EP 2
『限界ポイ活生活と、泥沼恋愛小説』
その日の昼下がり。
佐須賀良樹と相棒のロードは、ルナ・イーツの配達業務の一環として、ポポロ村の村長宅を訪れていた。
村長就任の祝いと、今後の配達ルートの確認を兼ねて、良樹が自慢の『特製・ハニーかぼちゃのスイーツ丼』を差し入れに持参したのである。
「ごめんくださーい! ルナ・イーツでござる! 村長就任祝いのスイーツ丼をお持ちしたでござるよ!」
良樹が元気よく声をかけると、建物の奥から「はーい! 今開けますね!」とキャルルの明るい声が返ってきた。
案内された村長宅のリビングは、赴任直後とは思えないほど綺麗に片付いていた。キャルルは元近衛騎士隊長候補としての類まれなる統率力と実務能力を活かし、午前中のうちに村の書類仕事をあらかた片付けてしまったらしい。
しかし、良樹の目を引いたのは、その優秀な若き村長の『現在の姿』だった。
キャルルはラフなパーカー姿のままソファに寝転がり、片手でボリボリと醤油煎餅をかじりながら、分厚い文庫本を食い入るように読んでいたのだ。足元には、相変わらずタローマン製の特注・鋼鉄入り安全靴が転がっている。
「キャルル殿、随分と熱心に読書でござるな。村の政治の勉強でござるか? 『君主論』か、それとも『自助論』でござるか?」
良樹が感心して尋ねると、キャルルはバッと顔を上げ、少し血走った目で文庫本の表紙を良樹に見せつけてきた。
そこにはデカデカと、こう書かれていた。
『聖獣機神ガオガオンの社内恋愛事情は辛いよ。〜サークルクラッシャー朱雀の誘惑〜』
「これですよ、良樹さん! この朱雀っていう女、本当に許せないんです!」
キャルルは煎餅を握りつぶしながら、熱弁を振るい始めた。
「いいですか? この朱雀、ガオンの気を引くために、裏で白虎をラブホに誘う素振りを見せつつ、本命の青龍とは自宅で浮気してるんですよ!? しかも玄武がリスカ未遂を起こしてメンヘラ化してるのに、『私には関係ないもーん』って顔で暗黒合体しようとするんです! こんなの、チームワークの崩壊じゃないですか!」
「お、おう……。随分とドロドロした社内政治でござるな……」
良樹はドン引きしながら相槌を打った。
この小説が、天界で世界神ルチアナが暇つぶし(と小遣い稼ぎ)に書き殴った泥沼同人誌であり、実際の調停者たちの裏事情をモデルにしたノンフィクションに近いものであることなど、良樹は知る由もない。
「私だったら、絶対に許しませんね」
キャルルの瞳の奥に、一瞬だけ、ゾッとするような暗い光が宿った。
「もし私の大切な人を騙したり、裏切ったりするような性悪女がいたら……この安全靴で顎を砕いて、治癒魔法で完全に治してから、もう一回膝蹴りを入れてやります。ええ、絶対に」
ニコッと笑うキャルルの背後に、得体の知れないヤンデレのオーラが幻視され、良樹は思わず一歩後ずさった。
(……優秀なリーダーというのは、時に恐ろしいストレスを抱えているものでござるな。甘いスイーツ丼を持ってきて正解だったでござる)
「……ヨシキ。あのアンちゃん、笑顔のまま心拍数が跳ね上がっとるで。あんまり深入りせんほうがええわ」
ロードが呆れたように尻尾を揺らした時、リビングの隅からガサゴソと怪しい音が聞こえてきた。
「む? リーザ殿、そこで何をしているのでござるか?」
良樹が視線を向けると、そこには芋ジャージ姿のリーザが、床に座り込んで大量の紙切れを広げていた。
ルナミスデパートのチラシ、タローソンの割引クーポン、八百屋の特売情報、そして公園のラジオ体操のスタンプカードである。
「あ、ルナ・イーツさん。今、明日の『戦術』を組み立てているところですぅ」
リーザは真剣な表情で、赤ペンを握りしめていた。
「いいですか? 明日は早朝6時に公園のラジオ体操に参加してスタンプを貰います。これが貯まれば図書カードが手に入りますからね。その後は、公園で鳩に餌をやっているおじさんの隣に陣取ります」
「鳩の餌やりおじさんの隣に?」
「はい! おじさんが撒いたパンくずを、鳩と本気で奪い合うんです! 鳩って結構気が強いんですけど、私、水中の格闘戦(人魚の素質)には自信があるので負けません!」
絶世の美少女アイドルが、鳩とパンくずを奪い合う姿を想像し、良樹は絶句した。
