EP 3
『リリスの散財危機と、ポンポコ節』
「五円!五円!御縁!御縁!ハイ! さぁ、じゃんじゃん投げ込んでくださいのー!!」
「ひゃああああッ! リーザちゃん尊いぃぃ! 今、ルチアナ様のクレカ(上限100万円)で限界突破のスーパーチャットを打ちますぅぅ!!」
「やめるでござるリリス殿ォォォ! 神様がカニ工船にドナドナされる姿なんて見たくないでござる!!」
ポポロ村の村長宅のリビングは、今や凄惨な修羅場と化していた。
みかん箱の上に乗り、芋ジャージ姿でコールを煽る強欲の人魚姫リーザ。
その神々しい(?)姿に完全に脳を焼かれ、エンジェルすまーとふぉんの『100万円送金・確定ボタン』を押そうと指を震わせる見習い女神リリス。
そして、そのリリスの腰に必死にしがみつき、物理的なタックルで送金を阻止しようとする佐須賀良樹。
「離してくださいヨシキさぁん! 推しの笑顔のためなら、36回払い(年率15%)のローンなんて安いものですぅ! 月々6万8千円の支払いなんて、ルチアナ様の財布からこっそり抜けばバレません!」
「思いっきり犯罪宣言してるでござるよ!? ていうかルチアナ様も自分の推し活で火の車なんでござろう!? 天界の財政が破綻するでござる!」
良樹の必死の説得も、推しを目の前にしたオタク(女神)の耳には届かない。
さらに悪いことに、リーザはリリスから確実に100万円を巻き上げるため、彼女の『最強の持ち歌(宴会芸)』を解禁してしまった。
「行きますの! 特別ファンサービス! 『ハゲたぬきのポンポコ節』!!」
リーザはスッと鼻の穴に五円玉を詰め込み、えんじ色の芋ジャージのお腹を両手でリズミカルに叩き始めた。
「♪た、た、たぬきのお腹は ポンポコポンポン! 月よ〜月で〜頭は ハーゲハゲでピーカピカ〜!」
絶世の美少女が鼻に小銭を詰め、腹太鼓を打ち鳴らしながらドヤ顔で歌うという、あまりにも前衛的すぎるパフォーマンス。
良樹なら「宴会のヨッパライのおっさんでござるか!」とツッコミを入れるところだが、リリスの反応は違った。
「……ああっ! なんというアバンギャルド……! 既存のアイドルの枠をぶち壊す、パンクでロックな魂の叫び! あの五円玉は『資本主義へのアンチテーゼ』なんですね!? 私、感動しましたぁぁ!!」
リリスは滝のような涙を流し、スマホの画面に表示された【確定】の文字へ、人差し指を振り下ろそうとした。
(アカン! このままでは、リリス殿が借金まみれになって黒服レスラーに連れ去られてしまうでござる!)
言葉による説得を諦めた良樹は、牛丼屋のワンオペバイトで培った「クレーム客を黙らせるのは、言葉ではなく圧倒的なスピードでの商品提供」という真理を思い出した。
腹を空かせた女神を止めるには、甘いもので物理的に胃袋を殴るしかない!
「『丼マスター』発動!! 頼む、これで止まってくれでござる! 『超特盛・白玉みたらし団子と宇治抹茶パフェ丼』!!」
良樹がDPを消費した瞬間、空中に魔法陣が展開され、ズシッと重たい特大の丼がテーブルに召喚された。
ほかほかの白玉団子に、たっぷりとかかった甘辛いみたらし餡。その横には、冷たい宇治抹茶アイスと濃厚な黒蜜、きな粉が雪山のように積まれている。
熱と冷、甘味と塩味が織りなす、暴力的なまでの『和スイーツの香り』がリビングに爆発した。
「……ッ!?」
リリスの人差し指が、確定ボタンの1ミリ手前でピタリと止まった。
彼女のピンク色のジャージの襟元から、スンスンと鼻を鳴らす音が聞こえる。神の嗅覚が、完全にスマホの画面からスイーツ丼へとハッキングされたのだ。
「み、みたらし……? しかも、アイスと黒蜜まで……?」
「さぁリリス殿! スパチャをしている場合ではないでござるよ! アイスが溶ける前に、この最高の一杯を腹に入れるでござる!」
「う、うわぁぁぁん! 推し活も大事だけど、食欲には勝てませんぅぅ!」
リリスはあっさりとエンジェルすまーとふぉんを放り投げ、スプーンを握りしめてみたらしパフェ丼へとダイブした。
パクリと一口食べた瞬間、彼女の背中に幻の天使の羽がパタパタと羽ばたく。
「んまぁぁぁい! 温かいお団子と冷たいアイスが口の中で結ばれて、まるで天界のエターナルハーモニーですぅ! 幸せぇぇ……!」
カラン、と床に落ちたスマホの画面がスリープ状態になり、100万円の送金は無事にキャンセルされた。
「ふぅ……危ないところだったでござる」
良樹は額の汗を拭い、深く安堵の息を吐いた。
「ちぇーっ。せっかくの大口スポンサー(ネギモ)だったのにぃ」
リーザは鼻から五円玉を抜き取り、不満げに唇を尖らせたが、すぐに良樹のズボンの裾を引っ張った。
「ルナ・イーツさん、私もその甘いの食べたいですの。広報アイドルのお給料として要求しますぅ」
「はいはい、わかってるでござるよ。リーザ殿の分も出すでござるから、腹太鼓はやめるでござる」
良樹がもう一杯のパフェ丼を召喚すると、リーザは「わぁい!」と大喜びで食らいついた。
