟲王サルバロスの力を受け継ぐ、無敵のバイオ兵器。村をひとつ残らず蹂躙し、人間たちを絶望の底に叩き落とすはずの最恐の軍団が……。
たった一匹のジオ・リザードが指を鳴らした瞬間、全システムが停止。
あろうことか『時間魔法』によって外殻の装甲を過去へと剥奪され、ただの無防備な肉塊にされた挙句、油で揚げられ『天丼の具』にされてしまったのだ。
「ぼ、僕の考えた最強のネクロバグ軍団が……サクサクに揚げられて美味しく食べられてるゥゥ!? ふざけるな! こんな喜劇なんて求めてない! コンテニューだ! コンテニューするぞ!!」
ギアンは部屋の隅に積まれたピザの空き箱を蹴り飛ばし、コーラをこぼしながらコンソールを台パンした。
「ママァァ!! 僕の軍団が食べられちゃったよぉ! コンテニューの銅貨ちょうだい!!」
泣き叫ぶギアンの声が、虚しく地下室に響き渡る。
彼ら死蟲軍にとって、ルナミス帝国の辺境に恐るべき『捕食者』が誕生した瞬間であった。
* * *
さらに遥か上空。神々が住まう『天界』にて。
下界で起きた強大なバイオ兵器の異常な消失を、一つの影が捉えていた。
「な、何が起きているのです!? 強大な瘴気を放っていた魔の軍勢が、一瞬にしてロストしました……!」
声の主は、見習い女神のリリス。
神々しい後光を背負ってはいるが、その服装は胸元に若葉マーク(初心者マーク)が刺繍されたピンク色のジャージであり、足元は健康サンダルという、威厳も何もない姿だった。
「これは間違いなく、世界を揺るがす異常事態! 女神ルチアナ様にお知らせする前に、この私が見習い神の権限において、直々に下界へ赴き調査を……」
彼女はエンジェルすまーとふぉんを片手に、キリッと表情を引き締めた。
と、その時。
『ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……』
静寂の天界に、リリスの腹の虫が盛大に鳴り響いた。
「うぅ……今月はスマホ代の支払いで予算がいっぱいいっぱいで、ご飯が……。し、下界に行けば、お布施か何かで美味しいものが食べられるかも……!」
悲壮な決意を胸に、ピンクジャージの女神が空から降り立とうとしていた。
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