「そ、そこまでして……! いや、しかしそれだけでは栄養が足りないのでは……?」
「ふふっ、甘いですね。お昼はルナミスのテント村で行われる炊き出しの最前列に並びます。そして午後は、八百屋さんに行って『ペットのウサギ(キャルルのこと)が食べるんですぅ』と嘘泣きをして、廃棄品の野菜の切れ端をタダで貰います」
「村長をウサギ扱いでござるか!?」
リーザの『限界ポイ活生活』のプレゼンは止まらない。
「夜はタローソンの裏口で待機です。廃棄弁当が捨てられる瞬間を狙うんですが、ここは近所の野良犬との縄張り争いになります。昨日はチキン南蛮弁当を巡って、ドーベルマンと取っ組み合いの喧嘩になりました」
「アイドルが野良犬と死闘を……!?」
「でも、どうしてもお肉が食べたい時は、最終奥義を使いますの」
リーザは得意げに鼻を鳴らした。
「交番の前に行って、ひたすら『謎の反復横跳び』を繰り返すんです」
「……反復横跳び? なぜ交番の前でそんなことを?」
「不審者として取り調べを受けるためですぅ! 取調室で『田舎から出てきたけど、夢破れてお腹が空いて……』って泣き落としをすれば、優しいお巡りさんが自腹でカツ丼を出してくれるんです! これで月に2回はカツ丼が食べられますの!」
完全なる確信犯であった。
警察の善意をしゃぶり尽くす、恐るべきタダ飯のプロフェッショナル。彼女が純真な人魚姫の顔をして、ルナミスデパートの化粧品売り場のテスターでフルメイクを完成させ、マッサージチェアで体力を回復しているという事実を、良樹はまざまざと見せつけられた。
「……リーザちゃん。月末になると、私の足元にすがりついて『家賃ちょっと待ってくださいぃぃ! 来月はいっぱいスパチャ貰うからぁ!』って土下座するの、そろそろやめてほしいんだけど……」
キャルルが文庫本から目を離し、深いため息をついた。
「村長の家に居候してるんだから、せめてもう少しマトモな食生活をしてよ。昨日なんて、お風呂のお湯をペットボトルに詰めて『人魚の出汁入り高級スープです!』って怪しいおじさんに売ろうとしてたじゃない」
「だって! アイドルには維持費がかかるんです! 衣装代だってタダじゃないんですから!」
芋ジャージを引っ張りながら抗議するリーザ。
その光景を見て、良樹の目からは滝のような涙が流れ落ちていた。
「……素晴らしいでござる……!!」
「えっ?」
キャルルとリーザが、ビクッとして良樹を見た。
良樹は両手で顔を覆い、感悦の声を漏らした。
「月末の家賃のために土下座するプライドの捨て方! 野良犬とチキン南蛮を奪い合うハングリー精神! そして何より、カツ丼のために権力(警察)すら利用するその知恵! これぞまさに、夢を追う『限界大学生』の鑑でござる!」
「大学生じゃないですぅ! 私、シーラン国の……」
「何も言わなくて良いでござる、リーザ殿!」
良樹はリーザの言葉を遮り、バッと手を差し出した。
「拙者、かつて牛丼屋のワンオペ夜勤をこなしながら、賄いの牛皿だけを心の支えに生きてきた男。貴女のその『タダ飯への執念』、痛いほど共感したでござる! そこで提案があるでござるよ!」
「て、提案、ですか……?」
「左様! リーザ殿、我がルナ・イーツの『専属広報アイドル』にならないでござるか!?」
良樹の突拍子もない提案に、リーザがポカンと口を開けた。
「広報アイドル……? 私が、ルナ・イーツの?」
「いかにも! 拠点の掃除や皿洗い、そしてたまに看板娘として路上で歌ってもらう代わりに……我がルナ・イーツが『1日3食、極上のまかない丼』を完全保証するでござる!」
「1日……3食……!?」
リーザの瞳孔が、カッと見開かれた。
「パンの耳じゃなくて? 鳩と戦わなくても? 交番で反復横跳びしなくても……3食、温かいご飯が食べられるんですか……!?」
「もちろんでござる! 昨日のアラ汁のような海鮮丼も、警察で出てくるような分厚いカツ丼も、拙者のスキル『丼マスター』で出し放題でござるよ!」
「やりますぅぅぅ!! 私、ルナ・イーツに一生ついていきますぅぅぅ!!」
リーザは健康サンダルを吹き飛ばす勢いで良樹に土下座し、その足首にガッチリとしがみついた。もはや人魚姫のプライドもへったくれもない。ただの腹ペコ少女の完全降伏であった。