その騒ぎの横で、ロードが呆れたように尻尾で床を叩く。
「お前ら、ほんまに騒がしい連中やな。……そんで、そっちの村長さんはいつまでその本読んどるんや」
ロードの視線の先には、相変わらずソファに寝転がり、泥沼恋愛小説に没頭しているキャルルの姿があった。
「……ハッ!?」
キャルルはビクッと体を震わせ、ようやく本から顔を上げた。
「す、すみません! つい、青龍と玄武の修羅場シーンに熱中してしまって……! って、あれ? リリス様にリーザちゃん、なんでスイーツ丼を食べてるんですか?」
「かくかくしかじかで、リリス殿が借金地獄に落ちるのを防いだところでござるよ」
良樹が説明すると、キャルルは「なるほど」と頷き、立ち上がってぽんぽんと服の皺を伸ばした。
「でも、リーザちゃんがポポロ村で歌ってくれるのは、村の活性化にも繋がりますね。実は私、村長として『村の復興イベント』を何かやりたいなって思ってたんです」
「復興イベント……?」
「はい! せっかくルナ・イーツさんの広報アイドルになったんですから、今夜、村の広場で『リーザちゃんの復活ゲリラライブ』を開催しませんか? 私が村長権限で、ステージを手配します!」
キャルルの提案に、リーザの目がキラーンと黄金の硬貨のように輝いた。
「本当ですか!? 野外ライブ……! じゃあ、村の人たちからいっぱいお捻り(スパチャ)を回収できますね! やります! 絶対無敵のスパチャアイドル伝説、今夜ポポロ村で開幕ですの!」
「おおっ! それは素晴らしいアイデアでござる!」
良樹もポンッと手を叩いて賛同した。
「ライブとなれば、当然『物販』と『ケータリング』が必須でござるな! 拙者、村の皆が腹いっぱい食べられるように、広場に特大の炊き出しブースを設営するでござるよ! メニューは……よし、スタミナ満点の『特盛・豚バラガーリック丼』で決まりでござる!」
良樹の脳内はすでに、「音楽」よりも「飲食(フェス飯)」のことで頭がいっぱいになっていた。
野外フェスで食べる丼の美味さは格別だ。村人たちが音楽にノリながら豚バラ丼を掻き込む姿を想像し、良樹は牛丼屋アルバイターとしての血を熱く滾らせていた。
「ヨシキ、お前ホンマに飯のことしか頭にないな……。まぁ、ワテも豚バラ丼は好きやからええけど」
ロードがやれやれとため息をつきつつも、満更でもない顔をする。
「決まりですね! じゃあ、今夜に向けて準備を始めましょう!」
キャルルが元気よく安全靴の踵を鳴らし、リビングの窓を開け放った。
――その時だった。
窓の外、まだ夕方にもかかわらず、東の空にうっすらと、しかし異常なほど巨大で、赤黒い『満月』が昇り始めているのが見えた。
それを見た瞬間、キャルルのピンと立っていた兎の耳が、ビクゥッ!と激しく痙攣した。
「……あ、れ……?」
キャルルの瞳孔が、一瞬だけ縦に割れたように細くなる。
「今夜は……満月、ですね……。なんだか、身体の奥から……誰かを『回復』させたくてたまらない衝動が……あはっ、力が、溢れてきちゃいます……!」
彼女の特注の安全靴に仕込まれた『雷竜石』が、主の魔力と呼応して、バチバチと紫電の火花を散らし始めた。
月兎族の特性――『満月時の異常なハイテンションと身体能力の爆発』。その前兆であった。
「おや、キャルル殿、どうしたでござるか? ずいぶんと気合いが入っているようでござるな!」
良樹は、彼女の纏う危険なヤンデレオーラと紫電を、「ライブ運営のやる気」だと完全に勘違いして朗らかに笑った。
同時に、遠くの地鳴りが良樹の耳に届いた。
ドドドドド……という、地を揺るがすような重低音。
それは、ワイズ神の裏工作によって差し向けられたのか、あるいはアイドルの魔力に惹きつけられたのか――ポポロ村の物資を狙って進軍してくる、魔物の大群の足音であった。
「……ん? なんや、外が騒がしいな。妙な殺気が近づいとるで」
ロードが鼻をヒクつかせ、真剣な顔で窓の外を睨んだ。
だが、良樹は呑気にエプロンの紐を結び直していた。
「ははは、ロード氏! あれはきっと、リーザ殿のライブの噂を聞きつけて、隣町から押し寄せてきた『熱狂的なファンたち(厄介オタク)』の足音でござるよ! 開演前からずいぶんと気合が入っているでござるな!」
「はぁ!? アホかお前、あれはどう考えても……!」
「これは悠長にしてはいられないでござる! 仕込みの量を3倍……いや、10倍に増やすでござる! 炊き出しブース、急いで設営でござるよー!」
良樹はホウキと竜撃砲(ただの鉄筒)を担ぎ、意気揚々と村の広場へ向かって駆け出していった。
迫り来る世界の脅威を「ライブのお客さん」と認識し、狂乱の月兎を「熱血村長」と信じ込む。
良樹の強固な『日常変換(カイト型勘違い)』のフィルターによって、ポポロ村の今夜のライブは、流血と絶叫、そして極上の豚バラ丼の匂いが入り交じる、前代未聞の狂宴へと突き進んでいくのであった。
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