「ヨシキ、お前また……。まぁ、こいつが皿洗いしてくれんのやったら、ワテの仕事が減ってええけどな」
ロードがやれやれと首を振る。
「キャルル殿も、これでリーザ殿の食費の心配はなくなったでござるな! 村長としての激務、これからも頑張ってくだされ!」
良樹がハニーかぼちゃのスイーツ丼を渡すと、キャルルはパッと顔を輝かせた。
「ありがとうございます、良樹さん! すっごく美味しそう! ……あ、でも気をつけてくださいね。リーザちゃん、歌うと『ファンから全部奪い取る』癖があるので」
「奪い取る? ははは、アイドルとはそういうものでござろう!」
良樹はキャルルの忠告を「ファンのお金を貢がせる」という一般的なアイドルの比喩だと完全に勘違いし、高らかに笑った。
契約成立の祝いとして、良樹がその場でDPを消費し『超特盛・黄金のタレ漬けロースカツ丼』を召喚すると、リーザは涙を流しながらそれを数分で平らげた。
「美味しい……! お巡りさんのカツ丼より、ずっと美味しいですの……! 私、ルナ・イーツのためなら何でも歌いますぅ!」
平和な午後だった。
限界貧乏生活を送っていたアイドルが、温かい賄いという名の『餌付け』によって、見事にカイト型主人公の元へと絡め取られた瞬間である。
良樹は「これで拠点の皿洗い係がまた一人増えたでござる」と、のんきに頷いていた。
――しかし、その平和な空気を破るように、村長宅の玄関がバンッ!と勢いよく開かれた。
「ヨシキさぁーん!! ルチアナ様がまた私に書類の山を押し付けて、自分はアイドルの追っかけに行っちゃったんですー! もう嫌だぁぁ、甘いみたらし団子丼を出してくださいー!!」
半泣きで転がり込んできたのは、ピンク色の初心者マーク入りジャージを着た、見習い女神のリリスであった。
彼女は手にした『エンジェルすまーとふぉん』を振り回しながら、リビングへと突進してくる。
「おお、リリス殿! 今日も天界のブラック労働、お疲れ様でござるな!」
良樹が声をかけると、リリスは涙目で顔を上げた。
そして、彼女の視線が、ちょうどカツ丼を食べ終え、口の周りを拭きながら「ふぅ、食った食った」とお腹を叩いているリーザの姿でピタリと止まった。
「……えっ?」
リリスの目が、みるみるうちに星のように輝き始める。
「あ、あの……! その透き通るような水色の髪……! そして、その圧倒的な存在感……! もしかして、あなたが……シーラン国で噂の、地下アイドル『リーザ』ちゃんですか!?」
リーザは一瞬キョトンとしたが、すぐさま『プロのアイドル』の顔を作り、みかん箱(どこから出したのか)の上に飛び乗ってポーズを決めた。
「ハイッ! 絶対無敵のスパチャアイドル、リーザですの! 貴女の心も、お金も、ぜーんぶ私がいただいちゃいますぅ♡」
ウインクとともに投げキッスが放たれる。
「ひゃああああッ!! 生リーザちゃんだぁぁ!! 尊い! 尊すぎます!!」
天界で引きこもってソシャゲばかりやっていたリリスの『オタク心』に、リーザの放つ強欲のオーラがクリティカルヒットした。
リリスは震える手でエンジェルすまーとふぉんを操作し、画面に『スーパーチャット(投げ銭)』の項目を表示させる。
「私、リーザちゃんの配信、いっつも見てました! 今日は生歌のお礼に……ルチアナ様のクレジットカード(上限100万円)で、限界までスパチャしちゃいますぅぅ!!」
「ちょ、待つでござるリリス殿ォォォ!?」
良樹が血相を変えて飛びつく。
「上限いっぱいまで使ったら、天界から黒服レスラーが来てカニ工船にドナドナされるんでござろう!? アイドルの推し活で人生を破滅させるのはやめるでござる!!」
「離してくださいヨシキさん! 推しに課金するのは神の義務ですー!!」
「五円!五円!御縁!御縁!ハイ! さぁ、じゃんじゃん投げ込んでくださいのー!!」
安全靴の村長が泥沼恋愛小説を読み耽る横で、強欲のアイドルと限界女神の、血を吐くようなスパチャ争奪戦(物理)が幕を開けた。
良樹の拠点は、今日も今日とて、世界の危機とはまったく無縁のベクトルで、大騒ぎの日常を回し続けているのであった。
お読みいただきありがとうございます!
評価・ブックマークで応援いただけると励みになります。




